ゼニス「クロノマスター スポーツ」を実機レビューする。本作は、Cal.エル・プリメロ3600を搭載したクロノグラフウォッチだ。過去の名作の要素を取り入れた外装を持ち、1/10秒まで正確に計測可能なクロノグラフ機能を搭載する。計ることの楽しみを教えてくれるクロノグラフだ。
Text and Photographs by Tsubasa Nojima
[2024年2月20日公開記事]
伝説的なクロノグラフの後継機
今回は、ゼニスの「クロノマスター スポーツ」をレビューする。本作は、2021年に発表されたクロノグラフウォッチだ。過去の名作にオマージュを捧げるディティールを盛り込みつつ、ムーブメントには19年に発表されたCal.エル・プリメロ3600を搭載し、内外装ともにゼニスの世界観が凝縮された1本に仕上がっている。
オリジナルのエル・プリメロは、1969年に誕生した最初期の自動巻きクロノグラフムーブメントのひとつだ。キャリングアームを載せた古典的な水平クラッチと、コンパクトなリバーサー式の自動巻き機構を併載することで、自動巻きクロノグラフを実現している。10振動/秒のハイビートであることも特徴のひとつ。理論上の携帯精度に優れることに加え、クロノグラフとして、より精密な計測ができるというメリットもあった。
さらに驚くべきは、自動巻きクロノグラフ黎明期のムーブメントでありながら、その基本設計を大きく変えることなく生産され続けたロングセラーであるということだ。もちろんその背景には、開発者のひとりであったシャルル・ベルモの逸話が欠かせない。75年に当時の経営陣が下した命令に背き、彼が屋根裏部屋に隠した技術書や生産設備は、10年の時を経て、再び日の目を見ることを許された。
熾烈な開発競争の末に誕生し、クォーツ革命を耐え抜き、そして50周年を機にアップデートが加えられ誕生したCal.エル・プリメロ3600。これほどまでに血の通ったムーブメントであることが、多くの愛好家を引き付ける要因なのだろう。
センターのクロノグラフ針は10秒で1周し、1/10秒単位で正確に経過時間を計ることができる。自動巻き(Cal.エル・プリメロ3600)。35石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径41mm)。10気圧防水。134万2000円(税込み)。
ファーストモデルにオマージュを捧げるトリコロールカラー
まずはダイアルから見ていこう。爽やかなホワイトラッカー仕上げのダイアルに、3つのインダイアルが配されている。3時位置が60秒積算計、6時位置が60分積算計、9時位置がスモールセコンドとして機能し、それぞれブルー、ダークグレー、ライトグレーに色分けされている。このトリコロールカラーは、エル・プリメロを搭載したファーストモデル、「A386」にオマージュを捧げるものだ。膨張色であるホワイトをベースとしているためか、または3色間でのコントラストが抑えられているためか、過度な派手さやにぎやかな印象はない。
4時半位置にはデイト表示が与えられている。インダイアルやミニッツマーカーと被って目盛りを潰してしまっていない点は、さすが精密な計測を得意とするクロノグラフだ。窓の縁は1段落とされているが、デイトディスク自体が奥まっているためか、少し暗さを感じた。
時分針はバトン型。細身のため、積算計と重なった場合でも、計測時間の読み取りへの影響は最小限に留められる。細いとはいえ、ポリッシュを主体に、ブラックのペイントとホワイトのスーパールミノバを与えることで、視認性はしっかりと確保されている。
インデックスは台形にカットされ、光を受けて輝く。天面にはブラックのペイント、ダイアル中央に向かった面にはスーパールミノバが塗布され、時分針との一体感と視認性を高めている。
クロノグラフに関わる3本の針は、先端を赤く彩られている。これによって、時刻表示用の針との混同を避けることが可能だ。
ダイアルを囲むベゼルは、耐傷性に優れるセラミックス製。1/10秒単位で目盛りが刻まれている。幅広のブラックベゼルが、本作の“スポーツ”らしさを強調している。
