時計愛好家の生活 Y.K.さん「エンデバー・パーペチュアルムーンは、表にも裏にも見るべき点が多いですね」

2024.04.06

一般的に、時計のメカニズムに魅せられるのは男性の愛好家が多い。ところが、今回ご登場いただくY.K.さんは愛好家仲間も舌を巻くほどの、屈指の女性時計愛好家である。「音を聴けば振動数が分かる」という特技を持っており、ムーブメントへの造詣の深さでは群を抜く。そんなYさんの暮らしや趣味に、時計は密接に結び付いている。コロナ禍で趣味のダイビングができないことを逆手に取って、あえてダイバーズウォッチを入手したというYさんは日々、時計の新たな楽しみ方を探求している。

Y.K.さん
大手企業勤務。趣味は、結婚式で訪れたニューカレドニアで始めたダイビングで、年に3回は国内外のダイビングスポットに出掛けるほどの熱心なダイバーである。「時計のムーンフェイズは月齢をきっちり合わせます。月の満ち欠けが分かれば、今ごろ海でサンゴが産卵しているな、と想像できますからね」。
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
山内貴範:取材・文
Text by Takanori Yamauchi
[クロノス日本版 2021年3月号掲載記事]


「コロナ禍が収束したら、海外へダイビングに行って、海の中にダイバーズウォッチを沈めてみたいです」

エンデバー・パーペチュアルムーン

Y.K.さんが時計の奥深さを学んだというH.モーザー「エンデバー・パーペチュアルムーン」は同社CEOの父、ジョージ・ヘンリー・メイラン氏との会食を経て手にした思い出深い逸品。「1027年に1日の誤差という超高精度のムーンフェイズやフュメダイアル、チラネジや優雅な巻き上げヒゲなど、表にも裏にも見るべき点が多いですね」。

「女性らしい、ダイヤモンドがちりばめられた宝飾系の時計はひとつもありませんよ(笑)」と話す女性時計愛好家Y.K.さんのコレクションには、ムーンフェイズから年次カレンダーまで、機械式時計がずらりと並ぶ。

「ゼンマイの力で歯車が動いている様子を見ているだけで、うっとりするんですよ。私、ムーブメントの音を聴くだけで、振動数が分かる特技があるんです」

 Yさんは機械式時計の、しかも筋金入りのムーブメント愛好家である。コレクションはH.モーザーを筆頭に、パテック フィリップ、A.ランゲ&ゾーネ、ブランパンなど、ブランドもモデルも多彩だ。その理由を尋ねると、「同じムーブメントを載せた時計を極力買わないようにしているのです。なので、必然的にブランドがばらばらになってしまうんですよね」と笑う。

 腕からはみ出そうなサイズの時計も多いですね、という質問にも「ムーブメントを鑑賞するなら、大きい時計の方が魅力的ですからね」と即答する。Yさんは仕上げを愛でるだけに留まらず、機械式時計を生活の中に巧みに取り入れている。「在宅勤務のときも、机の上のウォッチスタンドに時計を置いているんです。すると、耳を澄ませばアンクルのチチチチチ……という音が心地よく聞こえてきて、集中力が上がるんですよ」。

ノーチラス、カラトラバ・ウィークリー・カレンダー

パテック フィリップの時計を通して、Yさんはムーブメントだけではない時計の魅力を知ったという。ブレスレットの肌馴染みが良い「ノーチラス」と、週表示の数字のフォントがユニークな「カラトラバ・ウィークリー・カレンダー」は、ともにカレンダーがインデックスと同化している点もお気に入り。「カラトラバ・ウィークリー・カレンダーは数字のフォントがかわいい。特に『7』のフォントが好きで、7が付く日はこれを着けます」と語る。

 Yさんは大学で材料工学を専攻。金属の素材などにも一家言を持つが、もともと時計に関心があったわけではない。社会人になってからも、身に着けるのはクォーツのファッションウォッチだったそうだ。2000年に結婚し、夫の希望で婚約指輪のお返しとしてブライトリングのモンブリランを贈ったときも、「機械式時計は時間が遅れるのに高価。どうして男性はこんなものが欲しいんだろう(笑)」と感じたそうだ。

 結婚してからも、しばらくは時計と無縁の生活を過ごしていたYさんだが、百貨店で時計売り場をのぞいたり、テレビで時計の特集番組などに触れたりするうちに、じわじわと時計が気になり始めたという。Yさんの初めての機械式時計は、08年に手にしたゼニスのクロノマスター エル・プリメロ オープンであった。

「さまざまなブランドの時計を検討しましたが、エル・プリメロの毎秒10振動のテンプの動きが見えるムーブメントが面白いと思ったのです。一般的には女性が選ぶ高級時計といえば、ロレックスのデイトジャストやカルティエのタンク フランセーズですよね。それらの時計も候補にあったのですが、ムーブメントが見えない点が残念で、選択肢から外れました」

 初の機械式でシースルーバック、しかも毎秒10振動の時計を選んだことが、その後の時計愛好家としての方向性を決定付けたと言える。かくして、ムーブメントに魅せられたYさんは、ブランパンのヴィルレ コンプリートカレンダー、ブレゲのクラシック 7787と、次々にコレクションを増やしていく。いずれもシースルーバックのモデルばかりだ。なかでも、「時計愛好家人生の始まりになった」と語るのが、15年に手にしたH.モーザーのエンデバー・パーペチュアルムーンである。

