ブランパン「フィスティ ファゾムス」やロレックス「オイスター パーペチュアル サブマリーナー」といった傑作の誕生から数10年が経ち、ダイバーズウォッチのデザインは、“武骨で機能的な潜水計器”という認識でほぼ固定化されている。しかし時計に対する嗜好の変化によって、ダイバーズウォッチに求められるデザインも徐々に変化してきた。
篠田哲生:取材・文 Text by Tetsuo Shinoda
[クロノス日本版 2021年9月号掲載記事]
ダイバーズの常識を覆す“変わり種”
角型からレトログラード、ワンハンドまで多種多様
ダイバーズウォッチと名乗るためには、公的に定められたISO 6425やJIS B 7023などに準拠していなければいけない。これらは防水機能に関する性能はもちろんだが、見た目に対してもいくつかの制限がある。前者なら誤作動防止機能付き計時インジケーターを備えている必要があり、水深30cmでも正常に操作できなければいけないし、針は暗所でも25cm離れたところから読み取れなければいけない。ダイバーズウォッチは〝水中で使う計器〞という目的から作られており、いうなれば「形状は機能に従う(Form Follows Function)」という機能美の理想形でもあるのだ。
ベル&ロスを象徴するスクエア型のケースを採用。逆回転防止ベゼルや300mの防水性能など、スペックは1996年のISO 6425に準じた本格的なものだ。自動巻き(Cal.BR-CAL.302.)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径42mm)。300m防水。49万5000円(税込み)。(問)ベル&ロス 銀座ブティック Tel.03-6264-3989
減圧計からインスパイアされた外観を持つ。レトログラードとジャンピングアワーはレゼルボワールのアイコン。ヘリウムエスケープバルブを搭載。自動巻き(Cal.ETA 2824-2)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約37時間。ブロンズケース(直径45mm)。250m防水。世界限定100本。68万9700円(税込み)。(問)一新時計 Tel.03-6854-5802
しかしそういった確立されたスタイルがあるからこそ、そこから逸脱した〝変わり種〞が俄然面白くなってくる。例えばケースバックをねじ込み式にできない角型ケースや視認性がやや劣るジャンピングアワーを採用するというのは、「ダイバーズウォッチとはかくあるべし」という常識への反抗であるだろう。また黒いセラミックケースやブルーのグラデーションダイアルのように、機能性よりも審美性を重視する場合もある。いずれのモデルもダイバーズウォッチというジャンルには入るが、潜水計器として守るべきルールよりもファッション性やスタイルを重視しているといえるだろう。
300mの防水性能とアラーム機能を併せ持つ。回転ベゼルはインナータイプを採用。リュウズにはねじ込み忘れを防止するセキュリティーリングが備わる。自動巻き(Cal.956AA)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。SSケース(直径42mm、厚さ15.63mm)。300m防水。205万9200円(税込み)。(問)ジャガー・ルクルト Tel.0120-79-1833
ケースの本体にブラックセラミックスを採用した意欲作。ネジを切った金属製のインナーケースを収めることで、ねじ込み式裏蓋を実現した。自動巻き(Cal.MT5602-1U)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。セラミックケース(直径41mm)。200m防水。53万9000円(税込み)。(問)日本ロレックス/チューダー Tel.03-3216-5671
そもそも本気のダイバーはダイブコンピューターなどを使うことを考えると、計器としての厳密さを守ることよりも、その世界観やスタイルを軽やかに楽しむ方が正解なのかもしれない。潜水時計原理主義者にとっては認めがたいモデルだろうが、こういった常識の先にあるダイバーズウォッチが、新しい時計の楽しみ方を広げてくれるのだ。
分を唯一の針で示し、ジャンピングアワーで12時位置の窓に時を表示する、マイスタージンガー流スポーツウォッチ。ベゼルリングはジルコニアセラミックス製。自動巻き(Cal.ETA 2824-2)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径43mm)。200m防水。47万3000円(税込み)。(問)モントレックス Tel.03-3668-8550