力強いケースラインと、繊細さを感じさせるポンプ型プッシャー
ステンレススティール製のケースは直径41mm。縦の長さと厚さはブランド公式サイトに記載がなかったが、実測でそれぞれ46.5mmと13.5mmであった。自動巻きクロノグラフウォッチとしては、おおよそ標準的な範囲だろう。
大胆さと繊細さがバランスよく共存したデザインを持つ。ミドルケースは、ボリュームを保ったままラグ先へと流れ、スパッと断ち切ったように落ちている。これによってラグ先端には複数のエッジが生まれ、全体に力強さを与えている。エッジそのものは適度に丸められ、基本的には指で触っても痛みを感じるようなことはない。ラグの内側には鋭さが残っているが、通常は肌に触れる部分ではないため、極端に薄いストラップに交換しない限りは気になることはないだろう。ラグの上面は細かなサテン仕上げが施され、その他の面はポリッシュで仕上げられている。
繊細さをうかがわせるのが、ポンプ型のプッシャーだ。クラシカルな印象を与えるとともに、シャープなプロポーションを保っている。仮にねじ込み式の大仰なプッシャーであったとしたら、本作のイメージはだいぶ変わっていたことだろう。
トップに星形のレリーフを与えられたリュウズは、比較的径の大きいタイプだ。ねじ込み式ではないため、そのままのポジションで手巻き、1段引きで日付のクイックチェンジ、2段引きで時刻調整をすることができる。リュウズ自体の背は低いものの、ベゼルが張り出していないことと、ケースバックが一部えぐった形状になっているため、容易につまむことができる。
公式に「ブルー“コーデュラ”エフェクト」と紹介されるストラップは、ラバーの表面にファブリック素材を組み合わせたような質感を持つ。恐らく水分にも強いことだろう。ステッチが施されており、見た目には完全にファブリックストラップだ。
バックルは、両開き式のフォールディングタイプ。両開きのうち片側は、セラミックボールによって小気味よく留まり、もう片側はプッシュボタンで開く。プッシュボタンの操作には少し引っ掛かりがあり、あまりスムーズでないと感じたが、操作の慣れか、もしくは使い込んで適度に磨耗すれば違った感想を持つかもしれない。フォールディングバックルでありながらツク棒が備わっており、閉じた状態ではピンバックルと見紛うような外観となる。
ケースバックは、4つのネジによってミドルケースに固定されている。シースルー仕様のため、内部のムーブメントを存分に鑑賞することが可能だ。
Cal.エル・プリメロ3600
ここで、本作が搭載するCal.エル・プリメロ3600について、簡単に触れておこう。このムーブメントは、1969年に登場したエル・プリメロ(Cal.3019PHC)の系譜に連なるものであり、10振動/秒の自動巻きクロノグラフムーブメントである。しかし、オリジナルとは機能面で大きくふたつの違いがある。
ひとつは、クロノグラフ起動時に1/10秒までの計測を正確に行うことができるようになったことだ。従来のエル・プリメロを含む一般的なクロノグラフは、センターに1周60秒のクロノグラフ秒針を備えている。これで1秒未満の計測を行うならば、非常に細かい目盛りの読み取りを強いられる。一方でエル・プリメロ3600は、センターに10秒で1周するクロノグラフ針を備えているため、1/10秒まで難なく読み取ることが可能なのだ。
クロノグラフ機構は、基本的に時刻表示用の輪列から動力を得て動く。一般的なクロノグラフでは秒針を動かす4番車とクロノグラフ輪列をクラッチでつなぎ、動力を伝達する。しかし、エル・プリメロ3600では、4番車よりも高速で回転するガンギ車から中間車を介して動力を伝達するため、より細かい単位でクロノグラフ針を動かすことができるのだ。
ただしその代わり、エル・プリメロ3600ではインダイアルのひとつを60秒積算計として使う必要があり、最長で60分までしか計測することができない。
