相変わらず多くの新作をリリースするカルティエ。2024年は大作こそなかったものの、実にけしからんモデルを見つけた。今や伝説的な存在となった「トーチュ ワンプッシュクロノグラフ」の新作だ。過去作の焼き直しと思いきや、ケースもムーブメントも別物。これ、限定品なのが実に惜しい傑作だ。筆者が金持ちなら即買う。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[2024年4月26日公開記事]
2024年、「トーチュ」のワンプッシュクロノグラフが復刻!
今やカルティエの中でも屈指のコレクターズアイテムとなったのが、CPCPこと、コレクション・プリヴェ・カルティエ・パリだ。過去の傑作を再現したこのコレクションは、当時の不人気が信じられないほどの人気を集めている。そんな市場を意識したかどうかは知らないが、カルティエはコレクション・プリヴェと称して、過去のモデルをリバイバル。毎年発表する度に、世界的な熱狂を生むようになった。筆者の周りでも、プリヴェを狙う時計好きは少なくない。
そんなプリヴェに新しく加わったのが、「トーチュ」のワンプッシュクロノグラフだった。ちなみにカルティエは、かつてのCPCPでもこのモデルを復刻していた。筆者は初めてこのモデルを見たとき、どうせCPCPの焼き直しだろうと思っていた。しかしあに図らんや、新しいトーチュは、ケースはもちろん、ムーブメントも別物だったのである。まさかカルティエが、せいぜい200本の限定モデルに、一からムーブメントを起こすとは予想もしていなかった。もちろん今のカルティエは優れたマニュファクチュールだ。しかし、筆者のようなマニアを狂喜させる、凝ったムーブメントを作るメーカーではない、と筆者は思っていた。オタクを傲然と無視するからこそ、そこにシビれる! あこがれるゥ! だったのである。
手巻き(Cal.1928 MC)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。Ptケース(縦43.7×横34.8mm、厚さ10.2mm)。日常生活防水。世界限定200本。897万6000円(税込み)。2024年10月発売予定。
手巻き(Cal.1928 MC)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。18KYGケース(縦43.7×横34.8mm、厚さ10.2mm)。日常生活防水。世界限定200本。778万8000円(税込み)。2024年10月発売予定。
マニア狂喜の手巻きムーブメントCal.1928 MC
CPCPのトーチュ ワンプッシュクロノグラフが押しも押されぬコレクターズアイテムとなった理由は、間違いなく搭載するムーブメントにあった。ムーブメントを設計したのは旧THA。ヴィアネイ・ハルターやフランソワ・ポール・ジュルヌなどが起こしたムーブメントメーカーだ。かつてそのジュルヌは、筆者にこう語った。「THAのワンプッシュクロノグラフを設計したのは私だよ。ナルダンやカルティエが使ったはずだ」。古典的な設計をとりつつも、ジュルヌはクラッチ機構にコンパクトなスイングピニオンを採用。ムーブメントのサイズを詰めることに成功した。後にこのムーブメントは、ジュルヌの起こしたムーブメントメーカーであるTIMに買われ、さらにシチズン傘下のラ・ジュー・ペレのものになった。2023年に、ラ・ジュー・ペレの兄弟会社であるアンジェラスが、旧THA設計のクロノグラフを採用できたはずだ。
しかし、2024年のトーチュは、旧THAではない、全く新しい自社製ムーブメントを搭載していた。カルティエの関係者は、そもそもムーブメントを薄くするのが理由だったと語る。そして旧THAの傑作ムーブメントを使わなかったのは、「トーチュのケースに合わせたかったから」。香箱とテンプの位置をずらし、クロノグラフ機構を固めることで、確かに新しいクロノグラフムーブメントは明らかに薄い。またクロノグラフのレバー類も、現行のクロノグラフとは思えぬほど薄く抜かれた。もっとも、このムーブメントで見るべきは、結果としてもたらされたレイアウトだ。レバーや部品の配置は、驚くほどシンメトリーに配置されており、つまりカルティエは、ついに「マニアを狂喜させる、凝ったムーブメント」を完成させたわけだ。緩急針がトリオビス風な点だけは惜しいが、カルティエはやはり整備性を重視したのだろう。
ちなみにカルティエは、このムーブメントの開発に当たって、外部の協力を得たらしい。名前はル・セルクル・ドルロジェ。各社の「鳴り物」や、近年はビバー銘の複雑時計、そしてルイ・ヴィトン「タンブール」の自動巻きムーブメントなどに携わってきたメーカーである。もっとも、ル・セルクル・ドルロジェがいかに優秀とは言え、ここまで審美的なムーブメントを作れるとは思えない。カルティエが相当口を突っ込んだんじゃないだろうか。
個人的な推測はさておき、新しいトーチュは、前作同様、ムーブメントでも買いのモデルとなった。残念ながらプッシュボタンを押す機会には恵まれなかったが、細い規制バネなどを見るに、その感触は軽快であるに違いない。少なくとも、重くて剛直な感触を強調する今のクロノグラフとは全く別物、と言えるだろう。名前は失念したが、海外のジャーナリストが「これはカルティエのダトグラフ」と称したのも納得だ。
どこから見ても素敵な外装
外装に関してはいうことがない。良質な自社製のケースは、ファーストモデルのサイズをほぼ忠実に再現するだけでなく、3気圧防水もある。また、文字盤上の黒いローマ数字も、あえてブラックのペイントではなく、ブラックのデカルクで再現するという凝りようだ。黒いローマ数字が、既存のモデルと違って見える、そしてクラシカルな印象を与える理由である。カルティエお得意の厚盛りインデックスなら、このモデルのかそけき印象はずいぶん損なわれたに違いない。
オタク・広田が借金しても買いたい新作時計
オタクのひとりとして、筆者は本作がとても好きである。仮にプッシュボタンを触っていたら好きどころじゃなかったかもしれない。もっとも問題はある。価格は途方もないが、それはあまり関係ない。筆者は借金しても買っちゃおうかと血迷ったほどだから、ご同輩は世界に山ほどいるだろう。問題は値段ではなく、むしろ数なのだ。限定はたった300本。3億本でも3000万本ではなく300本。即売り切れてしまうのではないだろうか。というわけで、筆者はこのモデルについて書くのは止めようと思っていた。しかし、誰かは買うだろう。入手された方は、ぜひクロノス編集部にご一報ください。広田は見に行きます。
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