今回は、普段限りある予算と相談したうえで時計を購入している時計専門誌『クロノス日本版』編集部のメンバーが、超高級腕時計をお題に「お金があったら買いたい」と思うモデルを2本ずつ紹介する。なお、定価500万円以上の現行モデルから取り上げるという条件を設けた。メンバーは編集長の広田雅将、編集の細田雄人、鶴岡智恵子、大橋洋介である。
お金があったら買いたい“超高級”腕時計
時計ほど、その値付けの幅が広いプロダクトは珍しい。1000円以下で販売されているモデルもあれば、一部の富裕層をターゲットとした、億単位の価格となるモデルもある。特に上を見ると、青天井だ。一部の富裕層や好事家をターゲットとした超高級時計は、工芸品としての要素が強くなったり、超絶複雑な機構を搭載していたり、あるいは貴石をふんだんに用いていたりと、実用時計とは性格を異にする。もしお金に糸目を付けずに購入できるとしたら、所有したい「憧れ」の時計はいったいどれだろうか?
今回は、時計専門誌『クロノス日本版』編集部のメンバーが、そんな「お金があったら買いたい超高級時計」をそれぞれ2本ずつ選出した。なお、企画の趣旨は「欲しい時計」ではなく「欲しい超高級時計」であるため、定価500万円以上の現行モデルから選出するという条件を設けている。
編集長・広田雅将おすすめの“超高級”腕時計
一昔前は、時計はいくら以上でないとね、と語る人がいた。個人的に、それは大いなる勘違いと思っている。世間には、安くても良い時計は数え切れないほどあり、問題はむしろ、時計よりも、それを見出せない人にあるんじゃないか。もっとも、価格が上がるほど、手作業で施せるディテールの質は良くなる。工作機械の精度が上がった現在、価格帯を問わず、時計のディテールは劇的に良くなった。ただし時計を、工業製品ではなく嗜好品として見た場合、優れた仕上げは、手作業に寄らざるを得ないし、それは大体価格に比例する。
今回500万円以上の時計を挙げろ、といわれて、何を選ぼうか正直迷った。各メーカーの威信がかかっているだけあって、基本的に外れがないのである。
というわけで、今回は、自分の欲しい時計に絞ることにした。残ったのはクレドールの「叡智II」と、ヴァシュロン・コンスタンタンの「コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955」の2本だ。いずれも、仕上げはもちろんのこと、普通に使えるパッケージの良さが際立っている。
①クレドール「叡智II」
今さら説明のいらない「叡智II」。高精度のスプリングドライブを手作業で仕上げ、そこに手の込んだ文字盤を合わせた本作は、普段使えるドレスウォッチながらも、極めて工芸的だ。しかもプラチナモデル以降は、ケースを製造する際に鍛造のプロセスを加えたため、面がいっそう整うようになった。3針としては信じられないほどの価格だが、中身を考えればやむを得ない。
文字盤にブルーの釉薬をたっぷり載せたプラチナ版はかなり魅力的。しかし“推し”は、相変わらずの18Kローズゴールドモデルだ。普通に使えるたたずまいを持ちながら、よく見ると工芸品というひねくれっぷりがツボだ。個人的には、もう少しケースを重くして欲しいが、コレは装着感とのトレードオフか。どうか宝くじが当たりますように!
