時計愛好家の生活 Y.Y.さん「ヴァシュロン・コンスタンタンのクロノグラフが目に入り、これだ!と思いました」

2024.04.05

自ら立ち上げた映像関連会社の代表取締役を務めるY.Y.さんは、プロフェッショナルとしての長いキャリアを通じて磨いた美意識にかなう腕時計をずっと探してきた。その条件も極めて厳しく、仕様も限定的だ。具体的にはケース径40mm未満、センター2針、デイト表示なし、ムーブメントは手巻きというもの。多くの時計から条件に合ったのがA.ランゲ&ゾーネの「1815」であった。ここ1年で5本を手に入れる心酔ぶりだ。

Y.Y.さん
映像関連会社を営む60代のYさん。長年はき込んだような風合いが絶妙なAGジーンズに、エルメスのスカーフとスカイブルーのダウンを合わせ、手にはバーキン35cm。愛車は911という、銀座が似合う粋な大人といった風情が漂うYさんは、A.ランゲ&ゾーネの銀座ブティックに通い、腕時計に情熱を傾ける。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
菅原茂:取材・文
Text by Shigeru Sugawara
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]


「A.ランゲ&ゾーネの1815 クロノグラフでやっと理想の腕時計に出合いました」

A.ランゲ&ゾーネ「1815 クロノグラフ」

A.ランゲ&ゾーネの新世代「1815 クロノグラフ」は、2015年発表のブティック限定モデルを皮切りに現在までに4種類がラインナップされているが、Yさんはその仕様違いを1年で3本購入したというから並はずれた惚れ込みようだ。そして今夜も、お気に入りの18Kホワイトゴールドケースにブラックダイアルの1815 クロノグラフを着けてホームグラウンドの銀座を闊歩する。

 これまで本誌の時計愛好家特集にご登場いただいた方々のみならず、筆者の周囲でもドイツ高級時計を代表するA.ランゲ&ゾーネに対して特別な思いを語る人は少なくなく、実際に何人もの所有者を見てきた。購入理由には、例えば「ランゲ1」に象徴されるユニークなデザインが魅力的、卓越した技術が駆使された自社開発ムーブメントが凄い、ドイツ的な厳格主義が好み、といったものが含まれ、あるいはドイツ再統一によるブランドの復活に感動したとか、スイスとは違う高級時計が欲しいというような見解もあった。A.ランゲ&ゾーネのコレクションの中でも、とりわけ「1815」に惹かれ、同ファミリーのモデルを5本所有するYさんの場合はどうだろうか?

 銀座ブティックでお目にかかったYさんの第一印象は、時計のマニアックな収集家というよりは、オシャレに気配りの行き届いた大人の男。ファッションやレザーグッズはエルメス、クルマは911、そして時計はA.ランゲ&ゾーネだ。そんなYさんには、A.ランゲ&ゾーネとの出合いに先立って実はこんなことがあった。還暦の時、体調を崩し、この先いつまで健康で生きられるのか疑問に思い、お金を残しても仕方がないと考えた。使い道として目を向けたのが高級時計だったというのだ。

「これまでも安いクロノグラフなどを着けていましたが、なかなか満足できる時計に巡り合わなかったですね。そこで、ネット検索で情報を収集することから始めました。いろいろ調べたところ、ヴァシュロン・コンスタンタンのクロノグラフが目に入り、これだ!と思いました。実際に実機を手にした時は衝撃を覚えましたね」

1815 クロノグラフ、1815 アップ/ダウン

現在所有する「1815」ファミリーの中でホワイトゴールドケース、青焼き針を配したシルバーダイアルによる2点。クラシカルなデザインとフライバッククロノグラフ機能が備わる「1815 クロノグラフ」(右)でこの仕様は2015年発表のブティック限定モデルのみ。「1815 アップ/ダウン」(左)は、2013年のリニューアルで大幅に性能が向上した人気の定番。いずれもケース径40mmを下回る39mm台で、Yさんが理想とするサイズに合致した。

 その衝撃のモデルとは「ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955」だ。もともとクロノグラフが好きだったYさんが感動したのは、シンプルでクラシカルなデザインとともにイエローとピンクの中間に位置する4Nゴールドの微妙な色彩だった。加えて購入に駆り立てたのは、ヴァシュロン・コンスタンタンが創業以来260年以上も一度も途切れずに操業してきたという事実。映像関連会社を自身で立ち上げ、経営者を務めるYさんにとって「一度も潰れたことのない会社が作った時計はまさに〝験担ぎ〞」と語る。そんなYさんが現在、最も情熱を注いでいるのが、A.ランゲ&ゾーネの「1815」である。

「最初に購入したのは1815 クロノグラフのブティック限定モデルでしたが、白系のダイアルは服を選ぶので、次に同じモデルのブラックダイアルを手に入れました」

 先のヴァシュロン・コンスタンタンと同様にクラシカルな2インダイアルの手巻きクロノグラフだ。

「スイスとドイツ、それぞれのアプローチは違っていても到達点は同じですね。すべてが美しさに収斂される」とふたつを称賛するYさん。映像のプロならではの視点だ。機械好きの時計愛好家なら、ここでクロノグラフに関する機械談議にひと花咲かせるところだが「時計の機能についてはあまり詳しくは知りません。クルマの世界でいえば、私はドライバーであってメカニックではないのです」。実際クロノグラフ機能を操作して使うことはないそうだ。

