IWC「ポルトギーゼ・クロノグラフ」を着用レビュー。25年超のロングセラーモデルが持つ実力に納得

2024.04.26

1998年の登場以来、IWCのアイコンモデルとなっているのが「ポルトギーゼ・クロノグラフ」だ。小さなマイナーチェンジはあるものの、モデルチェンジすることなく継承されるロングセラーモデルである。今回、インプレッションに選ばれたのは、2020年に自社開発ムーブメントを搭載して登場したRef.IW371606だ。定番中の定番モデルの実力はいかに。

小泉庸子:文・写真
Text & Photographs by Yoko Koizumi
[2024年4月26日公開記事]


IWC「ポルトギーゼ・クロノグラフ」をインプレッション

IWC ポルトギーゼ・クロノグラフ

IWC「ポルトギーゼ・クロノグラフ」Ref.IW371606
2020年に発表された新型「ポルトギーゼ・クロノグラフ」Ref.IW371606。ムーブメントに自社製のCal.69355を搭載する。自動巻き(Cal.69355)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SSケース(直径41mm、厚さ13mm)。30m防水。SS製フォールディングバックル付きのアリゲーター・ストラップ。117万7000円(税込み)。


アメリカの合理主義と進取の気性がIWCの礎

 IWCは時計らしい時計を丁寧に作っていて、好きなウォッチメーカーのひとつだ。ただこれまで、残念なことにご縁がなく、今回の「ポルトギーゼ・クロノグラフ」は我が家の敷居をまたいだ最初のIWCとなった。

 筆者が時計の雑誌をつくるようになった1996年、今ほど世にブランドは多くなく、また機構も複雑ではなかったし、そして熱もさほど高くはなかったので、ゆっくりと時計と接することができた。そして担当していた雑誌は新製品とともにアンティークやユーズドも紹介できたので――こんなことができたのもいい時代だった証し――ありがたくも新製品の「IWC」とアンティークの「International Watch Co」に同時に触れることができたし、歴史を時系列で体感できたことから、系統立てて時計を知る機会が得られた。本当にいい時間を過ごさせてもらったなぁ。

 芋づる式に思い出されてきた。ちなみにアンティークでIWCは、IWCではなく筆記体でInternational Watch Coと表記されていて、会話の端々に「筆記体」を使うのがツウっぽくて、よく口の端に上らせていた。「それ、筆記体?」とか、「筆記体じゃないとね」とか……いやいや、なんとも恥ずかしい。

IWC ポルトギーゼ

1939年に製造されたとされるオリジナルのポルトギーゼ(Ref. 325)。現在に続くデザインの原点だ。社名は筆記体で表記されている。

 その頃のスイスを拠点とするウォッチメーカーの社名は、ほとんどがフランス語表記。――われわれジャパニーズはそれらを思い切ったカタカナで読み下した。中には口にするのがはばかられるものもある――それゆえに、IWCの“英語”は異色だった。それを不思議に感じ、その歴史を知り納得した。

 IWCのホームページの「沿革」の該当部分を引用する。

 「ボストン出身の時計師、フロレンタイン・アリオスト・ジョーンズがインターナショナル・ウォッチ・カンパニー(IWC)を創立したのは 1868年のことでした。ジョーンズは、スイスが誇る優秀な時計師の技と、最新の製造技術、近隣にあるライン川の水力発電を利用し、最高品質のポケットウォッチ・ムーブメントの製作を可能にしたのです。」

 米国マサチューセッツ州ボストン出身のジョーンズ(1841-1916)が求めたのは、アメリカ市場に向けた高品質の懐中時計を製作すること。たとえスイスのシャフハウゼンに本社を構えたとしても、市場を考えれば英語表記というのも理に適っている。

 ちなみにシャフハウゼンはドイツの国境に近く、スイス時計産業の中心地であるジュネーブやバーゼルといったフランス語圏から離れていたが、近代的な工場用地、ライン川の水流を活かした水力発電所があり、「次世代」型の時計作りが可能な場所だったということもできるだろう。

 ドイツ気質があるシャフハウゼンという土地で育まれていった質実剛健、ムダのないデザイン、そしてアメリカの合理主義的な発想とスイスに根差す技術力など、IWCに内包されるエッセンスはこの地を選んだことにも起因しているように思える。

 1994年は「マークXII(マーク12)」が登場したこともあって絶大な人気を誇っており――それは今も続いている――勤めていた会社がミリタリーアイテムに強かったこともあり、筆者の目には合理主義の最たるミリタリーウォッチが好ましく映っていた。「IWCといえばパイロットウォッチ」であった。96年にポルトギーゼが本格的に復活を果たしたのだが、その頃は失礼ながらその本質や魅力がよく分かっていなかった。編集者なのに、そんな視野が狭くていいのかとあの頃の私に言ってやりたい。

