あらゆる食材や技法を操り、変幻自在なスタイルで国内外の美食家を魅了する京都「新門前 米村」のオーナーシェフ、米村昌泰さん。彼は名料理人というだけでなく、現実的な経営感覚を備えた事業家、また卓越した審美眼を持つ風流人という顔も持ち合わせている。独立を皮切りに始めた時計蒐集は30年を迎えた。感興の赴くまま集まった時計コレクションにも“米村イズム”が冴えわたり、蒐集の過程や変遷からは、審美眼を磨き続ける素顔が透けて見えた。
京都市出身。料理人として1993年に独立、京都に「レストランよねむら」をオープン。2004年には東京・銀座に出店。2019年、これまでの集大成として「新門前 米村」を開店。和洋を取り合わせた独創性の高い料理が注目を集める。これまで『ミシュランガイド東京・横浜・鎌倉』『同京都・大阪・神戸』にともに選出されている。
Photographs by Takafumi Okuda
髙井智世:取材・文
Text by Tomoyo Takai
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]
「料理中に腕時計はしません。休日を楽しむためにこそ、好きなものを選びます」
古今の情緒を織り込む京都の町並み。その一角に店を構える「新門前 米村」のオーナーシェフが米村昌泰さんだ。同店はジャンルにとらわれない独創的な料理の数々で知られ、多くの美食家から支持を集める。米村さんは1993年に料理人として独立し、京都のみならず、東京でも事業を展開してきた。ミシュランガイドでは幾度となく星を獲得し、料理監修者としても名を馳せる。その米村さんが自身の理想を実現するため、2019年に開いたのが新門前の店である。
自宅を訪れると、柔らかな光が差し込むリビングには、国内外のモダンアートやアンティークの調度品が数多く配されていた。種々さまざまな逸品がひとつの空間ですっきりまとめられており、米村さんの卓越した美的感覚がうかがえる。シェフの自宅で腕時計のコレクションを拝見できるなど大変貴重な機会だろう。水や食材を扱う料理人は腕時計を外すことが多く、ゆえに愛用時計を知るチャンスは少ない。米村さんも腕時計は休日を楽しむためのアイテムだと言う。
この日、ビビッドブルーのパーカーに身を包んだオフモードの米村さんは、今最もお気に入りのブランドというパルミジャーニ・フルリエの「トリック エミスフェール レトログラード」を着けていた。黄金比に基づき配された3つのインダイアルや、巨大なレトログラード針の日付表示がユニークなトラベルウォッチである。
「パルミジャーニ・フルリエが日本に上陸した当初は、このブランドのことをあまり知りませんでした。ある人の影響で興味が湧き、ブランドや腕時計の情報収集をするようになり、どんどんはまっていったんです。でも安い買い物じゃない。1本目を決めるまではずいぶん時間をかけました。最初に手に入れたのは、トンダ GT クロノグラフです」
ある人とは、時計業界で〝時計王〞として名高い作家、作詞家の松山猛氏のことだった。松山氏は京都市出身の美食家であり、長年「米村」に通い続ける常連客のひとりでもある。パルミジャーニ・フルリエがまだ日本であまり知られていない頃から、松山氏は米村さんにブランドの魅力を熱く伝えていた。
「ちなみに……」と、しばらくして米村さんは何かを思い出し、隣の部屋へと消えた。出てきたその腕に抱えられていたのは雑誌の束で、本誌『クロノス日本版』の数年分のバックナンバーだった。その中から2021年5月号(第94号)を探し出し、「この表紙とカバーストーリーのトンダ GT クロノグラフを見て、『これええなぁ』と買うことを決めたんですよ」と教えていただくサプライズもあった。
「パルミジャーニ・フルリエで次に欲しいのは『トンダ PF GMT ラトラパンテ』ですね。ラトラパンテを求めているわけではないんやけど、〝こんなところに針がもう1本ある〞っていうのがいい」
米村さんに時計選びの基準を尋ねてみた。
