登場以来、時計愛好家の心を鷲掴みにし続けてきた「ロンジン マスターコレクション」のスモールセコンドモデル。今回はその中でも、特に人気のサーモンピンク文字盤モデルRef.L2.843.4.93.2を着用した。同作のディテールひとつひとつが、時計好きにとって“肴”になる、そんな完成度を持つ時計だ。
Text & Photographs by Yuto Hosoda(Chronos-Japan)
[2024年4月18日公開記事]
復刻時計の雄が作った、クラシカルな現代時計「ロンジン マスターコレクション」
サンティミエの名門、ロンジン。長きにわたってスイス時計業界の最前線に立ち、名作を多く送り出してきた同社の強みとして、筆者は度々、その豊富なアーカイブを活かした復刻モデルの存在を挙げてきた。
かつての名作を3Dスキャナーによってデータ化し、現代的に改良した上で送り出す。一見、元となる時計があれば簡単そうに思えるが、口うるさい愛好家たちから支持を得つつも、アップデートを施すのは至難の業である。実際、ロンジンの復刻モデルも、かつては日付表示の有無やスモールセコンドの位置など、惜しいポイントが散見されていたものだ。
しかし同社は愛好家たちの声に耳を傾け、また、ヘリテージ部門のトップに筋金入りの“ロンジンオタク”を招聘することで、この問題に対処した。現在、ロンジンの復刻モデルに隙や妥協が見られないのはこのためだ。
そしてロンジンは復刻モデルの製作で培ったノウハウを転用して、新たな試みにチャレンジするようになる。それが創業190周年を記念して2022年に発表した「ロンジン マスターコレクション 190周年モデル」だ。
同作でロンジンは特定のモデルを復刻するのではなく、数多くのアーカイブモデルからデザイン要素を抽出。オリジナルモデルが存在しない全く新しい時計ながら、どこか懐かしさを感じさせるクラシカルな様相を湛えている。
さて前置きが長くなったが、そんな190周年モデルをベースにスモールセコンド化したのが、今回着用した「ロンジン マスターコレクション」だ。このモデルは文字盤カラーが「シルバー」「サーモン」「アンスラサイト」の3色用意されており、インプレッションではサーモンダイアルのRef.L2.843.4.93.2を選択させてもらった。いずれも魅力的なモデルだが、特にトレンドカラーということで注目度も高いモデルである。
自動巻き(Cal.L893)。26石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径38.5mm、厚さ10.2mm)。3気圧防水。37万8400円(税込み)。
優れた装着感の秘密は短いラグとケース径にアリ
手に取り、腕に載せて真っ先に感じたのが、サイズ感が絶妙だということ。理由は明確で、ケースサイズが直径38.5mmと小径なうえ、厚さも10.2mmに抑えられているからだ。また写真からも明らかなように、ラグの短い同作は全長も控えめで、その長さは44.9mmである。腕の収まりが良好なわけだ。
ちなみにラグを短くし、全長を抑えることで装着感を向上させる手法は昨今のトレンドでもある。本作が想起させるような1950〜60年代の時計であれば、ケースの全長に対してラグの占める割合はより多く、つまりはケースがより小径に、その分ラグが長くなっていただろう。
クラシカルな時計が好きな人であれば、ここは好みが分かれるところかもしれない。しかし、この短いラグこそ同作が復刻モデルではなく、全く新規で作られた現代の時計であることを示しているのだ。
一見、古典的なインデックスは最新技術の結晶
もう1点、ロンジン マスターコレクションには、最新コレクションであることを象徴するポイントが備わっている。それがアラビア数字のインデックスだ。深く掘り込まれたインデックスは一見、古典的な手彫りのよう。しかし37万8400円という価格からも想像が付くように、職人が手作業で彫っているわけもなく、実際のところは微細加工機によるものだ。
レーザーではここまで深く彫ることはできず、従来のCNCでは「12」などに見られる細やかなカーブを描くことも難しい。その上、切削跡は皆無だ。一昔前だったら、このクオリティのインデックスは熟練の職人による手作業以外、不可能だっただろう。
時計界隈では、出来のいい時計を肴に酒を嗜む紳士が一定数存在する。そんな酒の“アテ”といえば、大半がムーブメントの面取りや戻り角、面の均一なケースの磨きであり、そのほとんどが手仕事によるものだ。しかし、明言しよう。ロンジン マスターコレクションのインデックスは機械彫りだが、酒が飲める。
また、ロンジン マスターコレクションの3作はそれぞれ文字盤の仕上げが異なっており、サーモンダイアルにのみ入れられる縦筋目も最新の工作機械による恩恵を存分に受けている。ここまで細かい筋目を均一に、そして長く入れることは手作業では不可能だ。こちらも微細加工機を投入できる、現在だからこそ可能なディテールだ。
搭載ムーブメントはキャラクターにあった堅実なもの
文字盤だけ取っても、手元にあればじっと見たくなる要素がいくつも積み重ねられている。ロンジン マスターコレクションはそんな時計だ。そして玄人好みの構成を持つ同作だけに、ムーブメントも相応のものが採用されている。
搭載される自動巻きムーブメントのCal.L893はETAのCal.A31.L21をロンジン専用に改良・仕上げ直ししたものだ。ベースのCal.A31系は元々、Cal.2892A2のヒゲゼンマイをシリコン製にし、振動数を落としてロングパワーリザーブ化したもの。
元々の素性からして良いムーブメントを改良しているため、Cal.L893はそつがなく、好印象だ。装飾は控えめで、特に抜きん出たスペックや機構を有している訳でもない。しかし薄く、実用的なパワーリザーブを持ち、そこそこに精度が良く、磁気にも強い。おまけに針回しの感触までいいときた!
時計のキャラクターを考えれば、華美な仕上げは必要ない。代わりにこの価格の中で実用的なスペックと操作性をしっかりと詰めている点は、むしろ好感が持てる。魅せるポイントは外装に集中しているのだから、ムーブメントはこれで十分なのだ。このメリハリがロンジンの強みでもある。
分かる人には〝ツマミ〟になる腕時計
元々気になっていた時計だけに、インプレッション用に鶴岡が借りてきたと聞くや否や、彼女から取り上げて、1週間ほど着用させてもらったロンジン マスターコレクション。正直、着けなければ良かったと後悔している。まさかここまで欲しくなるとは思わなかったのだ。
期間中は時計好きと会うたびに「見せてほしい」と請われ、プチオフ会が開催される。細田は自分の時計でもないのに、なぜか得意げだ。この1週間は肌身離さず着け、手に取るたびに感心していた。
30万円台という価格は高級時計の世界に足を踏み入れてみたいと考える層にとって、手が出しやすい価格だろう。気軽に高級時計がどんなものなのかを知りたいという人には是非おすすめだ。しかしロンジン マスターコレクション、特にサーモンダイアルモデルに関しては一通り、高級時計を使ってきた層にこそ着用してもらいたい。
なぜなら前述の通り、この時計は「見るべきポイントが見れる人」であれば、“ツマミ”になる時計だからだ。
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