1815 クロノグラフ、1815 アップ/ダウン

同じく「1815」ファミリーからの「1815 クロノグラフ」(右)と「1815 アップ/ダウン」(左)の2点は、前ページの各モデルの素材違いで、クロノグラフは18Kピンクゴールド×ブラックダイアル、アップ/ダウンは18Kイエローゴールド×シルバーダイアルという仕様。バリエーションを手に入れて楽しむとは何とも贅沢だが、腕時計が服を選ぶこともあるので、選択の幅を持たせたいとの考えも。ちなみに普段使いは「1815 アップ/ダウン」だという。

 Yさんにとって時計選びで重要なのは、サイズはケース径40mm未満、センター2針(合計でも4針くらい)、デイト表示なしという基準だ。さらに手巻きという条件も重要だ。理由は「自動巻きはローターの回転音がする上、シースルーバックから見たローターの眺めが好きではないから」。そうなると選択肢はどんどん狭められていくが、それゆえに本当に自分にとって望ましい理想的な時計に近づいた。ちなみに「ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955」はケース径38.5mm、「1815 クロノグラフ」は39.5mmというように40mm未満を満たし、最近のクロノグラフとしては小ぶりなサイズで、デイト表示なしや手巻きという点も条件を満たしている。

 クロノグラフ好きならA.ランゲ&ゾーネのコレクションで不動の人気を誇る「ダトグラフ」がまず目に留まるところだが、「ダトグラフ」からアウトサイズデイトを除外したイメージの「1815 クロノグラフ」にしたのはなぜか? ブランドのアイコニックな日付表示をあえて敬遠したことにもそれなりの理由があるという。

「日付表示が付いていると、私好みのデザインではなくなってしまう。また、ついそこに目が行ってしまい、仕事のスケジュールが気になり、常にカレンダーに追われているようで落ち着かない。せっかく楽しく飲んでいたのに気分も削がれるでしょう?」

ヴァシュロン・コンスタンタン「ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955」

1955年のオリジナルを2016年にほぼ忠実に再現したヴァシュロン・コンスタンタンのクロノグラフ「ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955」は、4Nゴールドの微妙な色合いも好み。また、購入理由として「1755年創業で一度も潰れたことがない会社の時計は、経営者の自分にとっての験担ぎ」とYさんは付け加える。

 だから「日付はないほうがいい」。週に1回ほど銀座に通って、夜の深い時間を楽しんでいるというYさんはこう説明するが、時刻を表示する純粋な時計として完成され、美とバランスを持った腕時計に日付表示は不要という見方もあるに違いない。

 さて、次にYさんが注目したのが「1815 アップ/ダウン」である。ダイアルのやや下方のスモールセコンドとパワーリザーブ表示をシンメトリーに配置したダイアルデザインは「1815 クロノグラフ」とやや似た趣を持っているが、ケース径39mm、中2針、日付表示なし、手巻きというように、これも先に挙げた時計選びの条件を完璧に満たしている。クロノグラフについてはゴールドやダイアルの色違いで3本、こちらも同様に色違いで2本を手に入れた。

「ゴールドの微妙な色合いが好きですね。並べると、1815 アップ/ダウンは3N、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュは4N、1815クロノグラフは5Nで、イエローからピンクまでが揃いました」

「プリヴェ トノー ウォッチ」LMサイズ

A.ランゲ&ゾーネ、ヴァシュロン・コンスタンタン、カルティエは、Yさんにとってのいわば御三家。カルティエの20世紀初頭を代表するオリジナルデザインを復刻した「プリヴェ トノー ウォッチ」LMサイズは、プラチナケースにルビーのカボションを配し、手巻きムーブメントを搭載する2019年発表の稀少な限定モデル。

 ゴールドのニュアンスを見分けるところにも映像のプロらしい目が光る。なぜモデルによってそうした色のゴールドで時計を製作したのか? ブランドのこだわりに思いを馳せるのもまた楽しみなのだそうだ。「1815」ファミリーに含まれる、これら5点はすべてここ1年で銀座のA.ランゲ&ゾーネのブティックで買い求めた。2モデルで計5本のバリエーションを揃えるのは、相当な熱の入れようだが、そうした要望に応えてくれるA.ランゲ&ゾーネをはじめ、各ブランドの担当者に、Yさんはいつも大いに感謝しているという。

 Yさんが「1815」ファミリーの次に関心を寄せるのは「リヒャルト・ランゲ・ジャンピングセコンド」である。現代版のデッキウォッチとして考案されたこの腕時計は、時針、分針、秒針の3つが独立した軸で回転するダイアルレイアウトに特色があり、しかもケース径40mm未満、手巻き、日付なしの条件も問題なく満たしている。「リヒャルト・ランゲにはチェーンフュジーが搭載されたリヒャルト・ランゲ〝プール・ル・メリット〞という大作もありますよね。惹かれるものがありますが、自分はまだそれにふさわしい人格を持っていない。着ける人の資格を問う時計ですからね。いつかはそうなりたいとは思いますが……」と、時計に対して謙虚に向き合う一面ものぞかせるYさん。

 取材終了後に、今回披露してくれた数々の時計をエルメスのバーキンに収納し、銀座の夜に溶け込んでいった粋人の姿は、何ともかっこよく見えた。


時計愛好家の生活 T.K.さん「ランゲの素晴らしさは、腕に着けると職人の魂を感じるところ」

https://www.webchronos.net/features/110276/
時計愛好家の生活 F.H.さん「腕時計の魅力にとらわれ、底なし沼から抜け出せなくなってしまったわけです」

https://www.webchronos.net/features/110315/
アイコニックピースの肖像 A.ランゲ&ゾーネ/1815

https://www.webchronos.net/iconic/17124/