SNSや本誌を含む時計関連の媒体を見ると 常に新しく、魅力的なモデルが掲載されている。しかし、時計のニュースが増える一方で、なぜその時計が良いのか、という情報は相変わらず乏しい。では、何が理由で、その時計を良く感じたのか?今回は、本誌でも人気を集める「時計の見方ABC」をもう少し広げ、よりディープに時計を見られるトピックとともにお届けしたい。
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Photographs by Eiichi Okuyama
野島翼、佐藤しんいち、広田雅将(本誌):取材・文
Text by Tsubasa Nojima, Shin-ichi Sato, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]
時計の針は、何を見るべきか?
時計を見る上で重要なのが針である。多くの消費者が、新品同様の見た目を求めるようになった結果、メーカーはメンテナンスの度に針を替えるようになった。以前ほどコストのかかった凝った針が見られなくなった一因である。また、優れたサプライヤーが囲い込まれたことも、理由のひとつである。もっとも、時計ブームにより、再び良質な針を持ったモデルも増えてきた。では針は、何を見るべきなのか?
ダイヤモンドカット
1960年代に普及したのが、プレスした針の表面をダイヤモンドカッターで均したダイヤモンドカット針である。針を平たく成形できるため、時計をモダンに見せられる。また完全な鏡面を与えられるため、小さな面積でも高い視認性を得られる。今や多くのメーカーが採用する、高級時計針の「標準装備」だ。
時計に使われる針は、基本的に2種類しかない。プレスで打ち抜くか、削り出しか、である。もっとも、プレスで打ち抜いたものも表面を切削することで、削り出しに遜色ない仕上がりを得られる。好例がダイヤモンドカット仕上げだ。プレスで打ち抜かれた部材の表面をダイヤモンドカッターで削り、平面を与えていく。1930年代から存在していた手法だが、60年代以降、時計業界に普及した。表面に歪みのない鏡面を与えられるため、細い針でも高い視認性を得られるというメリットがある。この製法を進化させたのがグランドセイコーだ。多くのメーカーが、せいぜい2面のダイヤモンドカットしか与えないのに対して、複数の面に施すようになった。ただし、面の数が増えるほど加工は難しくなる。模倣できるメーカーが少ない理由だ。
一方の削り出しは、平滑さよりも立体感を強調したものだ。ワイヤー放電加工機で抜いたブランクを、手作業で成形するのがモリッツ・グロスマン。一方のNAOYA HIDA&Co. は、微細加工機で針を加工している。こちらもやはり仕上げは完全な手作業だ。
ところで、プレスの技術が上がった結果、削り出しに近い造形の針も増えてきた。一例は、IWC「ポルトギーゼ」シリーズの針である。
針の質を見る際に重要なのは、立体的かどうかよりも、側面の仕上げである。安価な時計はさておき、高価格帯の針は、少なくともバリがなく、側面の切削痕が目立たないことが望ましい。また、何度も再利用に耐えうる針は、固定する「袴」が頑強に出来ている。ここに挙げた時計は、いずれも最上級の針を持つものだ。
削り出し
昔ながらの手法が、ブランクを削り出した針である。極めて立体的な造形を与えられるため、クラシカルな時計との相性が良い。もっとも、コストが極めて高いため、採用はごく一部のメーカーに限られる。プレスでも近い仕上げを与えられるが、硬いスティールを立体的に成形するのは、今なお削り出しに頼るほかない。写真のふたつは、その最高峰である。
ヴィンテージウォッチに範を取ったクラシカルなデザインを、モダンなサイズと最新の技術で再現。洋銀製ダイアルには、職人の手彫りによるブレゲ数字インデックスと立体的なリーフ針、別体のサブダイアルを組み合わせている。ムーブメントには退却式コハゼが搭載されており、しっかりとした巻き味を楽しめる。写真は2022年製造分のもの。手巻き(Cal.3019SS)。18石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径37mm、厚さ9.8mm)。5気圧防水。予価236万5000円(税込み)。(問)NH WATCH https://naoyahidawatch.com
青焼き
スティールを加熱すると、表面に酸化皮膜ができる。これが青焼き針の原理である。そもそもは、針を錆びさせないための技術だったが、美観と視認性も満たせるため、多くの懐中時計が採用するようになった。メッキを施した真鍮製の針が普及することで廃れたが、現在は再び高級時計のディテールとしてよみがえった。
一般的に、針に使われる素材は真鍮かスティールで、その製法はプレスか削り出しに限られる。仕上げはメッキ。もっとも、違う種類の針も存在する。中でも最もポピュラーなのが、スティールの針を熱して酸化皮膜によってブルーを施した通称「青焼き針」だ。
質と量を両立し続けるのはダントツにブレゲである。製造するのは同じスウォッチ グループに属するユニベルソ。さまざまな種類の針に、均一なブルーを与えられるのは、非凡なノウハウがあればこそだ。数本の針に同じようなブルーを与え得るのは容易だが、それをすべての針で行うのはかなり難しい。ちなみに青焼きの針は、カルティエやグランドセイコー、ノモス グラスヒュッテなども採用するものだ。これらメーカーの針も、やはり質と量を高度に両立させたものである。
なお、スティール製の青焼きの針は、色が安定しにくく、磁気帯びの可能性もある。ブレゲが磁気帯びに強いシリコン製のヒゲゼンマイを採用した理由である。対していくつかのメーカーはあえて青焼きでない針を採用するようになった。好例がIWCだ。同社は一貫して、スティールではなく真鍮にPVDを施した針を採用する。理由はコストではなく、安定した質と磁気帯び対策だ。かつては明らかに青焼き針と違うニュアンスを持っていたが、近年のものは、写真が示すとおり、青焼き針に遜色ない質感を持つ。
