1950年代に一定のスタイルが確立されて以来、その形を崩さず今日にまで至るダイバーズウォッチ。しかし、ひとつひとつの細かいパーツを見ていけば、使用される素材や機能面に変化が見られることも事実だ。しかし果たしてこれは進化なのか? ダイバーズウォッチが辿った独自の進化をひもとく。
Photographs by Masanori Yoshie
鈴木裕之:取材・文
Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2021年9月号掲載記事]
回転ベゼルとベゼルプレートの改良
耐擦傷性と操作性の向上が向かう先
(左)1957年製のオリジナルに範を取った41mmケースのオメガ「シーマスター 300」。新しいSSケース用のベゼルプレートは、アルミベースにシュウ酸硬質アルマイトを施したもの。オリジナルの意匠をよく受け継いでいるが、表面の酸化皮膜(バリア層)を厚く形成できるため、傷には強くなっている。
極論してしまえば、ダイバーズウォッチに求められる機能とは、潜水経過時間を読み取るためのタイムプリセレクティング機能と、高圧防水性に限定される。その点だけで言えば、ダイバーズウォッチの基本型は1950年代中頃に完成しており、現在に至るも何ひとつとして技術革新は盛り込まれていない。60年代になって、大深度でのテクニカルダイビング、またはコマーシャルダイビング向けに飽和潜水の技術が確立されるに従い、対症療法的にヘリウム混合気の排出対策が施されたが、これも70年代には一定の解決を見せている。ダイバーズウォッチに求められる要件とは、不確実な革新性などでは断じてなく、むしろ〝枯れた技術〞の集大成であるべきだ。
ダイバーズウォッチ特有の機能が、クロノグラフやGMTといった他の付加機構と大きく異なる点は、操作性をほとんど考慮しなくてよい点である。最も分かりやすい回転ベゼルは潜水の開始時間をプリセットしておく機能であり、潜水中に追加操作することは絶対に有り得ないし、また決して動いてはならない。本来逆回転防止機構とは、ベゼルが動いてしまった際のセキュリティーでしかないのだ。
現代的なダイバーズウォッチと呼ばれるオリジナルに最も近いモデル。大ぶりのベゼルに大きなインデックスを配し、視認性を高めている。自動巻き(Cal.1315)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径45mm、厚さ15.5mm)。300m防水。157万3000円(税込み)。(問)ブランパン ブティック銀座 Tel.03-6254-7233
では近代のダイバーズウォッチが、逆回転防止ベゼルに加えてきた改良点とは何か? ひとつはベゼルプレートの劣化と破損への対策だろう。初期ダイバーズウォッチの多くは、アルミ製のベゼルプレートに陽極酸化処理(アルマイト)を施したものを採用していた。着色は黒または青が多かったが、どちらも経年変化で色飛びが起こると、目盛りとのコントラストが低下してしまう。何より平面へのプリントなので、仮にぶつけたりしたら目盛り自体が削れ、消えてしまう。筆者には初心者レベルのスキューバ経験しかないが、その際に着用していた時計は想像以上にガリガリになってしまった。
視認性に優れたサンドイッチダイアルを採用するシーマスター 300。左のブロンズゴールドモデルと比較して、ケースがわずかに薄い。ベゼルリングはアルミ製。自動巻き(Cal.8912)。38石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径41mm、厚さ13.85mm)。300m防水。77万円(税込み)。(問)オメガお客様センター Tel.03-5952-4400
オメガの独自合金、ブロンズゴールドを採用。ゆっくりと経年変化が進み、自然な美しさが得られる。ベゼルリングはセラミックス製。自動巻き(Cal.8912)。38石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約60時間。ブロンズゴールドケース(直径41mm、厚さ14.4mm)。300m防水。136万4000円(税込み)。(問)オメガお客様センターTel.03-5952-4400
