航空工学にインスピレーションを受けたモデルが2009年発表のリシャール・ミル「RM 021 トゥールビヨン エアロダイン」である。明らかにラグジュアリーを意識した本作は、21年の「RM 21-01 トゥールビヨン エアロダイン」と最新作の「RM 21-02 トゥールビヨン エアロダイン」でより輪郭を明確にした。詰まったディテールが示すのは、リシャール・ミルの時計作りに対する姿勢だ。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]
ディテールを超えればこその非凡な統一感
リシャール・ミルのコレクションで、軽さを打ち出したのが「RM 027 トゥールビヨン ラファエル・ナダル」である。2010年に発表されたこのモデルは、軽さに特化したいわばレーシングカーのようなモデルだった。一方、その前年にお披露目された「RM 021 トゥールビヨン エアロダイン」には、GTカーのような性格が与えられた。
その最新モデルである本作も〝ナダルモデル〞に同じく軽さを目指したモデルだ。しかし、いち早くラグジュアリーを指向したところに、エアロダインの個性があった。素材への特化は影を潜め、地板の素材には航空機で使われるハニカム構造のヘインズ®214®合金(ニッケル、クロミウム、アルミニウム、鉄の合金)が選ばれた。また、ベゼルにはホワイトクオーツTPT®とカーボンTPT®が採用された。想像以上に明快なキャラクターを持つリシャール・ミルの各モデル。航空工学のディテールをふんだんに盛り込んだエアロダインとは、リシャール・ミルの「質」を体現するコレクションと言えるだろう。
軽さと剛性を打ち出したエアロダイン。2023年の新作は、視認性と立体感を強調すべく、ディテールがさらに詰められ、全体のトーンも揃えられた。パワーリザーブ表示とトルクインジケーターを備える。手巻き(Cal.RM21-02)。27石。2万1600 振動/ 時。パワーリザーブ約70時間。ホワイトクオーツTPT®×カーボンTPT®×Tiケース(縦50.12×横42.68mm、厚さ14.30mm)。50m防水。世界限定50本。79万6000スイスフラン(税抜き)。
エアロダインがより強い個性を持つようになったのは、21年に発表された「RM 21-01 トゥールビヨン エアロダイン」からだ。このモデルは、裏蓋、ミドルケース、ベゼルから成る3ピースケースを発展させ、ムーブメントを固定したミドルケースにベゼルを取り付け、ケースの左右にベゼルカバーを被せるという、まったく新しい構造を採用した。この構造であれば、ベゼルカバーに伝わったショックはベゼルには響きにくいうえ、さまざまな素材を併用できる。もっとも、部品点数が増えてしまうと、現行リシャール・ミルの美点である外装部品の狭いクリアランスは損なわれてしまう。対してリシャール・ミルのケース工場であるプロアートは、ついにその課題をクリアした。リシャール・ミルが「日常的な使用にも耐えうる非常に頑丈な」そして「史上最も洗練されたケース構造のひとつ」と称したのも納得ではないか。ケースに18Kローズゴールド、カーボンTPT®、そしてカーボンのピラーをあしらったのは、この凝ったケース構造を強調したがためだろう。
23年発表の「RM 21-02 トゥールビヨン エアロダイン」は、RM 21-01のルックスをRM 021に近づけたモデルと言える。ケース素材はカーボンTPT®とクオーツTPT®、チタンのコンビネーションに改められたほか、ハニカム構造の地板もブルーからブラックに変更された。一転してモノトーンを打ち出したエアロダインだが、見るべきは色を含めたそのディテールだ。
例えば、ムーブメントに施された色。ダークトーンでまとめられているが、複数のグレートーンと仕上げを混在させることで、立体感を強調している。併せて香箱とキャリッジを囲むフレームはゴールドからグレーに変更され、さらにポリッシュからマットにすることで、キャリッジにいっそう目が行くようになった。いくつかのディテールは明らかにRM 021に倣っているが、今のリシャール・ミルらしく、視認性と立体感を高度に両立する点が大きく異なる。
今さら、個別の仕上げに関しては何も言うまい。筆者はこのモデルを意地悪くルーペで観察したが、言うべき点は何も見つからなかった。文字盤や針の彩色についてでさえ、である。ちなみに、各社が躍起になって仕上げを打ち出す中、近年のリシャール・ミルは仕上げに対して寡黙になった。傑出した仕上げを与えられるが故に、近年のリシャール・ミルは、そこに囚われなくなった、と言えるだろう。でなければ、本作がこれほどの統一感を持てるはずがない。
本作を目にして、筆者は改めて、リシャール・ミルというメーカーの偉さに気づかされた。デザインを変えるためのモデルチェンジはある。しかし、モデルチェンジごとにディテールを詰めていくメーカーはごく少ない。しかも、その方向性にブレがないのだ。リシャール・ミルには多くの傑作がある。しかし、ことディテールに関して言うと、本作はその完成形だろう。
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