IWC ポルトギーゼ・クロノグラフ

1996年に発表された「ポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパンテ」(Ref. 3712)により、ポルトギーゼは本格的に復活を果たす。手巻き。


ふたりのポルトガル人が発注。だから「ポルトギーゼ」

 誤解してほしくないが、ポルトギーゼの魅力は理解しているつもりである。まず誕生のきっかけとなったエピソードが想像をかき立てて、素晴らしい。

 「1939 『ポルトギーゼ』が誕生。2人のポルトガル商人が高精度のポケットウォッチ・ムーブメントを搭載した大型の腕時計を注文したのが始まりであった。(ホームページより)」

 もう少し詳しい依頼を書くと、彼らは航海用の時計であるマリンクロノメーターに匹敵する精度を求めたという。30年代は腕時計の黎明期であり、精度を出すことも、それを長い時間維持することも難しかった。また求めるような高い精度を出すためには大型ムーブメントは必須だった。つまりポルトガル人の注文を受けるには懐中時計用ムーブメントの使用は不可欠だったのだ。そうなれば必然的に時計は大きくなり、直径36.6mmのムーブメントを直径42mmのケースに収めた。

 ポルトガル人を意味するPORTUGUESE(ポルトギーゼ)がそのままモデル名になったのは、製作中や完成後、IWCの時計職人たちが折に触れて、「ポルトガル人の時計ができてない」とか、「ほらほら、あのポルトガル人に作った時計だよ」などと、口にしたからではないだろうか。大きな腕時計のことをポルトギーゼと呼んだかもしれない。「そのサイズじゃ、ポルトギーゼだよ」なんて言ったりして。いや、あくまでも想像です。

 そのポルトギーゼがコレクションとして復活を果たしたのが、先に述べた通り28年前の96年のこと。手巻き式の「ポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパンテ」、そして98年に自動巻きの「ポルトギーゼ・クロノグラフ」(Ref. 3714)を発表している。

 そしてIWCは創立150周年の2018年、自社製自動巻きクロノグラフムーブメントCal.69355を搭載した「ポルトギーゼ・クロノグラフ”150イヤーズ“」を限定2000本で発表。そして20年、Cal.69355を搭載し、そして今に続く新たな「ポルトギーゼ・クロノグラフ」(Ref. 3716)が登場する。

 どんな音がするのだろうと耳に当ててみたところ、あまりにも静かで最初は聞き取れないほど。静かな場所で耳をすませて初めて小さく、けれども誠実かつ精確な“カチコチ音”が聞けた。このムーブメントの精度は音でも確認してほしい。素晴らしく繊細で、うっとりする音色である。

 そしてプッシュボタンの感触は、操作感を残しながらも柔らかで、運針もスムーズ。またストップからのリセットでは、クロノグラフ秒針の帰零もシャープで、ムーブメントの音色を楽しむだけでなく、こちらの感触も確かめていただきたい。

 ちなみにこのムーブメントについては、クロノス本紙、またwebChronosで詳細が掲載されているので、そちらでご確認ください。

IWC ポルトギーゼ・クロノグラフ

2020年に登場したポルトギーゼ・クロノグラフ(Ref.3716)からシースルーバック仕様に。搭載される自社開発ムーブメントCal.69355はラチェット式の両方向巻きの自動巻きで、巻き上げ効率がいい。


定番中の定番は使うほどに魅力が増す

 さて。ポルトギーゼは大きい。直径41mm、厚さ13mmという数値を見ても明らかだ。これはポルトギーゼが誕生した際の、懐中時計用ムーブメントを採用したという歴史的背景をサイズで表現しているためである。

 しかもベゼルを薄く設計しているので、より文字盤を大きく見せる効果もある。ベゼルは庇(ひさし)のようにケースからほんの少し張り出していて、これによりプッシュボタンとリュウズをコンパクトに見せている。これも文字盤へ視線を集中させる工夫だろう。

 ケースはほぼ寸胴で、横から見ていただければ分かる通り、大きい時計を小さく見せるため、また装着感を向上させるためにケースの裏側をラウンドさせたり、ケースにデコレーションを加えるといった設計は一切行っていない。しかもシースルーバックの分、裏蓋には膨らみがあるほどだ。これも装着感にネガティブに働くのではないかと思われた。

 だから、時計を最初に見たとき「手首で時計が動くのではないか」と思ったのだ。しかもかなり繊細なつくりのレザーストラップである。このボリュームを御せるのか、とも。しかし実際に着けてみると、それらは杞憂に過ぎなかった。そしてロングセラーの本質を知ることになった。「こんなに大きいのに? こんなにフィットするの?」。