そして最後が、貴金属製の針である。高級時計には多く採用されるものだが、近年は成形のしやすさを生かして、ユニークな造形も増えてきた。写真のラング&ハイネは、その最も野心的なもののひとつだろう。
PVD
時計好きからはあまり歓迎されないが、実用性を考えると見直されて然るべきなのが、PVDを含む、青く彩色した針だろう。素材は鉄ではなく、主に真鍮。色を均一に回しやすい上、磁気帯びの心配もない。かつては明らかに青焼きでない、というニュアンスを持っていたが、近年は青焼きに遜色ない仕上がりも見られる。
シンメトリーなインダイアルの配置と、エレガントなシルバーダイアルにブルーの針とインデックスが組み合わさった、“ポルトギーゼらしさ”の詰まったモデル。高精度な腕時計のオーダーに応えて大型ムーブメントを搭載した出自を引き継いだサイズ感にも注目。自動巻き(Cal.69355)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SSケース(直径41mm、厚さ13mm)。3気圧防水。107万2500円(税込み)。(問)IWC Tel.0120-05-1868
金無垢
多くの高級時計が採用するのが、金無垢の針だ。インデックスとセットで採用することで、時計に統一感を与えられるだけでなく、真鍮にメッキをかけた針では得にくい、張った面を持てる。成形しやすいため、立体的な造形を与えやすいというメリットもある。近年増えているのは、昔の懐中時計を思わせる複雑な形状だ。
ラング&ハイネが修復に携わった、グラスヒュッテのタワークロックにオマージュを捧げた作品。太陽と月をモチーフに、職人の手作業によって彫金された時分針を備え、シャンルベエナメルを用いたブルーダイアルには、“X”の形が特徴的なローマンインデックスが配されている。手巻き(Cal. VI)。19石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約55時間。18KRGケース(直径39.2mm、厚さ10.5mm)。3気圧防水。世界限定5本。価格要問合せ。(問)ドイツ時計 Tel.03-6277-4139
針とダイアルのクリアランス
時計を見る際に、意外と気になるのが文字盤と針の隙間である。開きすぎていると、針が文字盤から飛び出たような印象を与えてしまう。そこでいわゆる高級時計の多くは、両者のクリアランスを詰めるようになった。かつては薄い時計ならではのディテールだったが、最近はダイバーズウォッチなどにも見られる。
一般論を言うと、多くの高級時計は、針と文字盤のクリアランスを詰める傾向がある。そもそも時計自体が薄いことが理由のひとつ。また斜めから見た際の視認性も優れているためだ。あえて言うと、優れた職人を抱えていることも理由になるだろう。文字盤とのクリアランスが狭いと、針の取り付けと取り外しはかなり難しい作業になる。割れやすいエナメル文字盤や、最近増えた、凝った仕上げの文字盤ならなおさらだ。
しかし近年は、実用時計の中にも、クリアランスを詰めるものが増えてきた。好例はチューダーの「ペラゴス」である。このモデルは500mもの防水性能と、ヘリウムエスケープバルブを持つプロフェッショナル向けのダイバーズウォッチ。にもかかわらず、針と文字盤の隙間は極端に狭い。
「ペラゴス」だけでなく、200m防水の「ペラゴス 39」も針と文字盤のクリアランスは詰められている。暗所で長時間発光するモノブロックの発光セラミックス製インデックスを採用し、クラスプには簡単に長さを微調整することができる“T-fit”を搭載するなど、随所にアップデートが加えられている。自動巻き(Cal.MT5400)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。Tiケース(直径39mm)。200m防水。65万7800円(税込み)。(問)日本ロレックス/チューダー Tel.0120-929-570
チューダーは理由を明言しないが、おそらくは、水中での視認性を高めるためだろう。かつては、ラフに扱われる実用時計は、針と文字盤の隙間を開ける方が望ましいとされてきた。しかし、もはやそういった認識は過去のものになりつつある、と言えそうだ。
汎用ムーブメントを使いながら、針高を抑えた例もある。この分野での優等生は一貫してウブロだ。「クラシック・フュージョン オリジナル」は、文字盤の位置を上げることで、汎用ムーブメントにありがちな高い針高を詰めることに成功した。その証拠に、日付表示ディスクの位置は、やや奥まったところにある。
ただし、針高が詰まっているほど良いというわけではない。重要なのは、その時計にとって適切なクリアランスが持てているか、なのである。
スポーティーでありながらエレガント、そしてラグジュアリーという相反しそうな要素を非常に高いレベルで融合させ、現在の時計デザインに最も大きな影響を与えたアイコンのひとつ。8.1mmの薄さも、エレガントさを兼ね備えるためのポイントだ。自動巻き(Cal.2121)。36石。1万9800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径39mm、厚さ8.1mm)。5気圧防水。参考商品。(問)オーデマ ピゲ ジャパン Tel.03-6830-0000
ゴールドケースにラバーストラップを組み合わせ、以降の時計デザインに大きな影響を与えた「クラシック・オリジナル」の復刻モデル。ブランドコンセプト「アート・オブ・フュージョン」の中核となったモデルであり、復活の意義は非常に大きい。自動巻き(Cal.HUB1110)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KYGケース(直径42mm、厚さ10mm)。50m防水。309万1000円(税込み)。(問)LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン ウブロ Tel.03-5635-7055
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