ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで一番の注目を集めるロレックス。2024年にお披露目された新作は、意外にも既存のモデルの素材・色違いだった。ケースとブレスレットにゴールドをあしらった「ディープシー」、ベゼルにダイヤモンドをあしらった「デイトナ」、そしてベゼルの色を変えた「だけ」の「GMTマスターⅡ」である。しかし、これは予想外の「穴」だった。
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
[2024年4月28日公開記事]
ベゼルのセラミックインサートから、「隠れた穴」が見えてくる
今や高級時計の定石となった、セラミックスのインサートを加えた回転ベゼル。先駆けとなったのはロレックスだった。ちょっと回り道になるが、今年のGMTマスターⅡを語る上で重要なので、その歴史をおさらいしたい。
他社とは異なる、セラミックインサートの製法
2005年、同社は18KYG製のGMTマスターⅡに、24 時間目盛りの入ったブラックセラミックス製インサートを備えた両方向回転ベゼルを採用。07年に、同社はセラクロムという名称を商標登録し、このセラミックス製部品は、セラクロムという名前で呼ばれるようになった。以降も10年には初のグリーンセラミックスを「サブマリーナー デイト」に採用し、13年には、半分がブルー、半分がブラックのセラミックインサートを完成させた。
さらに進化したのは2014年のことだ。ロレックスは、半分がブルー、半分がレッドのセラミックインサートを実現してみせたのである。当初の色味はぱっとしなかったが、筆者の知る限りで言うと、後に色は明らかに改善された。
今では当たり前となった2色のセラミックインサート。しかし、ロレックスと他社では、そもそも製法が異なる。
現在一般的なのは、2色のセラミックスを焼いた後、カットして1枚に貼り付けるという手法。これならば、ホワイトとブラック、ブラウンとグリーンといった組み合わせも可能だ。対してロレックスは、2枚のインサートをつなぎ合わせるのではなく、1枚を色変させるという荒技で、2色のセラミックインサートを実現した。なぜこれほどの手間をかけるのか、理由は分からない。
現在の加工技術ならば、間違いなく2枚のセラミックスをつないだ方が安上がりのはずだ。あくまで推測だが、ロレックスはセラミックインサートにつなぎ目が出来るのを嫌ったのではないか。わずかな引っかかりさえも好まない同社にとって、つなぎ目の残る製法は好ましくないだろう。そしてもうひとつは、落としたときの耐衝撃性ではないか。2枚よりも1枚のほうが、インサートは丈夫になる。
根拠に乏しい推論はさておき、ロレックスは1枚のセラミックに色を付けて2色に変える、というかつてない手法に挑み、年々その色を複雑にしていった。その一例が、2014年のブルー×レッドの組み合わせだ。赤いセラミックインサートの半分にコバルト水溶液を塗り、加熱してブルーに変えるという手法はかつてないものだった。
時計好きは触れば分かる、本作の良さ
毎年のように新しい2トーンに挑むロレックスであれば、私たちが新しい色に期待するのは当然だろう。しかし2024年のGMTマスターⅡは、ブラックとグレーという手堅い組み合わせを採用した。
自動巻き(Cal.3285)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径40mm、厚さ11.9mm)。100m防水。(左から)154万円、156万9700円(ともに税込み)。
一見地味だが、良い点もある。セラミックスの発色は良いし、色味も似ているから、ブルー×レッドのセラミックインサートで問題となった、両者のつなぎ目もさほど目立たない。それに、真っ黒のセラミックインサートが持つ、押しの強さもずいぶん和らげられた。技術的には面白くないと思ったが、実は大きな勘違いかもしれない。
ロレックスの2トーンセラミックインサートは、浅い色のセラミックスにさまざまな液を含浸させて焼き上げたものだ。となると、ブラックとグレーのツートーンは、グレーの上にブラックを載せて焼いたと考えられる。普通、ブラックのセラミックスは、黒い原材料から作られる。対してこのモデルでは、グレーに何かの液を含浸させて、ブラックに変えたのだろう。下地のグレーが濃ければ、ブラックの再現は難しくないだろう。しかし筆者の見た固体は、グレーがかなり浅かった。これほど鮮やかなブラックを得るのは難しいのではないか。ロレックスは何の説明もしないが、これはかなりの快挙に思える。
他の部分に目を向けると、2024年度版のGMTマスターⅡには、セラミックインサート以外の新しい試みはない。ブラックラッカー仕上げの文字盤は良質だが、今や特筆するほどでもないし、GMT機能そのものも、機構として新しい点は何もない。しかし、フラッシュフィットとラグの狭いクリアランスは、なお他社の追随を許さないし、ジュビリーブレスレットの感触も、やはり類似のモノとは大きく異なる。相変わらず時計全体は重いが、装着感も決して悪くない。
正直、このモデルはあくまで既存の色違いでしかない。しかし、技術的な試みを含めて、これは隠れた穴、少なくとも秀作ではないだろうか。転売ヤーは好まないだろうが、この記事を最後まで読むほどの時計好きならば、触れば本作の良さは分かる、と筆者は思う。
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