“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<針編>

2024.03.30

SNSや本誌を含む時計関連の媒体を見ると 常に新しく、魅力的なモデルが掲載されている。しかし、時計のニュースが増える一方で、なぜその時計が良いのか、という情報は相変わらず乏しい。では、何が理由で、その時計を良く感じたのか?今回は、本誌でも人気を集める「時計の見方ABC」をもう少し広げ、よりディープに時計を見られるトピックとともにお届けしたい。

“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<ダイアル編>

https://www.webchronos.net/features/110623/
“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<インデックス編>

https://www.webchronos.net/features/110788/
奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
野島翼、佐藤しんいち、広田雅将(本誌):取材・文
Text by Tsubasa Nojima, Shin-ichi Sato, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]


時計の針は、何を見るべきか?

 時計を見る上で重要なのが針である。多くの消費者が、新品同様の見た目を求めるようになった結果、メーカーはメンテナンスの度に針を替えるようになった。以前ほどコストのかかった凝った針が見られなくなった一因である。また、優れたサプライヤーが囲い込まれたことも、理由のひとつである。もっとも、時計ブームにより、再び良質な針を持ったモデルも増えてきた。では針は、何を見るべきなのか?


ダイヤモンドカット

 1960年代に普及したのが、プレスした針の表面をダイヤモンドカッターで均したダイヤモンドカット針である。針を平たく成形できるため、時計をモダンに見せられる。また完全な鏡面を与えられるため、小さな面積でも高い視認性を得られる。今や多くのメーカーが採用する、高級時計針の「標準装備」だ。

グランドセイコー

ケース仕上げのザラツ研磨同様、独自の進化を遂げたのが、グランドセイコーの多面ダイヤモンドカット針だ。今や他社も追随するようになったが、面の多さでは今なお群を抜いている。同じく複数の面を持つインデックスと合わせることで、視認性はかなり高い。面の良さが注目される針だが、むしろ見るべきは側面だろう。斜めから見ても破綻しないのは、側面も面取りされているためだ。

 時計に使われる針は、基本的に2種類しかない。プレスで打ち抜くか、削り出しか、である。もっとも、プレスで打ち抜いたものも表面を切削することで、削り出しに遜色ない仕上がりを得られる。好例がダイヤモンドカット仕上げだ。プレスで打ち抜かれた部材の表面をダイヤモンドカッターで削り、平面を与えていく。1930年代から存在していた手法だが、60年代以降、時計業界に普及した。表面に歪みのない鏡面を与えられるため、細い針でも高い視認性を得られるというメリットがある。この製法を進化させたのがグランドセイコーだ。多くのメーカーが、せいぜい2面のダイヤモンドカットしか与えないのに対して、複数の面に施すようになった。ただし、面の数が増えるほど加工は難しくなる。模倣できるメーカーが少ない理由だ。

 一方の削り出しは、平滑さよりも立体感を強調したものだ。ワイヤー放電加工機で抜いたブランクを、手作業で成形するのがモリッツ・グロスマン。一方のNAOYA HIDA&Co. は、微細加工機で針を加工している。こちらもやはり仕上げは完全な手作業だ。

モリッツ・グロスマン

ムーブメントだけでなく、凝った外装を採用するのがモリッツ・グロスマンである。ワイヤー放電加工機で抜いたブランクをヤスリで加工し、立体的な針に仕上げていく。素材は鋼。また、何度も針を取り外しできるよう、袴も大きく厚めだ。一般的に同社はブラウンに焼いた針を好むが、本作はあえてのブルーである。長期の使用を前提とした、非常にコストのかかった針である。

 ところで、プレスの技術が上がった結果、削り出しに近い造形の針も増えてきた。一例は、IWC「ポルトギーゼ」シリーズの針である。

 針の質を見る際に重要なのは、立体的かどうかよりも、側面の仕上げである。安価な時計はさておき、高価格帯の針は、少なくともバリがなく、側面の切削痕が目立たないことが望ましい。また、何度も再利用に耐えうる針は、固定する「袴」が頑強に出来ている。ここに挙げた時計は、いずれも最上級の針を持つものだ。