 もしポルトギーゼを敬遠する理由がサイズなら、それはとてももったいないことだと思う。ぜひ1度試着してみるべきである。

IWC ポルトギーゼ・クロノグラフ

斜めにしても瞬時に時刻が判別できるのは使い勝手がいい。

 そして使っているうちに感心したのが“抜群”の視認性である。その理由は文字盤と風防ガラスの間が狭いためだ。これにより、かなり斜めの状態でも時刻が確実に読み取れるのだ。これはクルマを運転しているときに気付いたのだが、ハンドルを握ったまま読み取れたのは新鮮な驚きだった。もちろん、サイズ面でのアドバンテージもあるだろうし、またサファイアガラスの両面に反射防止加工が施されていることも手伝っているが、そんな時計はゴマンとある。視認性が高い理由は「ポルトギーゼ・クロノグラフ」だからだ。

 ドットと分針、外周の目盛りとクロノグラフ秒針、アプライドインデックスの立体感など、ダイアル内のすべてで、これ以上もこれ以下もない、絶妙なバランスの上に成り立っていて、まさに「これしかない」デザインなのである。もちろん各パーツの作り込みの見事さ、かたちの美しさなどは言うに及ばず。視認性の高さはこれらパーツ同士の最強のバランスから生み出された結果であり、これぞIWCのスタンダードモデルの実力なのだ。

IWC ポルトギーゼ・クロノグラフ

 ポルトギーゼ・クロノグラフは1996年の誕生以来、マイナーチェンジはあるものの、モデルチェンジをすることなく継承されてきている。IWCがデザインを変えないのは、このモデルの持つデザインの力を信じている証左といえるだろう。

 こうした特徴に気付けたのも2週間以上使用できたからこそ。パッと見たときに惹かれる時計もいい。だが、このモデルのように愛用していくうちに気付く魅力があると、より離れがたい時計になっていくのではないか。長く愛用するべきモデルといえるだろう。


もうひとりのインプレッション

 今回は筆者以外にも、昨年にポルトギーゼ・クロノグラフを購入した方のインプレッションを聞いてみた。それが仕事で付き合いのある40代前半の男性だ。

 40代になったこと、また部長職という立場であること、そして同僚や先輩も名のあるブランドの時計を着けていたことから、昨年、「そろそろ自分もいい時計を持ちたい」という気持ちになったそうだ。また数年前に長男が生まれたことで、「継承する」という気持ちが芽生えたことも理由のひとつになったという。

 百貨店の時計フロアを巡り、さまざまな時計を見る中で、IWCに、そしてポルトギーゼ・クロノグラフに出会った。スタイリッシュな雰囲気が気に入り、インターネット等で知識を増やしながら、購入に至ったという。

IWC ポルトギーゼ・クロノグラフ

俳優の鈴木亮平がIWCを愛用していることも購入の背中を押したとか。ストラップは耐久性に優れていて、傷みにくいという利点でラバーを選択。デザイン面での評価も高いそう。

 彼はポルトギーゼ・クロノグラフを、「大きく、とても見やすい。そして大きいのに軽い」と評する。たしかにSSケースのモデルは、SS製のフォールディングバックルのついたアリゲーター製ストラップを装着していても100gを切るのだ。この意外なほどの軽さが装着感の良さにもつながっていることに、このコメントで初めて気が付いた。軽さへの追求も長い愛用につながっていくポイントになっているのだろう。

 ポルトギーゼ・クロノグラフを使い始めてからの意識の変化は、「少しだけできる社会人になったかな」という感覚を持つようになったこと。

 「腕時計と括ったら単なるアイテムですが、IWCだったりポルトギーゼ・クロノグラフと言われると、自分が頑張ったしるしであったり、社会人としての時間を凝縮したものになる。これからのやる気にも繋がりますし、モチベーションを保つためにも、自分自身に良い影響があると感じています」

 子どもにゆずるのはまだまだ先のこと。それまでは「自分の人生の“伴走者”でいてもらう」と話す。

 確かにポルトギーゼ・クロノグラフの佇まいは、伴走者にふさわしい。今回のインプレッションを引き受けたとき、「25年以上変わらぬデザインのモデルに対し、新鮮な感想が持てるだろうか」という、若干の懸念があったが、時計の実力によってそんな懸念も払拭された。さすが、IWCのアイコンモデルだけある。近年の文字盤は白、黒、ブルーといった定番に加えて、グリーン、デューン、ライトブルーなどの新色が加え、新しい魅力を提案していることも、今回のインプレッションを受けて大いに気になっている。


Contact info:IWC Tel.0120-05-1868


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