ヴァシュロン・コンスタンタンによる1点製作の「レ・キャビノティエ・マルタ・トゥールビヨン ─オスマン様式への賛辞─」。シリーズ「レ・キャビノティエ ─レシ・ドゥ・ヴォヤージュ(旅の見聞録)─」のユニークピースは、1820年からの縁を持つパリを、壮麗な彫金芸術で描き出した。
「レ・キャビノティエ」の新作で、ブラウンのミシシッピアリゲーターレザーストラップ仕様。ケースバックに1点ものを意味する「PIÈCEUNIQUE」「LES CABINOTIERS」の文字と「AC」紋章を刻印。手巻き(Cal.2790SQ)。27石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KPGケース(縦41.5×横38mm、厚さ12.7mm)。ユニークピース。
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年5月号掲載記事]
パリをモチーフにした「レ・キャビノティエ・マルタ・トゥールビヨン ─オスマン様式への賛辞─」
ヴァシュロン・コンスタンタンの「レ・キャビノティエ ─レシ・ドゥ・ヴォヤージュ(旅の見聞録)─」は、ブランドにゆかりのある場所をモチーフとした、ユニークピースのシリーズである。メゾンは1820年から取引を始めたパリを、運命的に選ぶことを躊躇しなかった。「レ・キャビノティエ・マルタ・トゥールビヨン ─オスマン様式への賛辞─」は、こうして誕生した。スケルトン仕上げの絢爛、ケースを埋め尽くす華麗な彫金、トゥールビヨンを含む自社製ムーブメントの精緻はすべて、“オスマン様式”に通底している。
主に建築の世界の用語であるオスマン様式とは、1853年から70年までパリ市長を務めたジョルジュ=ウジェーヌ・オスマン男爵に由来するものだ。現在の華やかな都のかたちにパリが完成したのは19世紀後半のことであり、その中心を担った人物である。このタイムピースでは彼が描いたパリの理想の街路と同じく、スケルトナイズされた部品の線が芸術的に交錯しながら接合する。建物に課せられた規制と装飾の義務が結果した統一感の如くに全体のプロポーションに優れ、細部の彫刻には一分の隙もない。
幾何学的な道路構成と、芸術的建築。狭義のオスマン様式とはこれらの建物の外観と、ファサードや壁面を飾った装飾を指している。通りから見上げてその美しさに感嘆するパリは、こうして出来上がった。ヴァシュロン・コンスタンタンは、その同じ世紀を共有したのである。
オスマン様式への賛辞を捧げる「レ・キャビノティエ・マルタ・トゥールビヨン」は超薄型キャリバー搭載であり、厚みが12.7mmしかない。その技術的達成の一方で、限られたスペースを巧みに彩る。パリ市街を近代的に一変させると同時に巧みな装飾を積極的に取り入れ、都市をあたかもひとつの芸術作品に仕上げた大改造と、意識が共通する。
ケースの装飾は、オスマン様式建築のファサードから着想を得たものだ。ミドルケースにはライオンが浅浮き彫りで彫金された。これはパリジャン、パリジェンヌにはお馴染みのダンフェール・ロシュロー広場の舌を出したライオン像はじめ、建物の装飾などパリのいたる所で見かけるモチーフだ。ムーブメント上に三角形を組み合わせた意匠の連続が手作業で彫金されているのは89年に完成した鉄の芸術、エッフェル塔に用いられている鉄骨トラス構造から想が得られたものだ。エッフェル塔は当時も今も、オスマンの傑作のすべてを見下ろせる存在である。竣工した時代には驚異的な300mの高さを誇る塔は、フランス革命100周年を記念したパリで第4回万国博覧会のために完成した。この世界で最も偉大な都市改造の19世紀を寿ぐモニュメントは、現代の記念碑的なユニークピースにそのエッセンスを映した。
横一文字のブリッジに支持されたトゥールビヨンのキャリッジは、メゾンを象徴するマルタ十字のフォルムを描く。それもシャンゼリゼ通りに貫かれた広場の中心から放射状に大通りを延ばすエトワール凱旋門と同様に、芸術的主体のシンボリックな造形だ。
光の都と呼ばれる、オスマン様式のパリ。「レ・キャビノティエ・マルタ・ トゥールビヨン ─オスマン様式への賛辞─」が光彩のなかに映しとるのは、まさにそうしたエスプリに異ならない。その腕時計は都市の似姿ではなく、腕時計の形をしたパリそのものなのである。
広田ハカセの「ココがスゴイ!」
ヴァシュロン・コンスタンタンのオートオルロジュリーには、テーマに合わせて技法を選ぶという特徴がある。技巧をマスターすればこそのアプローチだ。
今回、同社が取り組んだのは、さまざまな都市の特徴をタイムピース全体のデザインで表現すること。そのため内外装にはふんだんに彫金が施された。外装で目を引くのは、模様を盛り上げて彫り込むハイレリーフ。懐中時計の時代にはしばしば見られたが、腕時計でこれほど精緻なものは極めて少ない。
それを引き立てるべく、スケルトン化したムーブメントの全面にも緻密な彫金が施された。多くのテクニックを用い、至る所に彫金を施したにもかかわらず、時計としてのまとまりはさすがに非凡。テクニックにパッケージが引きずられないのは、技巧をマスターしたヴァシュロン・コンスタンタンならではだ。
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