時計愛好家の生活 M.山村さん「オールイエローゴールドのロレックスを揃えることが子供の頃からの夢でした」

2024.05.01

『Harper's BAZAAR(ハーパーズ バザー)』や『VOGUE(ヴォーグ)』といったファッション誌で、メガネがファッションアイテムとして認知され始めるのは1950年代以降のこと。しかしそれ以前から、フランスでは独創的なメガネ作りが行われていた。そのロマンに魅せられ、ヴィンテージアイウェア販売の第一人者となったM.山村さん。好奇心の赴くままに突き進み、成功を収めてきた人生にはターニングポイントごとに、そのストーリーを彩る腕時計が存在している。

M.山村さん
1980年、神戸市生まれ。米国ニューヨークのヴィンテージショップで販売員やバイヤーを経験し、2012年に世界に先駆けヴィンテージアイウェア専門店「スピークイージー」を開店(神戸市中央区中山手通2-13-8)。オリジナルアイウェアブランド「ギュパール」「ゴールドハマースミス」も手掛け、2022年春には東京・南青山に新店をオープン予定。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
髙井智世:取材・文 Text by Tomoyo Takai
[クロノス日本版 202]


「成長を感じるのは、時計を買えた時。ターニングポイントごとに増やしています」

ノーチラス Ref.3800

「スピークイージー」が安定軌道に乗った頃、山村さんが手に入れたノーチラスRef.3800。シャンパンダイアルを備えたコンビモデル。スピークイージーとは、アメリカの禁酒法時代に流行した“もぐり酒場”のスラングから。バーを居抜きで改装した店内には重厚な雰囲気が漂い、フレンチヴィンテージをはじめとしたメガネがずらりと並ぶ。

 時計と同様、メガネの世界にも深遠なる歴史がある。山村さんは、ヴィンテージアイウェアの第一人者として国内外から注目を集める人物だ。神戸北野、ハンター坂。その一角に山村さんの店「スピークイージー」はある。

 山村さんは5本の腕時計をカウンターに並べて我々を迎えてくれた。パーマのあてられた黒髪に、整った口ひげ、Tシャツの上から軽く羽織られたジャケット。手元には、つい1カ月前に購入されたばかりというオイスター パーペチュアル デイデイトが巻かれている。「オールイエローゴールドのロレックスを、デイトジャストからデイデイトの順で揃えることが子供の頃からの夢でした。今はロレックス以外のブランドに傾倒していますが、夢を叶えたくてこのデイデイトを買いました」。

 小学生の頃から古着ファッション誌を愛読し、中学からファッションとしてのメガネに興味を抱いた山村さん。服飾専門学校で学んだ後、渡米してニューヨークの服屋に就職している。「この頃、ブルックリンで初めて腕時計を買いました。それこそメッキ加工で〝まっきんきん〞のセイコーファイブです。当時の僕に、金無垢のロレックスはまだ買えませんでしたからね」。

ロレックス「オイスター パーペチュアル デイトジャスト」

スピークイージーの開店を決意した頃にシンガポールで購入した、ステンレススティール製のロレックス「オイスター パーペチュアル デイトジャスト」。メガネは山村さんのセレクトをフレンチヴィンテージへとシフトさせた運命の1本、鼈甲色をしたセルロイドの1940年代製メガネ。現在の山村さんの原点を象徴する組み合わせ。

 山村さんはこの頃から個人でヴィンテージアイウェアの収集を始めている。学生時代に見た、1980年代の西ドイツ製中古サングラス「カザール955」を忘れられずにいたのがその背景だ。価格は約6万円、当時の自分では手を出せなかった。「どうしても欲しくてニューヨーク中を探したところ、当時の価格の半値以下で状態の良いものが見付かりました。その時、これは商売になるだろうと気付いたんです」。相場がないほど、まだこのカテゴリーは確立されていなかった。山村さんはヴィンテージアイウェアの発掘に奔走し、売買を繰り返して手持ちを増やしていく。そしてカザールやアルピナ、ペルソールなどのアイテムをトランクいっぱいに詰め込み、帰国した。

 しかし、当時の日本でヴィンテージアイウェアはまったく訴求しない。そこで山村さんはニューヨークで知り合ったタイ出身の友人を頼り、バンコクから販路を広げた。そこに住む、別次元の富豪たちには響いたのだ。3年にわたって出張販売を繰り返し、十分な資金を集めた山村さんは、いよいよ日本で本腰を据え、自身の店を持つことを決意する。その直後、2本目の腕時計を手に入れた。

1940年代のセルロイド製アイウェア

スピークイージーに非売品として保存される1940年代のセルロイド製アイウェア。フレームの色や形状に際立った個性が見られる。一部はフランス・モレのメガネ博物館に展示されているものと同型のミュージアムピース。

「選んだのは、念願のデイトジャストです。開店資金が惜しかったので、金無垢ではなくステンレススティールですが」。バンコクから好アクセスのシンガポールに、ニューヨークで知り合った時計愛好家の友人がおり、彼の薦める店で購入した。店名「スピークイージー」の名付け親ともなったそのシンガポール人は、今も山村さんの時計選びの指南役である。

