時計愛好家の生活 くじらさん「オメガは増えたけど、売るつもりは全くないですね」

2024.03.04

時計の世界で「中の人」と畏怖されるコレクターがいる。オメガだけを収集するくじらさんだ。ふたつ名の理由は、あまりにもオメガの情報に詳しいから。たまたま祖父の遺品を手にした彼は、驚異的な情熱でオメガの時計を集め、たちまち日本屈指のコレクターとなった。現在、その数はなんと90本以上。時計に興味のなかった青年はいかにしてオメガという「沼」に陥ったのか? 本人に心置きなく語ってもらうことにしよう。なお撮影の舞台は、クロノス日本版編集部の希望により大阪・心斎橋のオメガブティックだ。

くじらさん
オメガから認識される大コレクターのひとり。本人曰く「中の人」ではなく、「外の人」。ただの一般客とのこと。アヴァンギャルドな格好を好む彼だが、実はかなりお堅い職業に就いている。学生時代から多彩な趣味を持つ彼は、社会人になって以降、オメガの新作をそこに加えるようになった。趣味が高じて、オメガの同人誌を発行するほか、時計の擬人化(!)にも取り組む。
奥田高文:写真
Photographs by Takafumi Okuda
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]


「社会人になって買った時計はオメガだけ。他には全く興味がないのです」

シーマスター プラネットオーシャン ディープブラック

くじらさんが腕に巻くのは、就職活動の時に購入した「シーマスター プラネットオーシャン ディープブラック」。セラミックケースの600mダイバー、マスター クロノメーターと、オメガらしい尖った時計として愛用しているとのこと。ちなみに服は、ワンピース専門店Favoriteによるもの。かなりアヴァンギャルドだが、くじらさんのキャラクターによく合っている。ストラップは彼が愛用する純正NATOだ。

「なぜ〝中の人〞って言われるようになったんですかね? オメガが好きだからで、なんとなく事情に詳しくなったからじゃないですか。ただの一般客、外の人なんですけどね。オメガしか持ってないですし、他のメーカーは知らなかったし、今も知らないですよ。オフ会で他メーカーの話になっても、まったく興味ないです。

 中学でG-SHOCKを買ってもらったけれど、電池切れてずっとしなかったんです。大学の頃はゲーマーズでキャラクターが描かれた懐中時計を集めましたね。でも就職活動の時に、社会人になるなら腕時計ぐらいしろと言われたんです。買うのは嫌だと思っていたら、家から古い『コンステレーション』が出てきたんです。中身は1000系の自動巻きかな。祖父の遺品ですね。修理してもらって、就職活動の時や社会人になってからも4年ぐらい使っていましたね。でも防水機能は皆無に等しかったから、何度も整備を重ねても中に錆が出てくるんです。4回か5回修理に出して、スイスに出したところ、もう修理は無理と言われたんですよ。

コンステレーション、シーマスター アクアテラ、スピードマスター ファースト オメガ イン スペース

学生時代にキャラクターモノの懐中時計を集めていたくじらさん。就職活動で時計が必要になって以降、時計に目を向けるようになった。左から、祖父の遺品であるコンステレーション。1970年代製のCal.1021搭載。修理を重ねて愛用してきたが、再生不可能ということで今は静態保存されている。中左はコンステレーションが壊れて初めて買った「シーマスター アクアテラ」。仕事で使うメイン時計とのこと。中右はアクアテラを買うときに惹かれて購入した「スピードマスター ファースト オメガ イン スペース」。いずれも棺桶に入れる時計、とのこと。右ふたつは、学生時代に購入した懐中時計ふたつだ。すらすらと解説が出てくるのは、思い入れの深さ故か。