削り出し

 昔ながらの手法が、ブランクを削り出した針である。極めて立体的な造形を与えられるため、クラシカルな時計との相性が良い。もっとも、コストが極めて高いため、採用はごく一部のメーカーに限られる。プレスでも近い仕上げを与えられるが、硬いスティールを立体的に成形するのは、今なお削り出しに頼るほかない。写真のふたつは、その最高峰である。

NH TYPE 1D

グロスマン同様、針が目を引くのがNAOYA HIDA & Co.のコレクションである。微細加工機で切削した針を磨いて成形する。一見シンプルな造形だが、針が膨張したような立体感は、削り出しでしか与えられないもの。もちろん側面の処理も完全である。普通、こういう立体的なスティール製の針に青焼きの処理を加えるのは難しい。しかし、このモデルは均一なブルーが施されている。
NH TYPE 1D

NAOYA HIDA & Co.「NH TYPE 1D」
ヴィンテージウォッチに範を取ったクラシカルなデザインを、モダンなサイズと最新の技術で再現。洋銀製ダイアルには、職人の手彫りによるブレゲ数字インデックスと立体的なリーフ針、別体のサブダイアルを組み合わせている。ムーブメントには退却式コハゼが搭載されており、しっかりとした巻き味を楽しめる。写真は2022年製造分のもの。手巻き(Cal.3019SS)。18石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径37mm、厚さ9.8mm)。5気圧防水。予価236万5000円(税込み)。(問)NH WATCH https://naoyahidawatch.com


青焼き

 スティールを加熱すると、表面に酸化皮膜ができる。これが青焼き針の原理である。そもそもは、針を錆びさせないための技術だったが、美観と視認性も満たせるため、多くの懐中時計が採用するようになった。メッキを施した真鍮製の針が普及することで廃れたが、現在は再び高級時計のディテールとしてよみがえった。

ブレゲの青焼き針

青焼き針を採用する時計の代名詞がブレゲである。独特の造形を持つ青く焼いたブレゲ針と、エナメル文字盤の組み合わせは、クラシカルな印象を与える。なお、現在も多くのメーカーが青焼き針を好むのは、文字盤とのコントラストを高められるため。写真のモデルも、針は極端に細いものの、白い文字盤とのコントラストが高い。ブレゲの時計が視認性に優れる理由だ。

 一般的に、針に使われる素材は真鍮かスティールで、その製法はプレスか削り出しに限られる。仕上げはメッキ。もっとも、違う種類の針も存在する。中でも最もポピュラーなのが、スティールの針を熱して酸化皮膜によってブルーを施した通称「青焼き針」だ。

 質と量を両立し続けるのはダントツにブレゲである。製造するのは同じスウォッチ グループに属するユニベルソ。さまざまな種類の針に、均一なブルーを与えられるのは、非凡なノウハウがあればこそだ。数本の針に同じようなブルーを与え得るのは容易だが、それをすべての針で行うのはかなり難しい。ちなみに青焼きの針は、カルティエやグランドセイコー、ノモス グラスヒュッテなども採用するものだ。これらメーカーの針も、やはり質と量を高度に両立させたものである。

 なお、スティール製の青焼きの針は、色が安定しにくく、磁気帯びの可能性もある。ブレゲが磁気帯びに強いシリコン製のヒゲゼンマイを採用した理由である。対していくつかのメーカーはあえて青焼きでない針を採用するようになった。好例がIWCだ。同社は一貫して、スティールではなく真鍮にPVDを施した針を採用する。理由はコストではなく、安定した質と磁気帯び対策だ。かつては明らかに青焼き針と違うニュアンスを持っていたが、近年のものは、写真が示すとおり、青焼き針に遜色ない質感を持つ。

 そして最後が、貴金属製の針である。高級時計には多く採用されるものだが、近年は成形のしやすさを生かして、ユニークな造形も増えてきた。写真のラング&ハイネは、その最も野心的なもののひとつだろう。


PVD

 時計好きからはあまり歓迎されないが、実用性を考えると見直されて然るべきなのが、PVDを含む、青く彩色した針だろう。素材は鉄ではなく、主に真鍮。色を均一に回しやすい上、磁気帯びの心配もない。かつては明らかに青焼きでない、というニュアンスを持っていたが、近年は青焼きに遜色ない仕上がりも見られる。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

