プロフェッショナル向けツールとしては使用されることが少なくなったダイバーズウォッチだが、それでも特殊な現場で採用される例はある。果たして、ダイバーズウォッチはどのような場面で実力を発揮するのか? 答えのひとつは、「飽和潜水」だ。
Photograph by Takeshi Hoshi (estrellas)
細田雄人(本誌):取材・文
Text by Yuto Hosoda(Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年9月号掲載記事]
飽和潜水で使用される、ヘリウムエスケープバルブつきのダイバーズウォッチ
ダイブコンピューターが登場したことで、ダイバーズウォッチは潜水ツールとして原始的な存在となってしまった。ダイバーズウォッチは現在、一部の例外を除いて、ダイビングにはあまり使用されなくなっている。では一部の例外とは? 飽和潜水である。
飽和潜水とは、簡単に言えばあらかじめチャンバーと呼ばれる部屋で加圧し、高圧下に身体を慣らしてから潜水する方法のことだ。そして加圧時や潜水中に用いられる呼吸ガスには、酸素とヘリウムによる混合ガスが用いられる。というのも高圧下では血中に大気の成分を多く取り込んでしまうのだが、そのような状況でいわゆる〝普通の呼吸ガス〞を使ってしまうと、窒素によってガス昏睡に陥るからだ。「窒素酔い」とも呼ばれ、判断能力の低下や多幸感といったアルコール酔いのような症状を呈する。
飽和潜水中に体内に溜まった不活性ガスは本来自然と排出されるが、浮上による急速な減圧にそのスピードが追いつかない場合、体内に残ったガスは血中で気泡となる。これを原因として意識障害やまひ、目まいを起こすのが減圧症だ。よって潜水後はチャンバーで減圧を行い、加圧時以上に時間をかけて体内からヘリウムを排出していかなければならない。
前置きが長くなったが、この時に時計も内部に溜まったヘリウムを抜かなければ、減圧した際に内圧によって時計が破損してしまう。これが飽和潜水対応時計にヘリウムエスケープバルブが必要とされる理由だ。現代の飽和潜水では水中作業時の指示を船上の管制室から出すため、時間管理をダイバー自身がすることはないが、チャンバーでの数日から数十日に及ぶ加圧・減圧期間で時間感覚を失わないためにも、腕時計を着用したいという飽和潜水士は少なくないはず。ヘリウムエスケープバルブ付きのダイバーズウォッチが使用される理由である。
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