もうひとつの違いは、シリコン製パーツの採用だ。ガンギ車とアンクルにシリコンを採用することによって耐磁性を高め、パワーリザーブを約60時間にまで延伸している。古典的なエル・プリメロに対し、現代的なスペックを与えることに成功したというわけだ。
手首を爽やかに彩るエレガントクロノグラフ
さすが老舗ブランドのフラッグシップと言うべきか、着用感にクセはなく、使い慣れた時計のようにすんなりと手首になじむ。自動巻きクロノグラフゆえに、厚みと重量はそれなりにあるが、手首に沿うように湾曲したラグと厚みのあるラバーストラップが、しっかりとケースを支えている。
視認性も良好だ。時分針は、それぞれが指し示すべき目盛りまできっちりと伸び、12個のインデックスすべてにスーパールミノバが塗布されている。スモールセコンドだけはライトグレーにホワイトの印字を組み合わせているため多少見にくいが、針の中央がブラックにペイントされているため、おおよその秒数は簡単に読み取ることができる。
個体差かもしれないが、ストラップの遊革は少し気になった。装着時には、遊革を環状に縫い合わせているところがちょうど手首の内側に接するのだが、その縫い合わせている糸がチクチクと手首を刺激し続けるために、あまり快適には感じなかった。熱した金属などを押し付ければ、糸が溶けてそこまで気にならなくなるだろうが、自分の所有物ではないため、もちろんそんなことはできない。ゼニスがどうかは断言できないが、ストラップは大抵、外部のサプライヤーが生産を担う。そのために品質管理の徹底は難しいだろうが、着用感にダイレクトに関わってくる部分なので、しっかりとコントロールして欲しい。
クロノグラフを起動してみる。2時位置のプッシャーがスタートとストップ、4時位置のプッシャーがリセットをつかさどる。プッシャーの頭は角が落とされ、指なじみが良い。少しの遊びのあと、軽い感触とともに計測がスタートする。10秒で1周するクロノグラフ針は圧巻の一言。ストップやリセットも同様に軽い感触だ。クロノグラフ機構を搭載したスポーツウォッチでは、誤作動を防ぐためにプッシャーの感触を硬く設定していることが多い。恐らく本作の場合は、精密に計測するということに重点を置いた結果、軽く設定されているのではないだろうか。いくら1/10秒まで計測できたとしても、硬いプッシャーを使って操作するのであれば、ユーザーの意志が機械に伝わるまでにタイムラグが生じてしまう。
ケースバックに目を転じると、時計好きにとっては夢のような光景が広がっている。ブルーのコラムホイールや、ふたつの中間車を従えたキャリングアームなど、機械式クロノグラフならではの見どころにあふれている。キズミを片手に、あるいはプッシャーに指を掛けながらのぞき込めば、至福の時間を過ごせるに違いない。リセットハンマーがもう少しよく見えるとさらに良いが、自動巻き機構を搭載していることを考えればわがままは言えない。
“実用可能な”高振動クロノグラフ機能
時計の機能には、オーバースペックであるがゆえに、そのメリットを実感しにくいものが少なくない。飽和潜水に対応した超高防水なダイバーズウォッチや、戦闘機の曲芸的な飛行にも追随する負圧耐性を備えたパイロットウォッチなど、それらの有する機能は、一般人にとってはロマンでしかない。10振動/秒であるから1/10秒まで計測できるとうたうクロノグラフもまた、似たようなものだろう。
エル・プリメロ3600の優れた点は、この機能をロマンで終わらせることなく、実用可能なレベルで搭載したことにある。理論上可能であることと、実用可能であることは違う。細かい目盛りに目を凝らし、うんうんとうなった挙句にようやく計測時間を読み上げるのでは格好が付かない。しかし本作であれば、ごく自然に1/10秒までの計測結果を知ることができるのだ。クロノマスター スポーツを手首に巻けば、これまでなかなか目を向けることが難しかった小数点以下の世界が見えてくる。
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