時計の世界で「中の人」と畏怖されるコレクターがいる。オメガだけを収集するくじらさんだ。ふたつ名の理由は、あまりにもオメガの情報に詳しいから。たまたま祖父の遺品を手にした彼は、驚異的な情熱でオメガの時計を集め、たちまち日本屈指のコレクターとなった。現在、その数はなんと90本以上。時計に興味のなかった青年はいかにしてオメガという「沼」に陥ったのか? 本人に心置きなく語ってもらうことにしよう。なお撮影の舞台は、クロノス日本版編集部の希望により大阪・心斎橋のオメガブティックだ。
オメガから認識される大コレクターのひとり。本人曰く「中の人」ではなく、「外の人」。ただの一般客とのこと。アヴァンギャルドな格好を好む彼だが、実はかなりお堅い職業に就いている。学生時代から多彩な趣味を持つ彼は、社会人になって以降、オメガの新作をそこに加えるようになった。趣味が高じて、オメガの同人誌を発行するほか、時計の擬人化(!)にも取り組む。
Photographs by Takafumi Okuda
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]
「社会人になって買った時計はオメガだけ。他には全く興味がないのです」
「なぜ〝中の人〞って言われるようになったんですかね? オメガが好きだからで、なんとなく事情に詳しくなったからじゃないですか。ただの一般客、外の人なんですけどね。オメガしか持ってないですし、他のメーカーは知らなかったし、今も知らないですよ。オフ会で他メーカーの話になっても、まったく興味ないです。
中学でG-SHOCKを買ってもらったけれど、電池切れてずっとしなかったんです。大学の頃はゲーマーズでキャラクターが描かれた懐中時計を集めましたね。でも就職活動の時に、社会人になるなら腕時計ぐらいしろと言われたんです。買うのは嫌だと思っていたら、家から古い『コンステレーション』が出てきたんです。中身は1000系の自動巻きかな。祖父の遺品ですね。修理してもらって、就職活動の時や社会人になってからも4年ぐらい使っていましたね。でも防水機能は皆無に等しかったから、何度も整備を重ねても中に錆が出てくるんです。4回か5回修理に出して、スイスに出したところ、もう修理は無理と言われたんですよ。
じゃあ自分で時計を買おうとなったんですが、自動巻きの巻き上げ音がすごい好きだったし、使っていたのもオメガだったから『シーマスター アクアテラ』を買ったんですよ。購入したのは2012年か13年です。本来ならこれ1本で終わったはずですが、買うときに『スピードマスター ファースト オメガ イン スペース』がスペシャルボックスに入って飾ってあったんですよ。当時のオメガの箱って赤くて小さかったじゃないですか。こんな豪華な箱もあるのかと思って、1週間後になぜか買ってしまいました。このスピードマスターが多分、ドツボにはまった要因ですね。この2本を買ったら十分と思っていましたが、その後、ワールドウォッチフェアの会場でセラミックケースの『ダーク サイド オブ ザ ムーン』を見たんです。会場に1個だけぽつんと置いてある。今まで時計はステンレスが当たり前、セラミックスで作られた時計があるなんて知らなかったんですよね。見た時にこれしかない、やばい、何も考えずに買います、手元に50万円あるから手付けで置いてっていいですかと言ったら、時計は取っておくので、後日来店して、その時に全額払ってくださいと言われました。
オメガのセラミックスは輝きが金属とも宝石とも違うでしょう。陶器の輝きみたいな感じですね。まあ沼に片足はまった人が両足を入れ、足首まで埋まるぐらいにドツボでしたね。ワールドウォッチフェアでも、ブレゲやロレックス、カルティエなどを紹介されたんですが、まったく刺さらないんですよ。このオメガに一目惚れでしたね。オメガ以外はいい、他のメーカーは紹介するなと言いましたよ。それに当時のオメガの営業の人たちは時計の構造などを知っていて、話を聞くと技術のことを教えてくれたんです。この時代は年に2本から3本買っていたと思いますよ。
セラミックケースでこれだけの輝きを出し、このサイズにこの自動巻きクロノグラフを載せたダーク サイド オブ ザ ムーンはすごい。オメガはこれからセラミックスでやっていくのかと思っていたら、その後、チタンケースの『スピードマスター〝アポロ11号〞45周年記念限定モデル』が出ると聞いたんです。スイスにいる日本の担当者から電話がかかってきて、どうです? 買いませんか? と言われたんですよ。スイスから電話ですよ、スイスから。意味が分からないですよね。
東京オリンピックのモデルも全部買いましたね。オリンピックを東京でやると聞いたときに全部買うと言いました。男性用のSSアクアテラ、スピードマスターが5本、プラネットオーシャン、ダイバー300を買い……金無垢アクアテラはオリンピックが始まる2週間前に電話があったんですよ。担当者から連絡があって、実は隠し球がある、200万円を超えるとのことなんですね。家族に相談したら『次に日本でオリンピックなんてもうすることないねんから、買うのやったらとことん行ったらええやろ』って言われましたね。結局手に入れてしまいました。
これだけあっても、着ける時計は決まっていますよ。最初に買ったアクアテラです。仕事に行くときはこれをはめています。この時計は何度も壊したけど、絶対に直してくれと頼んでます。リュウズは取れたし、カレンダーディスクは2回交換したのかな? 新旧で書体が違うんですよね。車もそうですね。大学生の頃に買ったスバルのWRXを直して乗っていますよ。車はスバル、時計はオメガですね。なぜ時計を直すのか、祖父の時計を修理したからじゃないですか。修理しているときの代用は『ダイバー300』です。これも決まっています。
他に買ったオメガですか? ダークサイド、アラスカプロジェクト、スピードマスターのアポロ15号、40周年、ルナローバー、スピードマスターの50周年といった絶版などは全部買いましたよ。オメガは1本を除いて新品しか買ってないです。昔のモデルでも、世界中から新品を探してくれ、と頼んでいますよ。新品以外はよほどのもの以外は買わない。3000番台のシーマスターや『コンステレーション ダブルイーグル』などはもう5年も恋い焦がれているけど、ないでしょうねえ。
すべてNATOストラップに替えている理由ですか? スペクターの影響ではないですよ。2014年からNATOです。昔は汗をかくとメタルブレスレットは袖を汚したし、洗濯しても黒ずみが落ちないんです。そこでNATOはナイロンだから丈夫ですよと勧めてもらった。汚れないし、汗を防ぐ感じがしていいでしょう? しかもストラップを服の上から巻けるのもいい。だから時計を納品してもらう時は必ずNATOとセットで買います。ベルトは外しといてって伝えてあるんです。今日もNATO買いますよ。あ、ストラップ買わな、このストラップすごいと思いません? ちょっと買ってきていいですか?
今は時計のオフ会などに参加してますけど、趣味ってひとりでやってきたんですよ。オフ会に参加したのは2年前くらいからですよ。でもひとりで全然苦にならなかったですね。時計があったから。時計を見ていれば、はめて外に出て写真撮るだけで楽しいし、ブランドの人と話すのも面白いでしょう? オメガは増えたけど、売るつもりは全くないですね。亡くなったとき、3本の時計だけは棺桶に入れて欲しいと思っています。祖父のコンステレーションと、初めて買ったアクアテラ、そしてスピードマスター ファースト オメガ イン スペース。あとはオメガの博物館に寄贈しますよ」
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