手巻き(Cal.7R14)。41石。パワーリザーブ約60時間。18KPGケース(直径39mm)。日常生活用防水。605万円(税込み)。
②ヴァシュロン・コンスタンタン「ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955」
かつて一世を風靡したレマニア2310。現在このムーブメントを載せるレギュラーモデルは、ブレゲと本作があるのみだ。このモデルを推す理由は、直径38.5mmという絶妙なケースサイズ。直径27mmという小さなムーブメントを載せても、インダイアルが文字盤の中心に寄っていない。搭載するムーブメントは、Cal.2310を魔改造したCal.1142。基本的な設計は前作のCal.1140に準じているが、緩急装置がフリースプラングテンプにアップグレードされている。
しかもマスロットではなく、古式ゆかしい、チラネジで緩急を調整するタイプだ。18Kピンクゴールドケースもあるが、筆者の推しはステンレススティールケース。普段使いに向くだけでなく、ケースの磨きが大変に良い。正直、ヴァシュロン・コンスタンタンが、これほど良いステンレススティールケースを作るとは予想外だった。能ある鷹は爪隠す系の傑作。軽いため、装着感も優秀だ。
手巻き。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径38.5mm、厚さ10.9mm)。30m防水。708万4000円(税込み)。
細田雄人おすすめの“超高級”腕時計
①ローマン・ゴティエ「インサイト・マイクロローター」
予算も気にせず、とにかく欲しい時計。いざ考えるといくらでも候補が上がってくるため、絞るのが難しい。それでもローマン・ゴティエの「インサイト・マイクロローター」をその1本として挙げたのは、なんといってもローマン・ゴティエその人から直接時計を買えるという魅力に尽きる。
長い歴史の中で、淘汰されずに残った時計ブランドには数々のアーカイブや、それを生み出すに至るノウハウが大量に蓄積される。そんな名門の時計は確かに魅力的だろう。しかし、いくらブレゲが優れたブランドだとしても、我々は創業者のアブラアン-ルイ・ブレゲから時計を買うことができない。対して、近年創業した時計ブランドであれば、彼らから直接時計を買うことができるかもしれないのだ。
そんな数ある新興ブランドのなかで、なぜローマン・ゴティエを選んだのか。当然、時計自体のクォリティーが高いことも大きな理由だ。あのムーブメントに施された深い面取りも、アニタ・ポルシェの工房が焼いているエナメル文字盤も、見ているだけで心躍る。
しかし、なんといってもローマン・ゴティエが魅力的なのは、カリスマ創業者が顧客たちと可能な限りコミュニケーションを取り、できるだけ納品にも立ち会ってくれている点だ。ローマン・ゴティエというブランドは100年先も残っているかもしれない。しかしゴティエ自身が設計した時計を手に取れられ、どこかで本人と直接会える可能性があるのは現代を生きる我々だけの特権だ。
自動巻き。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。Tiケース(直径39.5mm、厚さ12.9mm)。50m防水。要価格問い合わせ。
②シャネル「ムッシュー ドゥ シャネル」
自分とはあまりにも縁のない予算感のため、500万円以上で買いたい腕時計というのは、いい勉強になった。ブレゲのシンプルな2針や3針だと届かず、トゥールビヨンのようなハイコンプリケーションでは大幅に金額が上振れしてしまう。
企画趣旨的には1億円超えの時計だろうが、500万円以上の時計であることには変わりないが、500万円という金額からあまりに乖離しすぎるのも興醒めかなと思い、1本は500〜1000万円の間、もう1本は1000万円台で選ばせてもらった。
シャネル初の自社製ムーブメントを搭載する「ムッシュー ドゥ シャネル」は、前者だ。240度まで広がるレトログラードミニッツとジャンピングアワーによる時刻表示は、切り替わる瞬間のパシッとした動きが見ていて気持ちいい! 針回しの感触も詰められており、これぞ高級時計にふさわしい仕上がりだ。
そして感触もさることながら、純粋に時計としてのデザインの良さにも惚れ惚れとする。文字盤に施されたタイポグラフィ、そして各時刻表示用に起こされたフォントによって表現されるミニマルな文字盤デザインは、まるで一種の芸術作品を見ているような高揚感を与えてくれる。「文字」という要素でここまでデザインを突き詰めるのは時計専業メーカーでは難しいだろう。
そんな非時計専業メーカーらしい美の表現は、ケースバックでも繰り広げられている。円を描くように輪列が配置されたムーブメントデザインは、一般的な高級時計のそれとは明らかに異なるものだ。コート・ド・ジュネーブは用いられておらず、面取りも分かりやすくポリッシュされていない。しかし、このムーブメントの仕上げが非凡なものであることは、歯車ひとつとっても明白だ。
