時計修理の現場から見る「良い時計」とは? 良質時計鑑定術

2024.04.14

良質時計鑑定術として、これまで「ダイアル」「インデックス」「針」「素材」「ブレスレット・バックル」の観点から、“良い時計の見分け方”を紹介してきた。今回は、「良い時計とは?」という問いを、時計修理の現場からひもといていきたい。

“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<ダイアル編>

https://www.webchronos.net/features/110623/
“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<インデックス編>

https://www.webchronos.net/features/110788/
“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<針編>

https://www.webchronos.net/features/110865/
“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<素材編>

https://www.webchronos.net/features/111231/
“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<ブレスレット・バックル編>

https://www.webchronos.net/features/111459/
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
土井康希(本誌):取材・文
Text by Koki Doi (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]


修理の観点で選ぶ「良い時計」の条件

「良い時計とは?」という問いに対して、時計のメンテナンスや修理をこなす熟練の技術者から、興味深い回答を得ることができた。時計を「着ける・使う」だけではなく、分解しながら不具合を発見して修理し、正常な状態に戻すことができる時計師。彼らの立場から見ると、良い時計とは、単にパーツの出来が良く、高品質であればいいというわけではないようだ。

ムーブメントの組み立ての様子

「ネクストステージ」は時計の修理やメンテナンスを専門に行う会社で、大手の輸入時計商社とも提携しながらさまざまな業務を担う。時計修理技能検定1級やWOSTEPの資格を保有する技術者が多く在籍し、確かなノウハウを有する。ムーブメントのオーバーホールだけでなく、ケースやブレスレットなど外装の仕上げ等も実施。設立は2008年と比較的最近だが、日本時計輸入協会のサポートメンバーとして、舶来品の入荷検品を行うのも彼らの業務である。ムーブメントの組み立てから調整までは、ひとりの技術者が実施する。

 では具体的にどのような要素によって「良い時計」だと判断されるのか。前提として、すべての部分に共通するのは、長期にわたり正常な状態を保つと同時に、分解と組み立てが行いやすいものを理想とし、今回のテーマである外装部品を細分化しながら紹介する。

ブレスレットの研磨

オーバーホールだけでなく、外装の仕上げまで一貫して行う。

 まずケースだが、どのようなデザインや素材であれ、美しさを保つ条件はその構造にある。構成する部品が多いほど防水性を保ちにくくなり、錆の原因につながるため、少ない部品で気密性を保つものが好ましい。近年増えているカーボンやセラミックスなど金属以外のケースは質を上げ、洗浄時に割れたりカーボンが白濁することは少なくなったという。

 続いてダイアルは、やはり長期の使用でも劣化しないものが好ましい。表面にメッキだけでなく、ラッカー塗装を重ねたものは耐久性が高い傾向にあるそうだ。ムーブメントと固定する干支足は太いに越したことはなく、これはインデックスにも言えることで、接着ではなく植字であれば耐衝撃性も期待できる。針は分解時に抜き差しするパーツであり、それを繰り返すうちにカシメが緩まないことが望ましい。やはり実際にパーツを扱うからこその着眼点だ。

クラブスポーツ ネオマティック ペトロール

ノモス グラスヒュッテ「クラブスポーツ ネオマティック ペトロール」
ここで「良い時計」の例をひとつ挙げるなら本作だろう。シンプルな外観で実用性を重視しており、10mmを切るケース厚でありながら高い防水性を確保している。ブレスレットは剛性感のある作りで、このような薄型ケースとの組み合わせも珍しい。サンバースト仕上げのグリーンダイアルが目を引く1本だ。自動巻き(Cal.DUW3001)。27石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約43時間。SSケース(直径37mm、厚さ8.4mm)。20気圧防水。

ケース

 ケースは内蔵するダイアルやムーブメントを保護し、気密性を保つことが求められる。天敵は水分であり、特に金属であれば錆を防ぐことが重要。ケース本体が錆びにくいチタン等であっても、ベゼルや裏蓋を留めるネジが錆びやすい素材である場合も多い。素材の特性を知ったうえで、油分や垢などの汚れを取り除くことも心掛けたい。

リュウズパイプ

高耐久をうたう“実用時計”に見られるのが、太いリュウズパイプだ。そのメリットは、ケース内部の高い気密性を確保しやすく、リュウズに衝撃が加わった際にリュウズパイプおよび巻き真を折れにくくできること。なお設計上ケース厚を確保する必要がある。

ケース内部

多くの時計でケーシングの際「中枠」を挟むが、衝撃が原因でケース内部において空転し、その振動によりムーブメントが故障する場合もある。写真の時計はリュウズパイプがわずかに内側に飛び出しており、専用の中枠の切り欠きと合致するというもの。ブランドの設計思想が反映された一例だ。

ブレスレット

 価格帯を問わず古くから採用されているブレスレットの種類は実にさまざま。使用される素材、コマ同士の接続方法が使い勝手や耐久性に大きく影響してくる。特に最近はラグジュアリースポーツウォッチの人気が広がっている影響で、ブレスレットそのものに視線が向けられることが多くなり、多くのブランドが品質向上に精を出している。

ケースとブレスレット

ケース同様、外気および肌に直接触れるブレスレットは、当然ながら錆には要注意だ。介在物が混じっている産業用の安価なスレンレススティールは錆びやすいが、近年では安価であっても錆びにくくなってきた。

ブレスレットとコマ

コマの接続方法は大きく分けて2種類あり、ネジ留め式(写真左)とピン式(写真右)が挙げられる。前者はミドルレンジ以上の時計に多く、適切な取り付けがされていれば使用上緩むことは少ない。また後者は安価な時計に多く見られ、構造がシンプルなためコストは低いが、長期間の使用によりピンが入るリングが緩み、コマが外れる危険性がある。

ダイアル

 時計のダイアルに求められるのは、美しいことと同時に、外光にさらされながらも、その状態を長く保つことである。ダイアルの仕上げこそ千差万別であるが、多くのものは化学反応を利用したメッキもしくは塗料を吹き付ける塗装によって色が付けられる。天然の素材を使ったMOPや漆のものは衝撃によって割れやすく、使用上注意が必要だ。

劣化したダイアル

写真は、間違った使用等の外的要因によって劣化してしまったダイアルの例で、左は新品だ。右はリュウズからケース内部に浸入した水分によってメッキが剥がれ、3時位置を中心に緑っぽく変色したもの。これから分かるように、重要なのは過度な外的要因を与えず、時計のスペックに準じて着用することだ。なお、変色してしまったダイアルは、正規のサービスセンターにて交換を依頼するのが正解だ。



Contact info: ネクストステージ http://next-stage.co.jp/


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