ダイアルを取り囲むアワーリングを分針が指し示すことで、時と分の同時読み取りが可能な、特許取得済みの表示機構を採用する。自動巻き(Cal.FL301)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径46mm、厚さ16.5mm)。500m防水。60万5000円(税込み)。(問)スイスプライムブランズ Tel.03-6226-4650
技術革新が可能にした薄型ダイバーズ
ケースに厚みを持たせることなく高圧防水を実現
大気圧は300m上昇するごとに0.5気圧低下する。しかし水圧は10m潜っただけで1気圧も上昇する。その強烈な水圧の変化に耐えるため、ダイバーズウォッチには強靭なケースが必要となる。しかも水中では方向感覚が乱れ、視界も悪いため、障害物などに時計をぶつけることも多くなるのでケースはより強固にしなければいけない。ダイバーズウォッチの武骨さもまた、必要から生まれたデザインなのだ。しかもISO規格によって、ダイバーズウォッチは4800A/mの直流磁界中でも作動する耐磁性能も求められる。耐磁のために軟鉄製のインナーケースを採用すれば、さらに時計は厚くなってしまう。
ユリス・ナルダンの正統派ダイバー。搭載するムーブメントCal.UN-816には、汎用機をベースに同社が得意とするシリコン技術が投入され、高精度を実現。自動巻き(Cal.UN-816)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.15mm)。300m防水。78万1000円(税込み)。(問)ソーウインド ジャパン Tel.03-5211-1791
2017年発表のブルーダイアルモデル。直径38mmという控えめなサイズのケースにパワーリザーブ約100時間のCal.1150を載せる。自動巻き(Cal.1150)。28石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約100時間。SSケース(直径38mm、厚さ10.77mm)。300m防水。103万4000円(税込み)。(問)ブランパン ブティック銀座 Tel.03-6254-7233
しかしこういったサイズ感は、腕に収めるにはやや厚い。潜水計器であれば多少の我慢もできるだろうが、装うことを楽しむ時計だと考えると、少なくともケースの厚みはもうちょっと抑えたい。
ケースの工作精度が上がり、防水性を左右するOリングの品質も向上したため、ケースを大型化しなくても強固な防水性を実現できるようになった。さらにユリス・ナルダンやブランパンなどは、シリコン製パーツを脱進調速機に使用し、耐磁性を高めつつもインナーケースを排除し、ケースの厚みを抑えている。またプロ用の潜水計器ではないと割り切って、防水性能を100mや200mにしてしまい、薄型化につなげるメーカーもある。
ケースとブレスレットがシームレスにつながるアイアンウォーカー。このシルエットを崩さずに、300m防水のダイバーズウォッチに仕立て上げた。自動巻き(Cal.ETA2892A2)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径42mm、厚さ11.7mm)。300m防水。55万円(税込み)。(問)シェルマン日本橋三越店 Tel.03-6225-2134
経年変化を楽しめるブロンズ製のケースを採用。表情豊かなグリーンのグラデーションダイアルが、現代的な印象をもたらす。自動巻き(Cal.ETA2824-2)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。ブロンズケース(直径41mm、厚さ11mm)。200m防水。世界限定250本。38万5000円(税込み)。(問)ムラキ Tel.03-3273-0321
今やダイバーズウォッチは、〝お洒落な時計〞の一角であり、スーツに合わせる人も少なくない。日常的に使える時計を目指すなら、タフな計器に固執する必要はない。ケースを薄型化して装着感を高めるという進化は、ある意味必然だったのかもしれない。
スリムなベゼルと薄型ケースを組み合わせながら、300mの防水性能を実現したスポーツモデル。ノモスらしさを残しつつ、スポーティーに仕上げた。自動巻き(Cal.DUW 6101)。27石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径42mm、厚さ10.2mm)。300m防水。50万6000円(税込み)。(問)大沢商会 Tel.03-3527-2682
「アイコン」シリーズのダイバーズモデルに加わったブロンズケース。アンスラサイトカラーと組み合わせた、硬派な1本。自動巻き(Cal.ML 115)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。ブロンズケース(直径43mm、厚さ11.6mm)。300m防水。世界限定500本。29万1500円(税込み)。(問)DKSHジャパン cg.csc1@dksh.com