 ヴィンテージアイウェアの魅力をいち早く宣揚し、店を構えた山村さんの元には世界中から取引オファーが届くようになった。その中に、現在の店の主力となるフランス産ヴィンテージアイウェアの卸元があった。そこで見せられた1本が、再び山村さんの運命を動かす。1940年代の、鼈甲色をしたセルロイド製メガネだ。「これ以上のメガネは存在するのか? それを探し続けて今に至ります」。

 山村さんはフレームの造形と素材が評価ポイントに挙げられると教えてくれた。「今のフレームは主に切削機で作られますが、当時は型抜きでした。両者の大きな違いは角の立ち方にあります。このメガネはリム回りが丸いのに、ブリッジの角はピンピンしている。テレビジョンカットや、骨格に合わせた太さの強弱など繊細な作りも潜んでいる。手作業で丁寧に磨かないと、こうはできません。生産効率も含めて、今の技術では再現しにくいものです」。製造と造形の関係は、時計にも通じる部分がある。素材についても興味深い。一般的なフレームには金属芯があるが、これはセルロイドのみで作られている。

パテック フィリップ「ゴールデン・エリプス」

初のオリジナルブランド「ギュパール」の立ち上げと、東京・有楽町の新店舗開業決定に合わせて購入したパテック フィリップ「ゴールデン・エリプス」の2本。どちらも18Kイエローゴールドケース。白ダイアルモデルはドフィーヌハンドとスモールセコンド、ブルーダイアルモデルは控えめな文字盤の輝きが山村さんのお気に入り。フレンチヴィンテージアイウェアは、セルロイドフレームに金属芯が透けて見える1950年代製。かすかなローズカラーが端麗。

「スイスのジュラ地方では時計作りが盛んですが、フランス側のジュラ地方にあるモレやオヨナといった小さな町は、かつてメガネ作りで名を馳せていました。中でもオヨナはセルロイドを使ったメガネの一大拠点でした。セルロイドとは油分を多く含み、極上のつや感としなりを持つ樹脂素材です。可燃性が高いため、ヨーロッパでは1950年代に生産が禁止されました。行き場をなくしたメガネを抱えて多くの工場が廃業したので、今ではすっかり衰退しています」。山村さんに声を掛けた卸元は、没落した聖地オヨナで眠るデッドストックのメガネを集積したまま、来たるべき時機を待ち続けていたのだ。

 稀少なフランス産ヴィンテージアイウェアを豊富に揃える店として、スピークイージーは国内の業界や目の肥えた人々から支持を得るようになった。この頃、山村さんは新たな腕時計に触手を伸ばす。パテックフィリップのノーチラスだ。「メガネ好きには時計好きも多く、お客様は皆さん格好良い時計をお持ちです。ある日、年配の紳士が着けていた3800を見て、その品の良さにひと目惚れしたんです」。

ロレックス「オイスター パーペチュアル デイデイト」

オールイエローゴールドのロレックス「オイスター パーペチュアル デイデイト」は、“まっきんきん”に憧れた子供時代の夢を叶えるため、南青山の新店舗オープン確定に合わせて入手したもの。メガネは、山村さんが手掛けるふたつめのオリジナルブランド「ゴールドハマースミス」の18Kイエローゴールドモデル。1930年代のメガネの造形がサンプリングされ、フレームには繊細な線刻装飾があしらわれている。

 欲しかったのはやはりオールイエローゴールドモデル。すでに高級時計を1本持っていたため慎重になり、購入までには時間をかけた。しかしこの頃からノーチラスは世界的に入手困難になっていく。焦った山村さんは友人のアンティークディーラーに紹介されたコンビモデルで手を打った。「長く悩みすぎましたね。自分には時期尚早ではないかという自問自答も繰り返していました。ですが思い切って購入してしまうと、こういう買い方を許容できる自分に成長できた、階段を一段上れたんだという実感が湧き、喜びの方が大きかった。後悔するぐらいなら買ってしまおうという教訓を得ました」。

 新しい境地に立った山村さんはこの後、フレンチヴィンテージに範を取るオリジナルブランドを仲間と共に立ち上げ、また東京進出も果たした。それに合わせて、新たな腕時計も立て続けに迎え入れた。ノーチラスを探している間に見付けた、ゴールデン・エリプスの白ダイアルとブルーダイアルの2本である。薄型でシンプルな佇まいが琴線に触れていた。ブルーモデルの購入時には、併せてカルティエのエリプスも手に入れている。これは当時入籍したばかりの女性の手元を飾ることとなった。

カルティエ「エリプス」

カルティエのヴィンテージモデル、ダブルラインのトノー型ケースが特徴の「エリプス」は現在、購入時に入籍したばかりだった妻の手元で時を刻んでいる。山村さん曰く「男女兼用で使えるようにLMサイズを購入したが、妻も気に入り、使ってもらえてうれしい」。セルロイドの透明感がある艶やかなオリーブカラーのメガネは、1940年代に作られたフレンチヴィンテージ。

「自分のターニングポイントごとに腕時計を増やしています」と山村さん。今後欲しいモデルを話し始めると、枚挙に暇がない。時計との幸福な出合いを糧に、今日も新たな道を切り拓いている。


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