筆者は1990年代前半に時計の取材を始めて約30年が経つ。その間、時計ビジネスで「これは完全にアウト!」と思ったのは「コピー商品の販売」。そして、もうひとつが「腕時計のシェアビジネス」だった。そして、この看板を掲げた「トケマッチ」というサービスが2024年1月31日、突然解散。2月に入ってからテレビニュースでも取り上げられている。今回はこのビジネスの“正体”について考察したい。
[2024年2月21日公開記事]
時計を“資産としか考えない人”がターゲット
まず事実を確認しよう。2024年2月1日、スポーツニッポン新聞社のニュースウェブサイト「スポニチ Sponichi Annex」に「腕時計シェア『トケマッチ』突然の法人解散 地上波CMで話題 利用者困惑『貸し出した時計を返して』」という記事がアップされた。SNSの「X(旧Twitter)」上、さらに地上波テレビでもこのニュースは大きな話題になり、「被害者の会」までSNS上で組織されているようだ。
“腕時計シェアリング事業”を名乗っていた「トケマッチ」は、大阪市中央区にある「ネオリバース」という会社が2021年1月に始めた、高級時計のオーナーから腕時計を預かって、それをレンタル事業に使って、その利用料をオーナーに支払うというビジネス。始まった当時、筆者はある雑誌編集者から「どう思いますか。記事にできますか?」と聞かれた。だが筆者は即座に断った。大切な腕時計を他人に貸したら傷が付くし、この会社が設定した腕時計のレンタル料、そしてオーナーに支払われる報酬の設定が、どちらも信じられないほど高額だったからだ。
当時はちょうど、“ロレックスバブル”の渦中で、テレビのバラエティ番組が「ロレックスブーム」を煽っていた時期。「ロレックスを買えば儲かる」というイメージが、日本中に拡散されていた。このビジネスはそんな状況下で着想されたものだろう。
高級時計が買わずに使える“サブスクリプション・サービス”と、1本の腕時計を大人数でシェアして使う“シェアリング・サービス”。当時トレンドだったふたつのサービスを組み合わせたものだというのが運営会社の言い分だった。
だが筆者は、これをシェアリングと呼ぶのはおかしい、これはシェアリングという流行語で目くらましした“高級時計のまた貸しサービス”じゃないか、そう思ったのだ。
そもそも、時計好きなら「自分の腕時計を見ず知らずの他人に使わせる」なんて、心穏やかではいられないはず。しかもどんな腕時計も、使っていれば細かな傷が付く。借り主が落として壊すこともある。そして、現行品であれば別だが、中古品(特に廃番モデル)は修理したら絶対に元通りにはならない。
貸し出した腕時計に傷などが付いたり故障したりした場合は、トケマッチが磨きなどのメンテナンスを行う、ということになっていた。だが、時計好きにとって「勝手に磨かれる」なんてゾッとする話。つまりこれは、時計を「資産」として見る人を相手に考えられたビジネスプラットフォームなのだ。
レンタル料金も報酬もあまりに高額過ぎる!
このサービスが始まったとき、先に指摘した「貸し出し中の傷や故障のメンテナンス問題」以上に、このサービスが「あり得ない」「おかしいな」と思った理由がある。それは、腕時計のレンタル料金と、腕時計を寄託したオーナーへの報酬、時計寄託使用料が信じられないほど高額なことだった。
ネット上に残された、トケマッチのレンタル料金は以下のようになっている。
評価額30万円以下→月額9800円
評価額60万円以下→月額1万9800円
評価額100万円以下→月額2万9800円
評価額150万円以下→月額3万9800円
評価額それ以上→要問い合わせ
一方、時計寄託使用料は以下の通りだ。
評価額60万円以下→月額9900円
評価額100万円以下→月額1万4900円
評価額150万円以下→月額1万9900円
評価額150万円以上→要問い合わせ
そもそも、こんなレンタル料を払うなら、時計店の長期ローンで、それなりの良い腕時計が購入できる。並行輸入時計店で定価以上のプレミア価格で購入しても、最終的には自分の所有物になるのに、わざわざ月額、こんなに高額なレンタル料を払うのは馬鹿げている。
さらに言えば、なぜレンタル料や寄託使用料が「市場評価額」ベースで算出されているのかも謎だ。変動する市場評価をベースにすれば、本来ならレンタル料や寄託使用料も中古時計市場の評価に連動して細かく変えなければならない。加えて、この「市場評価額」とはどこが算出するものなのか? そうした点もまったく説明がなかったようだ。
成立するとは思えないビジネスモデル
どう考えても、このビジネスモデルには無理がある。成立するとは思えない。こんな高額なレンタル料を払って、わざわざ腕時計を借りる人がいるとは、当時から思えなかった。
運営会社が突然に解散したこと。ネット上に腕時計を寄託したオーナーの書き込みはあっても、トケマッチから腕時計を借りたという利用者が見当たらないこと。オーナーが貸し出した腕時計が転売されていたという報告があること。解散直前の年末にテレビCMまで打って、寄託される腕時計を増やそうとしたこと。こうした事実を総合して考えると、「トケマッチ」は当初から詐欺的なビジネスだったのではないか。寄託された腕時計は一般の人にレンタルされたのではなく、別の目的に使われたのではないか? 疑惑は深まる一方だ。
だが残念なことに、そのことを当時、指摘したメディアはなかった。むしろ「シェアリングサービス」という言葉に騙されて、残念なことに「紹介してしまった」メディアもあった。紹介したメディアは猛省するべきだろう。
そして、この疑惑が事実ならば、大変に残念だが、寄託した腕時計が帰ってくる可能性は極めて低いだろう。今後、腕時計を寄託したオーナーたちが返却を求める集団訴訟を提起しても、腕時計が海外のグレーマーケットに転売されてしまえば、追跡および回収はほぼ不可能だからだ。すでにそうした報告が続々と寄せられていて、ネット上にできた寄託者のコミュニティーによれば、寄託したのに戻らない腕時計は700本を超え、その時価総額は十数億円になるとされている。
とにかく、本物の時計好きとして、これは絶対に許せない事件であり、二度とこのようなことが起こらないことを願いたい。
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