あえてPVDの針を使うことで、インデックスとの統一感を与えたのが本作だ。PVD処理のアプライドインデックスと、同じくPVD処理の針を上手くマッチさせている。一般的にクロノグラフの針は、メンテナンスの度に交換するようになった。ロットを問わず安定した色を持つPVD針は、クロノグラフにはうってつけだ。
ポルトギーゼ・クロノグラフ

IWC「ポルトギーゼ・クロノグラフ」
シンメトリーなインダイアルの配置と、エレガントなシルバーダイアルにブルーの針とインデックスが組み合わさった、“ポルトギーゼらしさ”の詰まったモデル。高精度な腕時計のオーダーに応えて大型ムーブメントを搭載した出自を引き継いだサイズ感にも注目。自動巻き(Cal.69355)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SSケース(直径41mm、厚さ13mm)。3気圧防水。107万2500円(税込み)。(問)IWC Tel.0120-05-1868


金無垢

 多くの高級時計が採用するのが、金無垢の針だ。インデックスとセットで採用することで、時計に統一感を与えられるだけでなく、真鍮にメッキをかけた針では得にくい、張った面を持てる。成形しやすいため、立体的な造形を与えやすいというメリットもある。近年増えているのは、昔の懐中時計を思わせる複雑な形状だ。

タワークロック グラスヒュッテ

少量生産の強みを生かして、ユニークな針を採用するラング&ハイネ。ルイ15世針や、カテドラル針などは、現行品ではまず見られないディテールだ。本作も、彫金で太陽と月をあしらった、極めて立体的な針が目を引く。素材は18Kゴールド製。文字盤もエナメルを流し込んだ後、表面を完全に研ぎ上げたシャンルベ仕上げである。
タワークロック グラスヒュッテ

ラング&ハイネ「タワークロック グラスヒュッテ」
ラング&ハイネが修復に携わった、グラスヒュッテのタワークロックにオマージュを捧げた作品。太陽と月をモチーフに、職人の手作業によって彫金された時分針を備え、シャンルベエナメルを用いたブルーダイアルには、“X”の形が特徴的なローマンインデックスが配されている。手巻き(Cal. VI)。19石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約55時間。18KRGケース(直径39.2mm、厚さ10.5mm)。3気圧防水。世界限定5本。価格要問合せ。(問)ドイツ時計 Tel.03-6277-4139


針とダイアルのクリアランス

 時計を見る際に、意外と気になるのが文字盤と針の隙間である。開きすぎていると、針が文字盤から飛び出たような印象を与えてしまう。そこでいわゆる高級時計の多くは、両者のクリアランスを詰めるようになった。かつては薄い時計ならではのディテールだったが、最近はダイバーズウォッチなどにも見られる。

 一般論を言うと、多くの高級時計は、針と文字盤のクリアランスを詰める傾向がある。そもそも時計自体が薄いことが理由のひとつ。また斜めから見た際の視認性も優れているためだ。あえて言うと、優れた職人を抱えていることも理由になるだろう。文字盤とのクリアランスが狭いと、針の取り付けと取り外しはかなり難しい作業になる。割れやすいエナメル文字盤や、最近増えた、凝った仕上げの文字盤ならなおさらだ。

オクト フィニッシモ

薄型の「オクト フィニッシモ」は、当然針高も低い。とりわけ文字盤すれすれの秒針は、本作の薄さを一層強調する。面白いのは、文字盤にラッカー仕上げを選んだこと。塗装を何層も重ねるこの仕上げは厚さのコントロールが難しく、厳密な針高が求められる薄型時計には向かない。あえて選んだのは、厳密に厚みを出せる自信があればこそか。インデックスにも、薄い電鋳製が採用された。

 しかし近年は、実用時計の中にも、クリアランスを詰めるものが増えてきた。好例はチューダーの「ペラゴス」である。このモデルは500mもの防水性能と、ヘリウムエスケープバルブを持つプロフェッショナル向けのダイバーズウォッチ。にもかかわらず、針と文字盤の隙間は極端に狭い。