また初期のブランパン「フィフティ ファゾムス」のように、ベゼルプレート表面をプレキシガラスで覆った例(=実際には透明なベゼルプレート裏側から目盛りをプリントした例)もあったが、プラベゼルの耐擦傷性など推して知るべしだろう。近年のトレンドは、硬質な素材を用いたベゼルプレートの採用と、目盛りの象嵌処理だ。主流はセラミックス製のベゼルプレートで、リキッドメタルなどの象嵌が施されている。あらかじめベゼルプレートに彫りが設けられ、目盛り自体にも厚みがあるため、耐擦傷性に対するマージンは相当大きくなっているはずだ。
一部のダイバーズウォッチにネジでベゼルを固定する特殊結合方式を採用するジン。加えてT1ではベゼルを押し下げないと回転しない安全システムを採用する。自動巻き(Cal.ETA2892A2)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Tiケース(直径45mm、厚さ12.5mm)。100気圧防水。60万5000円(税込み)。(問)ホッタ Tel.03-5148-2174
本体となるベゼルの逆回転防止機構では、ラチェット構造自体に変化が見られる。ベゼルの裏側にワンウェイの歯が切ってある点は従来と変わらないが、ベゼルにテンションをかけつつ、回転方向を規制する板バネが、セラミックボール化される例が増えてきたのだ。これは動きの滑らかさを求めるというより、腐食による破損や固着で、板バネが機能を失うことに配慮したものと考えられる。もっと直接的にメンテナンス性を考慮した例では、ベゼルを嵌合せず、ネジ留めしたものも見受けられるようになった。
アクアタイマーに加わったブロンズケースモデル。アウターベゼルを回すことで、インナーベゼルが回転する。9時位置側の突起には、インナーベゼルを動かす機構が収められる。自動巻き(Cal.89365)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約68時間。ブロンズケース(直径44mm、厚さ16.9mm)。30気圧防水。118万8000円(税込み)。(問)IWC Tel.0120-05-1868
しかしこうした改良点のほとんどは、〝バーチャルプロユース〞の発想が裏側に透けて見える。ダイバーズウォッチ独特のスタイルとストリートファッションの親和性が高いことは今さら言うまでもないが、ならばセラミックスのベゼルプレートや、よりクリック段数が細かく、節度のある動きまで見せるようになった回転ベゼルの構造などは、本来プロユーザーの要求とは関連性のない、異なるベクトルのオーバースペック化のように思えてくるのだ。現代のダイバーズウォッチをディテールの進化だけで捉えるならば、やはり骨太なラグジュアリーウォッチに落ち着くのだろうか?
エクステンション機能の高性能化
多段調整を可能にした最新バックルの是非
近代ダイバーズウォッチに盛り込まれたディテールの進化を、ラグジュアリー化という文脈で捉える場合、その最も象徴的なパーツはやはりエクステンションバックルだろう。一般的な3つ折れタイプのバックルに、もうひとつリンクプレートを足すことで、ブレスレットの全長をプラスすることが可能となる機構だ。古くはプレス成形のバックル+3つ折れが主流で、エクステンションリンクの長さは一定。微調整はブレスレット本体とバックル本体を固定する、バネ棒の位置で行っていた。
これが大きく様変わりするのは、ブレスレットやバックル本体をソリッドスティールで作るようになってからだ。結果として、板材をプレスしただけのバックルでは実現不可能だった、微調整機構が盛り込まれるようになったのだ。写真のロレックス「オイスター パーペチュアル ロレックス ディープシー」では、多段調整式の「ロレックス グライドロック付きオイスターロック クラスプ」に加え、3つ折れ式の「フリップロック エクステンションリンク」を併載。前者は2mm単位で最大20mm(10段階)の微調整が可能。さらに後者を加えることで、最大26mmの延長を可能とする。
しかし前段でも述べたように、ダイバーズウォッチの機能は全て、実際の使用以前にプリセットすることが前提であり、エクステンション機構もまた然り。本来ならば、ウェットスーツ着用時に絞って調整しておけば良い。水圧によって腕の太さが変化する(=圧迫されて細くなる)という理由もあるが、それに対応するためにはラバーストラップなどの軟質素材のほうが理に適っていることになる。そう考えると、金属製ブレスレットのエクステンション機構とは、オンオフ両用を前提としたレクリエーションダイバーにこそ利便性の高い機構だということになる。
