現在のヴァシュロン・コンスタンタンには、非凡なまとまりという明快な個性がある。しかも同社は、デザインやカラーにひねりを加えつつも、その統一感を維持し続けてきた。もちろん、内外装のディテールが高度に揃っていることは絶対的な条件だ。しかし、絶妙な匙加減を欠いて、個性と呼べるほどのまとまり感は得られなかっただろう。それを示すのが、新しく追加されたグリーンダイアルのトラディショナルである。単なる色違いと思いきや、明快な意図を持ったチューニングが、ユニークな存在感と、腕時計としてのいっそうのまとまりをもたらした。控えめだからこそ、むしろ際立つ老舗の手腕を、とくとご覧あれ。
(右)ヴァシュロン・コンスタンタン「トラディショナル・マニュアルワインディング」
傑作モデルの色違い。新しく採用されたディープグリーンダイアルは、光の加減によって微妙に濃淡を変える。また、部分的に太らせたインデックスや針により、直径33mmというサイズに高い視認性を盛り込んだ。54個のラウンドカットダイヤモンド入り。手巻き(Cal.1440)。19石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KPGケース(直径33mm、厚さ7.7mm)。3気圧防水。422万4000円(税込み)。
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年5月号掲載記事]
ディテールの積み重ねだけでは決して得られない、腕時計としての統一感
1755年の創業以来、実に多彩なアーカイブを誇ってきたヴァシュロン・コンスタンタン。そんな同社が、クラシックの見直しを始めたのは2002年のことだった。同社は1950年代から開けられなかった文書を開封し、その整理と分類に着手したのである。ヴァシュロン・コンスタンタンは新時代のクラシシズムを確立すべく、その膨大なアーカイブを分析し、古典のデザインエッセンスを抽出するという作業に取り組んだのだ。
その豊かな実りは、早くも2004年の「パトリモニー・ラージサイズ」に結実した。ボンベ状のダイアルと絞り込んだケースを強調したパトリモニーとは、同社の伝統である曲線を、今に打ち出した試みだった。もっとも、多彩なバリエーションを誇る同社のデザインは、ひとつの枠で括れるものではない。07年に加わった「トラディショナル」は、1950年代から60年代のモデルに広く見られたボクシーかつ端正なデザインを、やはり今に合わせて再解釈したものだ。
ただしこれは、単なるリバイバルではない。切り立ったシリンダー状のケースに短いラグ、そして開口部の大きな文字盤を合わせたその造形は、極めて汎用性に富んでいる。つまり、複雑機構を重ねてもデザインが破綻しないうえ、サイズを感じさせない軽快な装着感を持ち、そして文字盤にはさまざまな表現を盛り込めたのである。同社はトラディショナルをクラシックウォッチの新たなプラットフォームとして作り上げ、果たしてそれに成功したことは、本コレクションの充実ぶりが示す通りだ。
ここで取り上げるふたつのモデルは、そんな同社の手腕を改めて感じさせるモデルである。「トラディショナル・トゥールビヨン」は、ペリフェラルローターに、マジッククリック自動巻きを加えたトゥールビヨン。2018年の第1作は、シルバーオパーリン仕上げのレイルウェイトラック付き文字盤を備えていたが、24年発表の本作では、あえて単色のディープグリーンに改められた。同社が大切にしているツイスト(遊び心)は、よりシンプルに、しかし色という分かりやすいメッセージに進化したのである。
もっとも、同社が意図したのは、ディープグリーンという色味だけではない。文字盤をバイカラーから単色に改めることで、6時位置のトゥールビヨンキャリッジがより強調されたのである。そもそも本作は、直線を打ち出したトラディショナルの造形を濁らせないよう、キャリッジを支える2本の受けネジを文字盤下に隠している。現行品としては珍しい巨大なキャリッジは、複雑時計をお家芸とするヴァシュロン・コンスタンタンのアイコンであり、それをいっそう際立たせようと考えたのは当然だろう。
古典とモダンを高度に融合させたモデル。6時位置に置かれた巨大なトゥールビヨンキャリッジは極めてクラシカル。対して、平面を強調したプラチナケースと、下地に放射状のヘアライン加工を施したモノクロームグリーンダイアルが、腕時計全体の印象をモダンに見せている。4番車を極限まで大きくすることで、トゥールビヨンの抜け感を強調したのもヴァシュロン・コンスタンタンらしいひねりの入れ方だ。自動巻き(Cal.2160/1)。30石。1万8000振動/時。Ptケース(直径41mm、厚さ10.7mm)。3気圧防水。2552万円(税込み)。
女性用の「トラディショナル・マニュアルワインディング」も、やはり遊び心が効いている。デザインコードはトゥールビヨンに全く同じ。しかし、レイルウェイタイプのミニッツトラックを細く絞ることで造形にメリハリを付け、12・3・6・9時のインデックスと、分針の根元をわずかに太くすることで視認性を高めている。単色文字盤の本作で、その意図はいっそう効果的だ。
今さら言うまでもないが、この2作はムーブメントも傑出している。例えば、トラディショナル・トゥールビヨン。巨大なキャリッジに加えて、ペリフェラルローターからマジッククリックまでの中間車を肉抜きすることで、自動巻きムーブメントらしからぬ見応えを加えることに成功した。また、トラディショナル・マニュアルワインディングが搭載する手巻きムーブメントも、傑作1400の改良版である1440に改められた。緩急針を持たないフリースプラングテンプは、このモデルの耐衝撃性や等時性をさらに改善するはずだ。
単なる色違いと思いきや、それに留まらない存在感を示すトラディショナルの2モデル。絶妙なひねりと非凡なまとまりを両立させるのに必要なのは、力業では決してない。2世紀半以上も培われてきた老舗ならではの審美眼の賜物なのである。
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