 じゃあ自分で時計を買おうとなったんですが、自動巻きの巻き上げ音がすごい好きだったし、使っていたのもオメガだったから『シーマスター アクアテラ』を買ったんですよ。購入したのは2012年か13年です。本来ならこれ1本で終わったはずですが、買うときに『スピードマスター ファースト オメガ イン スペース』がスペシャルボックスに入って飾ってあったんですよ。当時のオメガの箱って赤くて小さかったじゃないですか。こんな豪華な箱もあるのかと思って、1週間後になぜか買ってしまいました。このスピードマスターが多分、ドツボにはまった要因ですね。この2本を買ったら十分と思っていましたが、その後、ワールドウォッチフェアの会場でセラミックケースの『ダーク サイド オブ ザ ムーン』を見たんです。会場に1個だけぽつんと置いてある。今まで時計はステンレスが当たり前、セラミックスで作られた時計があるなんて知らなかったんですよね。見た時にこれしかない、やばい、何も考えずに買います、手元に50万円あるから手付けで置いてっていいですかと言ったら、時計は取っておくので、後日来店して、その時に全額払ってくださいと言われました。

スピードマスター ダークサイド オブ ザ ムーン、スピードマスター ホワイトサイド オブ ザ ムーン、スピードマスター グレーサイド オブ ザ ムーン

くじらさんを本格的に「オメガ沼」に落としたのが、コマデュール製のセラミックケースを持つ「スピードマスター ダークサイド オブ ザ ムーン」だった。このモデルに魅せられたくじらさんは、続いてホワイトセラミックスの「スピードマスター ホワイトサイド オブ ザ ムーン」とグレーの「スピードマスター グレーサイド オブ ザ ムーン」を購入した。すでにマスター クロノメーターのムーブメントが発表されていたにもかかわらず、あえて普通のコーアクシャルを探してもらったのが彼らしい。曰く、左から長女、次女、そして三女。上に見えるのは、オメガのサングラス。ちなみに、これほどオメガを所有するくじらさんだが、普通の3861スピードマスターは持っていないとのこと。

 オメガのセラミックスは輝きが金属とも宝石とも違うでしょう。陶器の輝きみたいな感じですね。まあ沼に片足はまった人が両足を入れ、足首まで埋まるぐらいにドツボでしたね。ワールドウォッチフェアでも、ブレゲやロレックス、カルティエなどを紹介されたんですが、まったく刺さらないんですよ。このオメガに一目惚れでしたね。オメガ以外はいい、他のメーカーは紹介するなと言いましたよ。それに当時のオメガの営業の人たちは時計の構造などを知っていて、話を聞くと技術のことを教えてくれたんです。この時代は年に2本から3本買っていたと思いますよ。

 セラミックケースでこれだけの輝きを出し、このサイズにこの自動巻きクロノグラフを載せたダーク サイド オブ ザ ムーンはすごい。オメガはこれからセラミックスでやっていくのかと思っていたら、その後、チタンケースの『スピードマスター〝アポロ11号〞45周年記念限定モデル』が出ると聞いたんです。スイスにいる日本の担当者から電話がかかってきて、どうです? 買いませんか? と言われたんですよ。スイスから電話ですよ、スイスから。意味が分からないですよね。

東京2020モデル

たぶん全種類買っている人はいない、と語るくじらさん。机の上に広げてくれたのは、「東京2020モデル」だ。オリンピックになったら限定モデルを出すとオメガに言われた彼は、発表されていないのに、すべてのモデルを購入すると言ってしまったそうだ。「10モデルも限定版を出すとは聞いてなかった。いまだに後悔している」と語るが、顔はまんざらでもなさそうだ。面白いのは、アクアテラの金無垢レディースモデル。オリンピックが始まる2週間前に急に発表されたモデルは、大会期間中に納品され、銀座のオメガブティックでNATOストラップに換装した後、10本のオメガを腕に巻いて出かけたという。曰く「それでゆりかもめに揺られて、オメガのパビリオンまで出かけましたよ」とのこと。

 東京オリンピックのモデルも全部買いましたね。オリンピックを東京でやると聞いたときに全部買うと言いました。男性用のSSアクアテラ、スピードマスターが5本、プラネットオーシャン、ダイバー300を買い……金無垢アクアテラはオリンピックが始まる2週間前に電話があったんですよ。担当者から連絡があって、実は隠し球がある、200万円を超えるとのことなんですね。家族に相談したら『次に日本でオリンピックなんてもうすることないねんから、買うのやったらとことん行ったらええやろ』って言われましたね。結局手に入れてしまいました。