ペラゴス 39

ラフに使われる時計は針と文字盤の隙間を開けること。その常識を覆すのが「ペラゴス」だ。自社製(=ケニッシ)のムーブメントは、実用機としては珍しく、針高が低めだ。そのためダイバーズウォッチのペラゴスも、針と文字盤のクリアランスをうまく詰めている。針がたわむと文字盤に当たりやすくなるが、剛性を持たせるべく針は太めだ。きちんと配慮しているのがチューダーらしい。
ペラゴス 39

チューダー「ペラゴス 39」
「ペラゴス」だけでなく、200m防水の「ペラゴス 39」も針と文字盤のクリアランスは詰められている。暗所で長時間発光するモノブロックの発光セラミックス製インデックスを採用し、クラスプには簡単に長さを微調整することができる“T-fit”を搭載するなど、随所にアップデートが加えられている。自動巻き(Cal.MT5400)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。Tiケース(直径39mm)。200m防水。65万7800円(税込み)。(問)日本ロレックス/チューダー Tel.0120-929-570

 チューダーは理由を明言しないが、おそらくは、水中での視認性を高めるためだろう。かつては、ラフに扱われる実用時計は、針と文字盤の隙間を開ける方が望ましいとされてきた。しかし、もはやそういった認識は過去のものになりつつある、と言えそうだ。

ロイヤル オーク エクストラシン、クラシック・フュージョン オリジナル

作り慣れているだけあって、写真の2社も針と文字盤のクリアランスが絶妙だ。右は傑作中の傑作である「ロイヤル オーク エクストラシン」。本誌でも再三、隙間を詰めたモデルの例として取り上げてきた。立体的なインデックスにぶつからないよう、針の高さが上手くコントロールされている。また、デイトリングは文字盤ギリギリの位置にある。このクリアランスの狭さは、超高級機ならではだ。左は「クラシック・フュージョン オリジナル」。針高はよく抑えているが、他のモデルのようにギリギリではない。実用性を考慮したというよりも、太い針を目立たせるためか。写真が示す通り、分針の位置は、見返しのちょうど半分の位置にある。

 汎用ムーブメントを使いながら、針高を抑えた例もある。この分野での優等生は一貫してウブロだ。「クラシック・フュージョン オリジナル」は、文字盤の位置を上げることで、汎用ムーブメントにありがちな高い針高を詰めることに成功した。その証拠に、日付表示ディスクの位置は、やや奥まったところにある。

 ただし、針高が詰まっているほど良いというわけではない。重要なのは、その時計にとって適切なクリアランスが持てているか、なのである。

ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン

オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン」
スポーティーでありながらエレガント、そしてラグジュアリーという相反しそうな要素を非常に高いレベルで融合させ、現在の時計デザインに最も大きな影響を与えたアイコンのひとつ。8.1mmの薄さも、エレガントさを兼ね備えるためのポイントだ。自動巻き(Cal.2121)。36石。1万9800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径39mm、厚さ8.1mm)。5気圧防水。参考商品。(問)オーデマ ピゲ ジャパン Tel.03-6830-0000
クラシック・フュージョン オリジナル

ウブロ「クラシック・フュージョン オリジナル」
ゴールドケースにラバーストラップを組み合わせ、以降の時計デザインに大きな影響を与えた「クラシック・オリジナル」の復刻モデル。ブランドコンセプト「アート・オブ・フュージョン」の中核となったモデルであり、復活の意義は非常に大きい。自動巻き(Cal.HUB1110)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KYGケース(直径42mm、厚さ10mm)。50m防水。309万1000円(税込み)。(問)LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン ウブロ Tel.03-5635-7055


最新技術と手仕事で「現代のヴィンテージウォッチ」を生み出すNHウォッチ創業者・飛田直哉

https://www.webchronos.net/features/105723/
IWC「ポルトギーゼ・クロノグラフ・ ヨットクラブ」は、デザインコードを損ねずにスポーティーに昇華

https://www.webchronos.net/features/106148/
【83点】チューダー/ペラゴス 39

https://www.webchronos.net/specification/100208/