1815 アニュアルカレンダー、クラシック 7787

A.ランゲ&ゾーネの「1815 アニュアルカレンダー」(左)。ジャン・ルソーのストラップは当時のブティックでの購入者特典としてオーダーできたもので、裏地の素材はサメの革を選択。ブレゲの「クラシック 7787」(右)は伝統的なデザインながら、シリコン製ヒゲゼンマイを採用する先進性に引かれたというのが、いかにもYさんらしい。「文字盤のエナメルがきれいで、お月様の顔がヘンテコなところもユニークですね」。

「テンワのチラネジと吸い込まれそうなブルーの文字盤を見て、欲しいと思いましたが、なにぶんプラチナ製で高価ですからね。1年ほど踏み切れずにいました。そんなとき、H.モーザーCEOのエドゥアルド・メイランさんが日本に来る機会があり、食事会に招待していただいたのです」

 その食事会には、エドゥアルド・メイラン氏の父、ジョージ・ヘンリー・メイラン氏も同席。そこで、Yさんは驚きの光景を目にする。ジョージ・ヘンリー・メイラン氏が、Yさん一目惚れのエンデバー・パーペチュアルムーンを巻いていたのだ。

「メイランさんは気さくな方で、エンデバー・パーペチュアルムーンを触らせてくださいましたし、私のクラシック 7787を褒めてくださり、和気藹々と歓談したんですよ。そうそう、ダイビングが好きという趣味も一緒で、話が弾みました。この会食を機に、H.モーザーというブランドが身近に感じられて、購入する決断ができました」

ジャン・ルソーで製作したストラップと1815 アニュアルカレンダー

Yさんがこれまでにジャン・ルソーで製作してきたストラップは、裏地を青緑色で統一している。Yさんがダイビングで訪れる西表島や海外の海の青さをストラップに投影しているという。1815 アニュアルカレンダーを裏返し、優美なムーブメントとブルーグリーンのストラップを同時に鑑賞するのは至福のひと時である。

 ちなみに、Yさんは新たに時計を迎える前には時計店のスタッフから意見を聞き、何度も実物を見ながら吟味する。次に買い求めたA.ランゲ&ゾーネの1815 アニュアルカレンダーも、銀座・並木通りのブティックに何度も足を運んだ末に手にした思い出深い1本だ。

「私はお店のスタッフと話をするのが大好き。ムーブメントについて突っ込んだ質問をする女性は珍しいのか、スタッフも積極的に教えてくれるんですよ。ランゲとの出合いは、時計売り場をうろうろしていたときにスタッフが声をかけてくれたのが始まり。ランゲ1のムーブメントを見た瞬間にぞっこんでしたが、アウトサイズデイトが好みではなく、数カ月迷ったんです。すると、狙ったようなタイミングで1815 アニュアルカレンダーが発表されました。ムーブメントも機構も見事で、即決でしたね」

 もっと趣味の楽しみを分かち合いたいと考えたYさんは、1815 アニュアルカレンダーを手にした直後から、インスタグラムに手持ちの時計を掲載し始めた。それまでは身近に時計を語り合える人が少なかったというYさんは、オフ会に参加して愛好家同士のつながりを深めていく。交流を通して、新しい視点を得ることも多いそうだ。パテック フィリップのノーチラスも、そんな経緯で手にした1本である。

「オフ会で知り合った方がノーチラスを買う機会に同行したのですが、1カ月後に私も勢いでオーダーしてしまったんです。今まで革ベルトの時計しか所有していなかったので、ブレスレットの巻き心地の素晴らしさを実感しました。これを機に、ムーブメント以外の魅力にも目覚めたんですよ」

フィフティ ファゾムス、サブマリーナー

コロナ禍の下で買い求めたブランパンの「フィフティ ファゾムス」とロレックスの「サブマリーナー」には、Yさんのダイビングへの熱い想いが込められる。「フィフティ ファゾムスは文字盤がマザー・オブ・パール。ダイビングスポットのランギロアで養殖されているような黒真珠だとなお良かったのですが(笑)。ロレックスはこれが1本目。ムーブメントが見えないので避けていたブランドですが、その完成度の高さには脱帽です」。

 さて、昨年、Yさんのコレクションに新たに加わったのが、ブランパンのフィフティ ファゾムスとロレックスのサブマリーナーだ。前述の通り、Yさんの趣味はダイビングであり、この2本はダイバーズウォッチの原点にして傑作と言えるモデルである。ダイビングも時計も好むYさんがダイバーズウォッチを手にしたのは、なんとこれが初めてというから驚きだ。

「海の中ではダイビングコンピューターを着けているので、決して実用的ではないダイバーズウォッチには食指が動かなかったのです。ところが、コロナ禍の自粛期間が長引き、ダイビングに行けなくなってしまいました。せめてダイビングをしている気分に浸ろうと思い立って買い求めたのが、この2本なのです。時計を見ているだけで、身に着けて海に潜る姿を想像できますから、気分が高まるんですよ」

 次々と時計の新たな楽しみ方に開眼しつつあるYさん。加えて、Yさんは新しい水中カメラも購入。コロナ禍が収束し、海外に出掛けられる日に向けて、準備は万全だ。ダイビングスポットで最初にやってみたいことをうかがうと、笑顔でこう語る。

「早速、海の中にこの2本を沈めてみたいなと思います。でも、ダイバーズウォッチを海で実際に使うのは傷や衝撃も心配ですし……。う〜ん、やっぱり、もう少し使い込んで、オーバーホールの直前くらいにしようかな(笑)」


【インタビュー】H.モーザー CEO「エドゥアルド・メイラン」

https://www.webchronos.net/features/60091/
アイコニックピースの肖像 ブランパン/フィフティ ファゾムス

https://www.webchronos.net/iconic/24714/
時計愛好家の生活 F.H.さん「腕時計の魅力にとらわれ、底なし沼から抜け出せなくなってしまったわけです」

https://www.webchronos.net/features/110315/