クラシカルなアラームウォッチと1970年代風デザインの時計という、キャラクターの異なる2ジャンルを収集するコレクターがN.T.さんだ。彼はコレクターであると同時に、独学で時計修理を習得してしまうほどの実践派でもある。どうして時計趣味に浸るようになったのか? なぜ自身で修理をしようと思ったのか? Nさんならではの時計愛を語ってもらった。
ITと金融にルーツを持ち、新たにFintechに挑むビジネスパーソン。一時期離れていた時計収集をタイ在住時に再開してからは、独学で時計修理の技術を習得するなど、より密度の濃い趣味生活を送る。一度欲しいと思った時計に対しては常にアンテナを張り、何年かかってもベストな1本が出るまで待ち続ける“気長”な愛好家だ。
細田雄人(本誌):取材・文 Text by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]
「自分で修理をした時計は子供のようなもの。なかなか手放すことができません」
ヴィンテージウォッチを中心としたコレクションを持つNさんは、それらのモデルを収集する際に得た知識を後世に残すべく、SNSに情報を投稿する時計愛好家だ。その深い見識と知識はどのようにして得たものなのか? そのルーツを探るべく、腕時計との出合いから語ってもらった。
「もともと社会人になるまで時計に興味がそこまであるわけでもなく、趣味といえばピアノでした。現在でも趣味にかける時間の比率は、時計とピアノで50:50です。ただし、関西の大学を卒業後、東京のIT企業に就職してからは置き場所の問題などで一時的に離れていました」
上京したばかりの新卒社員が、家賃の高い東京でピアノを置けるような部屋に住むことは確かに困難だ。ピアノから距離を置かざるを得なくなったNさんだが、東京での生活で新しい趣味を見つけることとなる。
「就職先では最初こそシチズンのアナデジテンプを着用していましたが、次第にもっとしっかりとした時計が欲しいと思うようになりました。そこでひたすらebayで安い時計を探し始めたんです。当時、高級時計といったらオメガくらいしか知らなかったので、それこそ〝Omega cheap〞といったキーワードで(笑)。そうして380ドルの『シーマスター コスミック』を入手しました。それである日、この時計を着けて深夜にひとりで残業をしていたら、腕からカチカチと音が聞こえてきたんです。最初は何だろうと思ったのですが、すぐにシーマスター コスミックの音だと気付きました。その時、孤独だと思った深夜の職場でシーマスター コスミックが自分に寄り添ってくれているような気がして、親近感を覚えました。それで初めて『時計っていいな!』と思うようになったんです」
こうして腕時計に興味を持ち始めたNさん。探究心の強い彼は、腕時計についていろいろと調べるようになる。
「シーマスター コスミックを購入した当初は、そもそも機械式時計というものの存在も知らなかったんです。それが調べていくうちに、自分の時計が『どうやら自動巻きというものであるらしい』と理解します。最初はどうして電池もないのに動くのかと不思議に思いましたね。そんな折にアラームウォッチというものの存在を知りました。『電池もないのに〝アラーム機能〞とはどういうことだろう?』と気になって、それで2本目はオメガの『シーマスター メモマチック』を購入しました」
時計趣味2本目にして、早くもアラームウォッチを手にしたNさん。その後は安価ながらもアラーム音が素晴らしいというセイコー「ベルマチック」やヴァルカン「クリケット」を購入するなど、アラームウォッチの世界にのめり込んでいくことになる。
「やはりアラームウォッチを集めるようになるとジャガー・ルクルトの『メモボックス』に憧れを抱くようになりましたね。とはいえ、それまで購入してきた時計とは金額もかなり異なるため、この時は買うことができませんでした」