工業的な美しさと工芸的な美しさが入り混じったような不思議な「美」。シャネルとローマン・ゴティエによるタッグが生んだこの傑作も、登場時からだいぶ値上がりしてしまったが、いまだにアンダー1000万円で買えるのはありがたい話なのかもしれない。
手巻き(キャリバー 1.)。30石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約3日間。18Kベージュゴールド(直径40mm)。838万2000円(税別)
鶴岡智恵子おすすめの“超高級”腕時計
①ヴァシュロン・コンスタンタン「ヒストリーク・222」
「お金があったら買いたい超高級時計」と真剣に向き合った結果、意外な自分の好み(欲望?)が見えてきた。今までは漠然と「宝くじが当たったら、どこどこの超絶コンプリケーションウォッチを買って、どこどこのダイヤモンドキラキラウォッチを買って……」などと、何となく考えていたものだ。しかし、真剣に「金額に制限なしの購入候補」を絞り込んだ時、「復刻時計」が次々と頭に思い浮かんだのだ。
オールドウォッチに心引かれる自分にとって、“復刻時計”というジャンルはとてもありがたい。オールドウォッチそのものを購入するのも好きなのだが、個体によっては文字盤や蓄光塗料、あるいはブレスレットの経年劣化が激しかったり(これもオールドウォッチの味ではある)、ケースが研磨されすぎて痩せてしまっていたり、防水性能で不安を感じたりすることもあるためだ。復刻時計なら、オリジナルの意匠やテイストを現代技術でよみがえらせているため、デイリーユースに問題のない実用性を備えていることがほとんどだ。また、現代の工作機械で製造されたケースやブレスレットは高品質で、特に1970年代の“ラグスポ”の復刻が成功を収めたのは、こういった現代技術の賜物であろう。
なお、復刻時計はオリジナルよりも価格が高い場合が多い。また、「現行モデルと比べて、手の届きやすい価格」というのもオールドウォッチの魅力のひとつなのだが、オリジナル版の中には当時の生産本数の少なさから稀少性が極めて高く、目の飛び出るような流通価格となっているモデルも存在する。そこで、復刻版もオリジナルもともに超高額で、かつ自分自身が欲しいと思う時計として、ヴァシュロン・コンスタンタンの「ヒストリーク・222」を取り上げる。
ヒストリーク・222は、1977年に製造されたRef.4401の復刻時計だ。222は1985年まで製造されたというが、限定生産だったこともあり、なかなか市場に出回らない。自分も、7年ほど前に18KYG製ケースのモデルを一度見たきりだ。また「ロイヤル オーク」などと異なり、現行モデルでラインナップされているというわけでもなかった。そのため“ラグスポ”ブームも相まって、本作の復刻は「待望」と思った時計ファンは多かったのではないだろうか。
さらにヴァシュロン・コンスタンタンは復刻にあたり、サイズやプロポーションを大きく変えなかった。ケースの厚みはわずかに増したものの、直径は当時“ジャンボ”と称された37mmを踏襲。復刻時計の多くが現代的なサイズ感に改める、つまり大型化する傾向にある中で、当時のサイズをそのまま復刻してくれるというのは、オールドウォッチ好きとしてはありがたい。
復刻版222も一度しか見たことはない。しかし、角の立った薄型ケースや、このケースと一体型となった特徴的なブレスレットのつくりはいかにも“超高級機”で、たとえ復刻時計でなかったとしても、所有欲をくすぐるであろうと強く思ったことを記憶している。
フルゴールドながら「2針で1000万円超え」というキャラクター(ただし2022年の初出時は定価743万6000円)と相まって、とても贅沢な復刻時計である。
自動巻き(Cal.2455/2)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KYGケース(直径37mm、厚さ7.95mm)。5気圧防水。ブティック限定モデル。1100万円(税込み)。
②ヴァン クリーフ&アーペル「ミッドナイト ポン デ ザムルー ウォッチ」
『「お金があったら買いたい超高級時計」と真剣に向き合った結果、意外な自分の好みが見えてきた』と前述した。この「好み」は復刻時計であったわけだが、ヴァン クリーフ&アーペルの「ミッドナイト ポン デ ザムルー ウォッチ」は復刻時計ではない。しかし、この向き合う前、本記事の企画を立てた時から、このモデルを挙げようと決めていた。ずっと、憧れ続けてきた超高級時計であるためだ。
なお、本作の実機を見たことはない。こういった「おすすめ時計」の企画は、実際に見たり触ったりしたことのある時計を選ぶことが望ましい。しかし、時計業界に入ったばかりの頃、たまたま新作一覧のようなWEBサイトで本作を初めて見て、ひとめぼれした。そんな思い入れのある1本だから、掲載を許してほしい(ひとめぼれした時計は2019年にリリースされた「レディ アーペル ポン デ ザムルー ウォッチ」だったが、掲載写真は翌年に登場したメンズウォッチ)。