 これだけあっても、着ける時計は決まっていますよ。最初に買ったアクアテラです。仕事に行くときはこれをはめています。この時計は何度も壊したけど、絶対に直してくれと頼んでます。リュウズは取れたし、カレンダーディスクは2回交換したのかな? 新旧で書体が違うんですよね。車もそうですね。大学生の頃に買ったスバルのWRXを直して乗っていますよ。車はスバル、時計はオメガですね。なぜ時計を直すのか、祖父の時計を修理したからじゃないですか。修理しているときの代用は『ダイバー300』です。これも決まっています。

時計の楽しみ方はいろいろあっていい、と語るくじらさん。その表れのひとつが、時計の擬人化だ。なんとダークサイド オブ ザ ムーン アポロ8号を擬人化している。

 他に買ったオメガですか? ダークサイド、アラスカプロジェクト、スピードマスターのアポロ15号、40周年、ルナローバー、スピードマスターの50周年といった絶版などは全部買いましたよ。オメガは1本を除いて新品しか買ってないです。昔のモデルでも、世界中から新品を探してくれ、と頼んでいますよ。新品以外はよほどのもの以外は買わない。3000番台のシーマスターや『コンステレーション ダブルイーグル』などはもう5年も恋い焦がれているけど、ないでしょうねえ。

No.2 コズミック、No.10 The MD’s Watch、ペトログラード ソチ2014限定、No.3 オフィサーズウォッチ

くじらさんの収蔵品には、過去の「ミュージアムコレクション」も含まれる。左から、「No.2 コズミック」の珍しいシルバーダイアル、「No.10 The MD’s Watch」「ペトログラード ソチ2014限定」「No.3 オフィサーズウォッチ」。いずれも新品を購入。なお、No.3 オフィサーズウォッチは展示品を買ったものの、程度が悪かったため、オメガ本社が事実上新造した個体である。背後に見えるのは、時計を収納する小ケース。後書きではなく、ルイ・ヴィトンの公式ペインターに絵を描かせた1点モノである。この「絵師」に魅せられた彼は、ルイ・ヴィトンや出版社に権利関係を確認し、正式に発注したとのこと。これ以外にも、彼はオリジナルのルイ・ヴィトンを複数所有している。

 すべてNATOストラップに替えている理由ですか? スペクターの影響ではないですよ。2014年からNATOです。昔は汗をかくとメタルブレスレットは袖を汚したし、洗濯しても黒ずみが落ちないんです。そこでNATOはナイロンだから丈夫ですよと勧めてもらった。汚れないし、汗を防ぐ感じがしていいでしょう? しかもストラップを服の上から巻けるのもいい。だから時計を納品してもらう時は必ずNATOとセットで買います。ベルトは外しといてって伝えてあるんです。今日もNATO買いますよ。あ、ストラップ買わな、このストラップすごいと思いません? ちょっと買ってきていいですか?

 今は時計のオフ会などに参加してますけど、趣味ってひとりでやってきたんですよ。オフ会に参加したのは2年前くらいからですよ。でもひとりで全然苦にならなかったですね。時計があったから。時計を見ていれば、はめて外に出て写真撮るだけで楽しいし、ブランドの人と話すのも面白いでしょう? オメガは増えたけど、売るつもりは全くないですね。亡くなったとき、3本の時計だけは棺桶に入れて欲しいと思っています。祖父のコンステレーションと、初めて買ったアクアテラ、そしてスピードマスター ファースト オメガ イン スペース。あとはオメガの博物館に寄贈しますよ」

凝り性のくじらさんらしく、擬人化は、彼が推すもしょ(@mosho22)さんに依頼。詳細な打ち合わせの末、このキャラクターが完成した。「擬人化はこれからもずっとやります」。


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