オリジナルを忠実に再現するレトロデザイン
ISO 6425準拠の本格派からスポーティーウォッチまで
昨今の時計デザインの主流のひとつに〝復刻デザイン〞がある。これは歴史あるブランドが、その伝統の深さを表現する上で最も好ましい手段であり、もちろんダイバーズウォッチでも多くの復刻デザインが発売されている。
1965年に登場した「キングダイバー」を復刻。特徴的な日本語での曜日表示やインナーベゼルなどは、そのまま継承された。自動巻き(Cal.F6922)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径43.8mm、厚さ14mm)。20気圧防水。国内1500本限定。4万9500円(税込み)。(問)オリエントお客様相談室 Tel.042-847-3380
初代スーパーオーシャンの意匠を継ぐモデル。すり鉢状のベゼルや厚さ10mmを切るケースは実用性が高い。ナイロン廃棄物から作られたストラップが付属。自動巻き(Cal.10)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径42mm、厚さ9.9mm)。100m防水。54万4500円(税込み)。(問)ブライトリング・ジャパン Tel.0120-105-707
そもそも多くのブランドからダイバーズウォッチがデビューしたのは1950〜60年代にかけてだが、これは腕時計の黄金期とも重なる。しかもダイバーズウォッチは当時の最新技術であり、新しい歴史の始まりを象徴する時計でもあった。となれば、傑作ダイバーズウォッチが復刻されるのは当然だろう。しかもクロノグラフやドレスウォッチ系とは異なり、可能な限り当時のスタイルを忠実にトレースしているモデルが多いのもこの分野の特徴だ。
50年代にダイバーズウォッチを作ることができたということは、信頼性の高い時計と高気密のケースを作ることができたという証しであるから、その歴史と伝統はきちんと伝えたいのは当然だ。しかもがっちりとしたケースデザインや視認性に優れる針やインデックスといった要素は、腕時計に求められる必須要素でもあるのだから、無理に変更する理由もない。機能から生まれたデザインは、時を超える強さがあるのだ。
同社初のダイバーズウォッチ「Spezimatic PR TS 200」の精神が息づく本作。独DIN規格に準じるダイバーズウォッチ。自動巻き(Cal.36-13)。41石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約100時間。SSケース(直径43.2mm、厚さ15.65mm)。300m防水。144万1000円(税込み)。(問)グラスヒュッテ・オリジナル ブティック銀座 Tel.03-6254-7266
海中を思わせる美しいグラデーションダイアルが目を引く、2021年の新作。初代からのアイコニックなデザイン要素を継ぎながらも、スペック面で進化を続ける。自動巻き(Cal.L888.5)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.7mm)。300m防水。31万4600円(税込み)。(問)ロンジン Tel.03-6254-7350
そしてロンジンやオリエントが採用しているインナー式のベゼルは、当時は故障の要因となっていたアウターベゼルを内側に収めるという実用的なデザインだった。その結果、ダイアル回りがすっきりとして見えるため、ダイバーズウォッチを日常の時計として使いたいというニーズにも合っている。
復刻ダイバーズウォッチとは、歴史的な価値と現代的な要求の両方に応えてくれる時計なのだ。
ラドーが得意とするハイテクセラミックスをベゼルに用い、往年の名機を現代によみがえらせた。ケースはブロンズ。自動巻き(Cal.ETAC07.611)。25石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。ブロンズケース(直径42mm、厚さ12.5mm)。300m防水。28万6000円(税込み)。(問)ラドー/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7330
ボックス型の風防が、往年のヴィンテージスタイルを再現。ダイアルの3時位置で曜日と日付を表示し、実用的な一面を持つ。自動巻き(Cal.80)。25石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径40.5mm、厚さ13.43mm)。200m防水。13万900円(税込み)。(問)ミドー/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7190
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