上京して数年が経ち、東京での生活も落ち着いた頃、Nさんは家庭を持った。すると、子育てと仕事に忙殺され、自分の時間が取れない日々が続く。そして、これを機に時計趣味から離れることを決意する。「子供が生まれて、時計趣味から手を引きました。その後、子育て環境を考慮して身寄りのない東京を離れようという話になったんです。海外に住みたいという思いもあり、縁のあったタイ・バンコクに行こうと。都会ですしね。ところが、海外に行くとやはり腕時計が愛おしくなるんです。腕時計は異国の地で頼ることができる、掛け替えのない〝相棒〞なんですね」。
このタイへの移住が、Nさんの時計趣味の大きな転換点となる。Nさんは移住して以来、時計収集を再開しただけでなく、自身で時計の修理まで行うようになったのだ。
「街の時計屋に風防交換を頼んだところ、もともとあったインナーリングが装備されずに返ってきたんです。ここにあったパーツはどうしたと尋ねても、いまいちピンときていない(笑)。結局、後から見つけることはできたのですが、この時に自分の時計は自分で整備できなくては、と考えるようになりました」。そう決意したNさんは独学で時計修理を学び始めることとなる。
より密度濃く、時計趣味を再開したNさん。時計の購入資金が貯まり、憧れだったメモボックスも入手できたという頃から、アラームウォッチと並行して一風変わったジャンルも集めるようになる。それがイエマ「ミーングラフ スーパー」をはじめとする1970年代風デザインを持つ時計だ。
「ちょうど時計修理を始めた頃、ルパン三世にハマっていまして、ルパンが第1シリーズ第1話で着用している時計を探していたんです。そうしたらイエマ『ミーングラフ スーパー』にたどり着き、コレクションするようになりました。現在ではバルジュー7733搭載の『ミーングラフ スーパー』を4本とクォーツ式の復刻モデル『ミーングラフ スーパー R70』、それに3針の『ミーングラフ』の計6本を所有しています。この手の70年代風デザイン時計に興味を持つようになってからは、UTDESIGN(日本の時計愛好家UT氏による個人サイト)やCrazyWatches(海外の時計愛好家サイト)で情報を得ながら、何年もかけて時計を集めました」
70年代風ウォッチのコレクションを他にも見せてもらうと、エルジンの通称〝メカデジクロノ〞やウィットナー「フューチュラマ 1000」、ヒューレット・パッカード「HP-01」、ゾディアック「アストロディジット」など、個性的なモデルが数多く並ぶ。機械式アラームウォッチとはキャラクターがまったく異なるが、どのような点に惹かれるのか?
「ムーブメントの設計・工夫に感動を覚えてアラームウォッチを購入するのに対して、イエマやウィットナーはデザイン重視です。『時刻を表示するためだけに、ここまでするのか!』と思える時計が好きなんです」
なるほど、時計選びにおいて搭載される〝機械〞に軸を置けばアラームウォッチが、〝デザイン〞に軸を置けば70年代風ウォッチが収集の対象となるということだろう。
ここまで話を聞いて、Nさんの時計趣味に対して若干の理解を得られた途端、そのコレクションのある1本が急速に異質なものに見えてくる。メインカットで着用しているA.ランゲ&ゾーネ「1815 クロノグラフ」だ。時計趣味の正統派とも言える同モデルだが、ラーゲン・セミコンダクター「シンクローナ 2100」やゾディアック、HPの中に交ざると、むしろ異端である。
「どうせなら最高のクロノグラフを手にしたいと思ったんです。実は時計にまだ詳しくない頃、何となくランゲのブティックに入って、その価格に驚きました。どれも当時の自分じゃ到底買えないような金額でしたが、対応してくれた店員さんが『今は買えなくても、いつかこれを買ってやる!と思って仕事を頑張る方も多いんです。だから遠慮なく見ていってください』と言ってくれて感動したんです。そんな経験もあって1815 クロノグラフを選びました」
最後に時計趣味のどのような点に魅力を感じるのか聞いてみた。
「肌の色や顔は生まれながらに決まっていて、自分で選べませんが、時計は誰にでも選ぶ自由がある。なりたい自分になれるのがいいですよね。それと時計って各国のいろいろなローカルが集まって多様性を成す、真にグローバルな存在なんです。そんな時計を通じて知り合った同好の士との関係もまた、魅力のひとつです」
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