時刻が分かれば、腕時計は何でも構わない。そう考える人は今も少なくない。ましてや今の生活環境においては時計自体が以前ほど必要不可欠なものではなくなった。医師のF.K.さんも10年ほど前まではそうだったという。ところが、Fさんの考えを変えたのはスイスの本格的な機械式時計との出合い。ジャガー・ルクルトをはじめとする逸品の数々がコレクションを鮮やかに彩るまでになった。
今年56歳の開業医F.K.さんは、時計趣味に染まってから本誌を定期購読して隅々まで記事を熟読し、知識を蓄え、また百貨店の売り場や催事にも足を運び、時計を見る目を養ったという。10年あまりで購入した時計は数知れず。今やスイスの著名ブランドの粒よりのモデルがコレクションボックスを埋め尽くす。
Photographs by Yu Mitamura
菅原茂:取材・文
Text by Shigeru Sugawara
[クロノス日本版 2021年3月号掲載記事]
「時計に興味のなかった私を愛好家に開眼させたのはマニュファクチュールの逸品」
F.K.さんは15年前から開業する医師だ。医師というと、ほとんどの時間を白衣で過ごす姿が思い浮かぶ。医療現場では時計を着けない人が多いとは、筆者の知人からも聞く話だ。ビジネスマンに比べると、時計を着けるのは病院と自宅との往復や休日の外出のような場面に限られるため、時刻が分かれば十分、何も気にせず使える時計で良しとする人も少なくなさそうだ。逆にだからこそ、時計に想い入れを持ち、気に入った「いい時計」を着けたいと考える人もいるだろう。前者から後者に変わったのがFさんだ。
「もともと時計に興味はなかったのです」と語り始めながら、Fさんがまず見せてくれたのは、時計愛好家としての最初の1本となるハミルトンの「ジャズマスター トラベラー GMT オート」である。10年以上も前に手に入れたものだが、取材の際に同席された夫人によれば「時計は袖に隠れて見えなくてもお洒落の表現」とのこと。それがFさんの背を押した。夫人もその時、同じくハミルトンの「アメリカン クラシック レディ」を購入。以来、一緒に時計を見に行くことがほとんどで、ご主人の時計趣味にも理解を示されているという。
「以前の私は、時計は高価なものというイメージで、縁遠く感じていましたが、興味を持つようになってからは、高くてもいいものはいいと理解するようになりました」
Fさんの指南役のひとつに本誌の記事がある。毎号熟読するというから、うれしくもあり、恐れ入る。
「ブランドへのこだわりはまず、マニュファクチュールですね。自社で作る素晴らしさに感動します。それから見た目の綺麗なことや機械的な美にも引かれます。タイプとしては時計らしい時計のスタイルを崩さないクラシカルなものが好きですね」
そんなFさんのお眼鏡にかなったマニュファクチュールがジャガー・ルクルトだ。コレクションの中でも本数的に一番多い。
「仕事柄ステンレススティールなら普段使いに良さそうだと思って購入したのが、マスターコンプレッサーGMTでした。最初のころは、ケース素材はステンレススティールで、例えば他にはヴァシュロン・コンスタンタンのオーヴァーシーズやロレックスのミルガウスも着けていましたね」
他にもスポーティーな時計に関しては、パネライやIWC、ブレゲ、ウブロ、タグ・ホイヤー、ブライトリングなどを次々に手に入れてきた。ジャガー・ルクルトについては、この「マスターコンプレッサーGMT」を含む8モデルを所有し、シンプルなものからコンプリケーションまで幅広い。
「マスター・ウルトラスリム1907は、超薄型でクラシカルなデザインが絶妙で好きなのですが、逆に薄すぎて少々物足りなく感じる時もありますね(笑)」
「マスター」シリーズの複雑時計としては「マスター・ウルトラスリム・パーペチュアル」や「マスター・ウルトラスリム・トゥールビヨン・ムーン」を購入。
「トゥールビヨンも1本は欲しいと思っていたので、先日その最新作を買いました。このトゥールビヨンもそうですが、ジャガー・ルクルトは、高度な複雑時計でもべらぼうに高価というわけではない。技術を凝らしているのに比較的近づきやすい良心的な価格なのも魅力と言えますね」
Fさんの複雑時計コレクションにはまた、ジャガー・ルクルトらしいマニュファクチュールの革新性が凝縮された「デュオメトル・カンティエーム・ルネール」も含まれ、今はこれが一番のお気に入りだという。
さらに、デッドビートセコンドを搭載する異色の現代モデル「ジオフィジック・トゥルーセコンド」やブランドを代表する珠玉のクラシックと呼べる「レベルソ・トリビュート・デュオ」も加わる。「レベルソ」に関しては、夫人も女性用の「レベルソ・ワン・コルドネ」や「レベルソ・デュエット・クラシック」をお持ちなので、夫婦でペアということのようだ。
ペアといえば、夫人はすでにパテック フィリップのダイヤモンドで装飾された優美な「カラトラバ」を所有されているので、Fさんもペアを成すようなパテック フィリップの購入予定はないのだろうか?
「パテック フィリップはやはり、時計好きにとっては『上がり』なので、まだ先に取っておきたい感じですね。これから欲しい時計ですか、そうですね、ランゲのオデュッセウスでしょうか。それもラバーストラップが付属するタイプの」
おや、また仕事柄使いやすいスポーティーなタイプに回帰なのだろうか。それもありのようだ。しかし10年以上をかけて高級時計の選択眼を磨いてきたのだから、この時計についても見栄えだけで直観的に選ぶわけではなく、ブランドの哲学や製品の価値を正しく評価したうえでのことだ。
時計愛好家としてすでに充実したコレクションを成しているが、この中でお子さんに残すとすればどの時計かと尋ねると、「全部です!」ときっぱり答えるFさん。「息子はいずれ全部自分のものになると考えていて、まあ、今から楽しみにしているようですね」と明るく笑う。おそらく時計好きの両親を普段から目にしているから、それらが当然のように自分に譲られるものと思っているに違いない。
最後に「実はこんな時計も使っていましてね」と差し出したのは、セイコーやカシオのクォーツウォッチ。正確で防水性も高く、タフなのが良いという。う〜ん、確かに医療現場でも実用的だ。
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