ロレックスの最上級ダイバーズウォッチ。ドーム型サファイアクリスタル製風防とチタン製裏蓋、窒素合金ステンレススティール製高性能耐圧リングの3つを組み合わせることによって高い水圧からケースを守るリングロックシステムを採用する。自動巻き(Cal.3235)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径44mm)。3900m防水。
ダイバーズウォッチを本物のプロツールと見なすなら、シンプルな単一機能が望ましい。この点に関して言えば、多機能化=高性能化という図式は決して当てはまらないのだ。この先もダイバーズウォッチは、ラグジュアリー化の深度を増してゆくだろう。そして品質が高くなればなるほど、プロツールから想像されるイメージとの乖離も大きくなってゆく。進化を遂げた現代のダイバーズウォッチは、早くプロツール至上主義の呪縛から解き放たれるべきなのだ。
ルミナスインデックスのバリエーション
蓄光塗料の高性能化とトリチウムの復権
ラグジュアリーウォッチとしての付加価値を高めてゆく現代のダイバーズウォッチは、少しずつハイスペック化=プロツールという文脈で捉えることが難しくなってきた。かつて潜水専門会社の「COMEX」や、軍用に用いられたダイバーズウォッチのほとんどがバネ棒すら用いず、スティールバーの嵌め殺しを好んだこととは対照的である。理由は単純で、複雑化したパーツは、それだけ破損や故障の可能性を抱え込むからだ。
標準電波を受信して正確な時を刻み、わずかな光でも発電するエコ・ドライブを搭載する。外装は独自の表面処理加工を施したスーパーチタニウム製だ。光発電エコ・ドライブ(Cal.H112)。月差±15秒(非受信時)。スーパーチタニウムケース(直径43.5mm、厚さ14.1mm)。200m防水。11万円(税込み)。(問)シチズンお客様時計相談室 Tel.0120-78-4807
そうした中で、マテリアルの進化と要求仕様のバランスが合致しているのが、ルミナスインデックスである。JISやISOの規定にもある通り、暗所においても25㎝の距離から判読性を確保することが求められている。そのためには輝度が高く、発光時間も長いほうが良い。
ダイバーズウォッチの基本が成立した1960年代から90年代にかけて多く用いられたトリチウムに替わって主流になったのは、93年に日本の根本特殊化学が開発した「N夜光」だ。国内商標である「ルミノーバ」、スイスでは「スーパールミノヴァ」と呼ばれるこの夜光塗料は、蛍光体を発光させるのに放射性の励起物質を使用しない「蓄光塗料」だ。
500mの防水性能を持つ上位機種。自発光の「ルミノックス・ライト・テクノロジー」を針と文字盤外周に備え、コレクション随一の視認性を実現。自動巻き(Cal.SW200-1)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径44mm、厚さ17mm)。500m防水。27万5000円(税込み)。(問)Luminox TOKYO Tel.03-5774-494
蛍光体そのものであるアルミン酸ストロンチウムは、強い光源にさらされると非常に明るく発色し、徐々に明るさを弱めながら、数時間にわたって光り続ける。ロレックスが独自に開発した蓄光塗料である「クロマライト」は、発光時間が約8時間にも及ぶ。一方、トリチウムをガス化して蛍光チューブに収めた「マイクロ・ガスライト」は、光源を必要とせずに自発光する。どちらも十分過ぎるほどの性能を確保しており、デザインパーツとしても期待される分野だ。
ヘリウムエスケープバルブをリュウズと一体化させた自動減圧バルブを採用するモデル。針とインデックスには自発光のマイクロ・ガスライトを備える。自動巻き(Cal.RR1101-C)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Tiケース(直径42mm、厚さ15.5mm)。1000m防水。41万8000円(税込み)。(問)ボール ウォッチ・ジャパン Tel.03-3221-7807
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