千葉県在住のY.D.さんは、いわゆる時計愛好家とはちょっと違うかもしれない。持っている時計も少ないし、コレクターたちと時計談議をするわけでもない。しかも、買うのは普段使いのできる時計のみ。仕事にしたって、医師や弁護士、会社の経営者ではない。しかし、彼は自分の足で立ち、やがてキクチナカガワの「ムラクモ」を手にするに至った。彼を彩ったそれぞれの時計からは、ひとりの人間の明確な輪郭が透けて見える。
大阪府生まれ。大学卒業後、部品メーカーに勤務。退社後は、さまざまな就職先を探すも思うように行かずに苦戦する。32歳の時、作業員としてある整備会社に就職。その会社で頭角を現して、今や会社の経営に携わるようになった。独立時計師である中川友就氏と知り合うことで、2021年に「ムラクモ」を手にした。
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]
「昔ひとりで物事を決められなかったから〝決めてる人〟の時計を買おうと思った」
「今までの生い立ちですか? 昭和56年に大阪で生まれました。6歳で関東に来て、大学を出た後、神奈川県にある部品工場で働きました。23歳の時ですね。その会社がリコール騒ぎを起こした時に、リコールの情報を出したほうがいいと会社に言ったんです。でも会社は隠すと決めた。こんな会社では働けないと思い、28歳で辞めました。その後、法科大学院に行こうと思って、3年間自宅で勉強していたんです。でも勉強どころではないと思い、再就職を考えました。でも3年のブランクがあるから、100社ほど受けたけどダメでしたね。それだけ落ちるとヤケになりますよ。社会は自分を必要としていないんじゃないか、とね。
銀座の商社には受かったんです。ですが、何をやっても怒られる。声の出し方もだめと言われて、2カ月で辞めさせられました。その時、広田さんから連絡をもらって、一緒に焼き肉を食べに行ったんですよね。新大久保の店でしたっけ? その後、32歳で今の会社に入り、今年で40歳になりました。就職する時に、広田さんに『食べているうちに食欲が湧く』と言われて、続けてみようと思った。今の会社はいろいろ細かく指示をしなかったのがよかったんでしょう。自分には合っていましたね。現場で作業をし、お金の計算もし、コントロールをする。
時計が好きになったきっかけですか? 部品工場の尊敬する先輩が、ロレックスを持っていたんですよ。ひとつぐらいイイ時計を買えばと勧められて、2008年にパネライを買いました。それからネットを見たり、雑誌を見たりするようになりましたね。(時計コレクターの)白苺さんが絶賛していたザ・シチズンのメカニカルを買いました。2010年でした。その後、ネットで見たランディ・ブルーを、パネライを売ったお金で買いました。2012年だったと思います。プロレスラーの棚橋弘至に影響されてG-SHOCKを買ったのは2015年でした。ショパールのLUC XPは日本橋三越本店で買いました。高いものだから、きちんと買いたいと思ったんです。そして2020年にシャネル 銀座で『J12』を買いました。これは現場の作業用ですね。作業服にG-SHOCKを着ける人はいるけど、シャネルのJ12はいない(笑)。面白いじゃないですか。
今、時計を選ぶ基準は、日常生活で使えるかどうか、だけですね。現場仕事ですから、水がダメ、ショックがダメ、磁気がダメなんです。壊れる時計は気を使いすぎるから怖いですね。G-SHOCK歴は普通の5600からです。デジタルは好きじゃなかったけど、これは良かったですね。そこで『MR-G』に飛躍しました。その当時、苫米地英人博士もG-SHOCKを推していましたし。でも、自分でセーブしないとと思い、高いモデルを買うのはやめました。
時計を集めている人たちは、苦しそうに見えるんですよね。追い回されている感じがするんです。だから自分は使わなくなったら手放す、と決めました。ステンレスのG-SHOCKも買いましたけど、着け心地がいまいちで、メルカリで売りましたよ。(独立時計師の)中川友就さんとはSNSで知り合いました。ダイレクトメールが来て、なぜか気が合ったので、会うようになりました。初めて会った時、中川さんが当時、手掛けていたザ・シチズン自動巻きのローターをくれたんですよ。その後も、『ムラクモ』を見せてくれた。こんな時計は使わないと思いましたし、最初は見ても良さが分からないんです。でも、見ているうちにジワジワ来ましたね。そこで2020年に注文して、2021年の3月に納品されました。中川さんには使う方がかっこいいと言われて、臆さず使うようになりました。時計に200万払うって、ためらいがあったけど、手にしてよかったですね。
中川さんって、スイスで時計の修業をして、シチズンに就職できるような人だから、定年まで働けるじゃないですか。でも辞めて、自分で時計を作るようになった。試行錯誤して、自分で決めてやっているのが分かるんです。だから、応援する気分でムラクモを注文しましたね。自分は、昔自分ひとりで物事を決められなかったけど、ようやく決められるようになった。だから『決めてる人』の時計を買おうと思ったのです。
中川さんはひとりで時計師の仕事を始めましたよね。出た時に、ムラクモは自社製ムーブメントじゃないと言っていた人たちも、やがてあれはいいねと言うようになった。自分が目指すのは、そこなのかもしれません。ムラクモは作業着にも着けていますね。作業着の袖にはボタンがあって、時計に当たると傷が付くけど、大丈夫でしたよ。ムラクモを持ってみて、ピカピカの時計は怖くなくなりました。昔は人の目ばかり気にしていましたが、30歳をすぎるとどうでもいいんですよね。
続いている趣味は、プロレスと時計です。よく続いていると思いますよ。プロレスを見るようになったきっかけは、棚橋とワタミの会長がラジオで話しているのを聞いてからですね。とにかくプロレスを見に来てくれと。分からないまま見に行って、今も続いています。でも、時計もプロレスも、変化があるから続いているんでしょうね。それと趣味も仕事も、続けるには無理をしないことが大事だと思っています。無理をすると疲れるでしょう?
入社当時の社員は8人でしたが、今は40人以上に増えましたね。他の人が行かないから、仕事ではアフリカなどにも行くようになりました。会社が大きくなり、今では現場をコントロールしたり、全体を見たりするようになりましたが、スタンスは昔と変わっていません。というのも、会社内での立場が変わっても、現場に行くと、やっぱり自分の名前で呼んでもらえないんですよ。あくまでも末端の下請けなんです。だから、勘違いせずに、自分の立ち位置を確認できているのかもしれません。誰とでも、同じ目線で語るのは大事だと思っています。
昔に比べて収入は増えましたね。でも、昔から、生活費は変えてないんです。クルマも昔と同じままです。何かあった時にパッと払えればいいと思っているので、無駄なお金は使っていませんね。時計以外では、格闘技を見たり、まとまった休みがある時は、青森の温泉に行ったりするぐらいです。
パテック フィリップなどは買おうと思えば買えるけど、今は必要ないでしょう。タイミングが合えば手にするかもしれませんが、少なくとも今ではないですね。会社の人も、自分の時計趣味は知らないですよ。聞かれれば答えるけど、本当に知っているのは社長だけじゃないですか。そんな彼は最近のクォーツのグランドセイコーを買ったみたいですね。
何かあると、100社落ちたときの履歴書の束を、たまに見返していたんです。でも最近、捨ててもいいかなと思って捨てました。ようやく清算できた気がします。
今、会社には若い子が入社しているんですよ。みんな22歳や23歳で、会社に入った時の自分より若い。他の人は若い奴はダメと言うけど、僕は何とかなると言っています。今の会社で2〜3年働いて、そう思ったんです。生きていれば何とかなりますよ。自分でやれば、何とかなるんです」
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