「面白い時計は好きですけど、複雑機構を求めているわけではないですね。永久カレンダーもよく人から薦められますが、設定が難しいのは僕には向かない。だから年次カレンダーまでにしようと決めています。週に1度か2度あるかないかの休みの日に、さっと着けられるのがいいんです」
僕にとって腕時計はファッションの延長にあるものなので、と米村さんは明快に言い切る。しかし、気になったモデルは機械も含め、徹底的に調べ上げてから購入するようだ。笑いながらこう続けた。
「いいなぁ思ったらめちゃくちゃ情報を集める。ひどいときは、もう朝っから晩まで見るんですよ。この〝欲しい欲しい病〞が1カ月以上続いたら、買うんです」
コレクションケースに並ぶのは、そんな米村さんの根気強い審査を通過した強者たちである。多彩なラインナップの中、多く揃うのがF.P. ジュルヌやパテック フィリップだ。前者は「オートマチック・リザーブ」「クロノメーター・スヴラン」「エレガント」。個性と実用性を兼ね備えた品の良い仕上がりが米村さんの心をつかんだ。後者には「ノーチラス クロノグラフ」「ノーチラス 年次カレンダー・ムーンフェイズ」「カラトラバ・パイロット・トラベルタイム」。曰く「30代の頃は〝おやじっぽい〞ブランドだと感じていたけれど、ようやく格好良さが理解できました」。
着けやすさは不可欠で、スポーティーなブレスレットモデルも多い。ロイヤル オークの40周年記念モデル「ロイヤル オーク〝ジャンボ〞エクストラ シン」も、オーデマ ピゲの銀座ブティックで手に入れた。ケースサイズは直径37mm前後を好むという米村さん。リシャール・ミルからはあえて小ぶりなレディースモデルの「RM 037」を選んでいる。
米村さんは徹底的に情報を集めて時計を買うと先述したが、時には衝動買いもあるようだ。例を挙げるとウブロの「ビッグ・バン e」やベル&ロスの「BR03-92 ブラックカモ」などがそうである。こうした衝動買いモデルは普段のバリエーションにない要素が多いため、操作や視認性など慣れるまでに時間がかかる。しかしだからこそ新鮮な気付きも多くもたらされ、結果、気に入って使い続けることができるようだ。
米村さんが腕時計を愛好し始めたのは、料理人として独立した30歳からである。その中でおおむね10年周期で時計を買い換えてきた。現在は約3度目の〝衣替え期〞にあるそうだ。10年というのは自身に関する周期でなく、デザイン全般の大きな波に基づいているという。この鋭い着眼点はいかにも米村さんらしい。
なお周期ごとの変遷を尋ねると、1期目にはパネライ、カラフルな針やリュウズで知られるアラン・シルベスタインの腕時計を多く集め、他にも「オマージュ」「シンパシー」などを手掛けていた初期のロジェ・デュブイなど前衛的な腕時計を収集していた。2期目にはパテックフィリップ「カラトラバ」をはじめ、ロレックスの「オイスター パーペチュアル サブマリーナー」「オイスター パーペチュアル デイデイト」など端正なデザインに落ち着いている。ロレックスはすでにほぼ手放しているが、クロムハーツ製ケースに収めた「オイスター パーペチュアル エクスプローラー」はブレスレット感覚で使いやすく、今も頻繁に愛用している。ブレゲ「クラシック」もこの2期目で手に入れ、現在もコレクションに残している。クラシックはスーツ用に購入したドレスウォッチの正統派であるが、ダイヤモンド入りという個性を加えたことが彼には正解だった。
最後に米村さんに現在気になっているブランドを尋ねると、まずはモリッツ・グロスマンが挙げられた。「あの針は、実物を一度見てみたいよね」。他にもローラン・フェリエやH.モーザーなど個性派ブランドの名が続く。欲しいモデルとなると枚挙にいとまがない。「僕は投資家じゃないから、好きなものを揃えていきます」。嗜好を偏らせない意識と新しいものを取り込む絶妙なバランス感覚が、米村さんの卓越した感性を裏打ちしているのかもしれない。
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