毎年、新作で時計愛好家の耳目を集めるチューダー。個人的な2024年の目玉は、新しく加わった「ブラックベイ 58 GMT」である。サイズが小さく薄くなったほか、独自のGMT機能はずば抜けたものだ。
Text & Photographs by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[2024年4月14日公開記事]
ロレックス流のGMTは素晴らしい、しかし課題はあった
副時針で第2時間帯を表示するGMT機能。今の標準は、リュウズを1段引きして、時針を1時間ごとに早送り/逆戻しの出来るものだ。ロレックスが採用したこのシステムは、今や多くのGMTが倣うものになった。個人的な意見を言うと、時針を単独調整できないGMTは実用的とは言えない。
ロレックス流のGMTは、基本的に同じ構造を持っている。リュウズを1段引き出して回すと、1時間ごとに時針が先/後に進む。時針を進め続けると日付も変わり、戻し続けると日付は戻る。さらに1段引き出して回すと、時分針と、それに連動した副時針が回る。
使い方は簡単だ。リュウズを2段引き出して副時針を出発時の時刻に合わせる。そのあと、リュウズを1段押し込んで時針を回し、現在地の時刻表示に変える。簡単で使いやすいこのシステムが、GMTの世界標準になったのは当然だろう。
不可能だった、GMT機能+瞬時日送り機構
自動巻き(Cal.MT5450-U)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。SSケース(直径39mm、厚さ12.8mm)。200m防水。ラバーストラップモデル:61万3800円(税込み)。ブレスレットモデル:64万3500円(税込み)。
チューダーが今回採用したGMT機構は、その進化版と言える。リュウズ1段引きで時針と日付の調整、2段引きで時分針と副時針の調整が出来るのは同じ。しかし、ブラックベイ 58 GMTが載せるGMT機構は、なんと日付の早送りが付いている。ロレックス流のGMTは、針の動きに連動して日付も動くため、逆戻しは出来るが、理論上は瞬時送りができない。というのも、日付を早送りするバネは、逆に戻すと壊れてしまうためだ。日付の早送りと逆戻しは両立できない、が時計業界の常識だったのである。
筆者の知る限り、この常識を破った初のモデルが、グランドセイコーの「GMTクォーツ」である。これは瞬時日送りと日付の逆戻しを両立した大作だった。以降いくつかのメーカーがこの機構に倣い、2024年はチューダーもGMTに瞬時日送りを盛り込んだ「ブラックベイ 58 GMT」をリリースした。チューダーの意図は明確だ。使いやすく、そして壊れにくいGMTを作ること、である。個人的な憶測を言うと、チューダーはグランドセイコーのGMTを研究したのではないか。
感心させられたのは、日付に設けられたセーフティー機能だ。普通に使うと、この時計の日付は12時後に1日進む。GMTモデルとしては珍しい、瞬時日送り機能があるためだ。この状態で針を逆戻しすると、他のGMTモデルに同じく、日付は1日戻る。では、日付が戻った状態で、針を先に進めるとどうなるのか。その場合、日付は早送りされるのではなく、ゆっくり進むのである。日付を早送りするバネは、時針の回転に伴いチャージされる。長い時間回り続ければ瞬時日送りは可能になるが、回る時間が短ければ、チャージは不足する。その場合、瞬時日送りはキャンセルされるのである。チューダーのシステムならば、どんな使い方をしても、カレンダー機構が壊れることはないだろう。
その鍵は、おそらく新しいベースムーブメントにある。既存の「ブラックベイ GMT」に対して、「ブラックベイ 58 GMT」が搭載するムーブメントは薄くて小さい。スペースに余裕があるため、凝った日付表示機構を加えることが出来たのではないか。にもかかわず、ブラックベイ 58 GMTのケースは、直径39mm、厚さ12.8mmと、かなりコンパクトに抑えられた。またブラックベイの常で、ケースの全長が短いため、装着感は想像以上に軽快だ。
この価格では一番優れたGMTかも
さらに“One More Thing”がある。文字盤の表記が示すとおり、これはマスター クロノメーターモデルなのだ。そもそも使いやすいGMT機構に瞬時日送りを合わせ、しかも超耐磁を誇る本作は、この価格で買えるGMTウォッチのベストかもしれない。
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