色違いが目立った、2024年のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ。パテック フィリップも例外ではなく、お披露目されたのは基本的に既存モデルの文字盤違いだった。しかし、いずれも完成度は高く、しかも「ゴールデン・エリプス」には、なんとゴールドブレスレットが付いた。完成度の高さはやっぱり老舗ならではだ。
Text & Photographs by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
[2024年4月17日公開記事]
新しいゴールデン・エリプスは、何風でもないブレスレットがキモ
2024年のブームのひとつが、金ブレスである。考えられる理由はさまざまだが、ピアジェの「ポロ 79」を筆頭に、各社は金ブレスの付いた新製品をリリースした。これはパテック フィリップも同じ。同社がブレスレットを付け加えたのは、一部の好事家には熱狂的に支持される、「ゴールデン・エリプス」だった。これは、一見ミラネーゼ風だが、サイズ調整できるという優れもの。
1970年代から80年代にかけて、薄い高級時計の多くは、細い線を編み込んだミラネーゼブレスレットを採用した。これは薄いうえ、作り手に技量があれば、コマに適切な遊びをもたらすことのできるものだった。装着時に高級感が感じられるという点で、ミラネーゼにかなうものはない、と筆者は思っている。近年、ヴァン クリーフ&アーペルが採用したのも納得だ。
もっとも、ミラネーゼブレスレットには決定的な弱点があった。編み込んで作るため、非破壊によるサイズ調整が不可能だったのである。ちなみにできなくはない。しかしそのためには、ブレスレットをわざわざカットし、長さを変える必要があった。対していくつかのメーカーは、ミラネーゼブレスレットの終端に普通のコマを加えて、長さ調整が出来るようなアレンジを加えた。好例はブライトリングだ。筆者の知る限り、スイス製のよくできたミラネーゼは、基本的にフォルツハイムのシュタイプが製造したものであるはずだ。ただし同社は、貴金属製のブレスレットを作る経験に乏しい。
同じフォルツハイムのウェレンドルフは、ドイツでは珍しいハイジュエラーだ。金線の編み込みを得意とする同社は、実に素晴らしいリングやネックレスなどを作っている。そんな同社と長年協力関係にあるのがパテック フィリップだ。同社の公式本にスターン家が賛辞を寄せるぐらいだから、関係はよほど深いのだろう。
新しいゴールデン・エリプスのブレスレットは、そんなウェレンドルフが設計・製造したものだ。パテック フィリップは、当初ミラネーゼの採用を検討したらしい。しかし、サイズ調整に難があるため、新しいブレスレットの開発に取り組んだ。ちなみにウェレンドルフは、このブレスレットでスイスの特許を取っている。おそらく特許番号はCH712506、日にちは2021年の2月15日だ。
このブレスレットの特徴は、ミラネーゼ風に見せかけておいて、普通のブレスレットであることだ。コマの連結は、水平方向によるピン。そのピンに、細かい内コマを引っかけることで、一見ミラネーゼ風に見せている。この構造ならば、バックルに近い部分をネジ留めに変えることで、ブレスレットの調整は容易になるだろう。もっとも、普通の人が見たら、ミラネーゼと勘違いするのではないか。それぐらい、ミラネーゼの緻密な遊びが再現されている。また、ヘッドとテールの重量バランスも良好だ。
正直、この構造のブレスレットは、頭の重い時計、例えば「ノーチラス」のプチ・コンプリケーションなどには向かないだろう。しかし、薄い「カラトラバ」には転用できるのではないか。感触を含めて、筆者の挙げるベスト1はこれだ。
自動巻き(Cal.240)。27石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRGケース(縦39.5×横34.5mm、厚さ5.9mm)。3気圧防水。951万円(税込み)。
意匠違い、しかし新しい年次カレンダーのバゲットカットダイヤモンド入りは“映え”の極みだ
パテック フィリップの年次カレンダーは、かなり実用的なモデルだ。筆者からするとパワーリザーブは短いが、自動巻きの巻き上げ効率はかなり良い。しかも、セラミックベアリングを使っているにもかかわらず、ローターの巻き上げ音は小さく、シリコン製ヒゲゼンマイのおかげで、磁気にも強い。価格はめちゃ高いが、愛用する人が多いのも納得だ。そんな年次カレンダーのRef.5396に加わったのが、インデックスをバゲットカットに改めたモデルである。正確に言うと、18KYGをディスコンにし、24年は18KWGケースを加えた。個人的には、バゲットカットと18KWGの組み合わせはいっそう望ましいものだ。
典型的なカラトラバスタイルを持つRef.5396は、見事なまでにドレスウォッチのデザインを体現している。長いインデックスにドーフィン針、そして薄いケース。加えて24年モデルは、そのインデックスをダイヤモンドに改めた。いっそうドレス感が強まると思いきや、さにあらず。インデックスを短く切ることで、適度なカジュアル感が出たのである。また、既存モデルではやや中心に寄り気味のポインターデイトと月齢表示も、短いインデックスのおかげで目立たない。腰が据わったデザイン、とは言えないものの、デザインのバランスはより改善されている。
インデックスのバゲットカットセッティングは見事と言うほかない。バゲットカットの上下を爪で留めるのは、例えばロレックスの「デイデイト」に同じ。しかし、下の台座をできるだけ細く絞ったところにパテック フィリップらしさがある。台座を絞ることで、ダイヤモンドを目立たせるアプローチだ。また、爪そのものも控えめなサイズで、一見、石留めされていることが分からない。台座を大きく見せることで、石を強固に固定し、またインデックスの存在感を増やそうとする他社のセッティングとは一線を画している。分かる人だけ分かってくれ、というパテック フィリップの主張の表れか。
正直、普通の年次カレンダーでさえも、素晴らしい時計と思っている。個人的にはブレゲ数字のRef.5396がベストだが、インデックスをダイヤモンドに代えた本作は、それを超えるかもしれない。18KYGモデルにはあまり引かれなかったが、18KWGモデルは、白いケースとバゲットダイヤモンドがマッチしているし、しかもバケットを過剰に感じさせない手腕が光る。加えて言うと、既存のRef.5396に比べて、無茶な値付けがされているわけでもないのである。使えるドレスウォッチが欲しい人にとって、これは非常に良い選択ではないか。
自動巻き(Cal.26-330 S QA LU 24H)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWGケース(直径38.5mm、厚さ11.2mm)。3気圧防水。1006万円(税込み)。
おまけ
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