ミッドナイト ポン デ ザムルー ウォッチは、ヴァン クリーフ&アーペルが手掛けるレトログラードウォッチだ。60分で橋の中央に到達する男性と、1時間ずつゆっくりと橋の中央に向かう女性。ふたりは1日2回だけ橋の上でキスすることができ、しかしすぐに離れてしまうというのが切ないながらロマンチック。本作を知った当時は“レトログラード”という用語もあまりよく分かっていなかったのだが、このギミックや、小さな文字盤上でひとつのストーリーを展開させるブランドの技巧に、心を打たれた。
なお、1日に2回しか会えないなんて、かわいそう……という読者は安心されたい。オンデマンドアニメーションモジュールが搭載されており、ケースサイド8時位置のプッシュボタンを押せば、ふたりの逢瀬を再現することができる。
自動巻き(Cal.Valfleurier Q020)。パワーリザーブ約36時間。2万8800振動/時。18KWGケース(直径42mm)。3気圧防水。2191万2000円(税込み)。
大橋洋介おすすめの“超高級”腕時計
①レッセンス「Type 5 ナイト ブルー」
『Streamlined A Metaphor for Progress』という本をご存知だろうか。この本は1930年代頃に大流行した、流線形の乗り物がその形状を得るまでを追ったドキュメントだ。流線形とは、それこそ今の新幹線のような、空気抵抗を減らすために、流れるようなフォームのデザインを指す言葉だ。
当初は空気抵抗を減らし速くするための工夫であったはずの流線形が、実際の効果はさておき、速さの象徴として30年前後に大いに流行した。当時は船も列車も自動車も、速そうに見せるために流線形へと変化していった。
当時のデザイナーのコンセプトイラストを見ると、そこに描かれた乗り物は、まるでUFOを思わせる未来的な姿なのだ。流線形で乗り物をデザインすることは、未来のメタファーを乗り物に付与することを意味しているように思える。29年に起こった世界大恐慌によって経済的な打撃を受けた社会に指し示す、歓迎すべき未来の姿として、流線形は生み出されていたのだろう。
今回選出したレッセンスの空飛ぶ円盤のような見た目の腕時計は、当時のデザイナーが描いた流線形の未来的なコンセプトイラストから、そのまま抜け出てきたように思える。このタイムピースを手にできたら、まるで未来を自分の手中に収めた気分になれるだろう。
レッセンス の「タイプ5 ナイト ブルー」は、そんなフューチャリスティックな見た目をしたダイバーズタイプウォッチだ。時を表すインダイアルに記された、手のひらのマークもミステリアスで印象的だ。この腕時計を装着して、海に一度でも構わないので潜りたい。陸に上がったときには「私は未来を見た(I have seen the future)」と、きっと言うだろう。
自動巻き。41石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約36時間。Tiケース(直径46mm、厚さ15.5mm)。100m防水。542万800円(税込み)。
②ジャガー・ルクルト「マスター・ウルトラスリム・パーペチュアルカレンダー」
ジャガー・ルクルトの「マスター・ウルトラスリム」は憧れのコレクションだ。優雅で伝統的なデザインと丁寧な職人の手仕事が、細部にまで行きわたっている逸品ぞろいである。その中でも「マスター・ウルトラスリム パーペチュアルカレンダー」は憧れ中の憧れだ。その理由はずばり、パーペチュアルカレンダーを搭載したムーブメントの腕時計だからだ。
通常の腕時計用カレンダーでは、30日までの月であったとしても、31日に自動で日付が切り替わってしまう。1日に変更するには、手動で切り替えなくてはならない。そんな手間を省くのがパーペチュアルカレンダーだ。月末が何日であろうと、しっかり月が替われば1日にしてくれるのだ。
これを機械のみで表示させようとすると、その機構の設計には大変な手間がかかる。それゆえ、時計における3大複雑機構のひとつに数え上げられてきた。
「マスター・ウルトラスリム パーペチュアルカレンダー」の特筆に値する点は、それほど複雑で込み入った機構を搭載しているにも関わらず、ムーブメントが薄いのだ。その厚みは4.72mmしかない。ケース本体の厚みも9.2mmしかないのである。
高度な設計、製造技術の上に成り立つ、端正なドレスウォッチ。638万円という価格には納得だ。手に入れることはできないが、その姿をじっくり目に焼き付けておきたい腕時計である。
自動巻き(Cal.868)。46石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KPGケース(直径39mm、厚さ9.2mm)。50m防水。638万円(税込み)。
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