2024年3月のスイス時計輸出額が前年同月比マイナス16.1%の衝撃!

2024年4月9日~15日に開催され、大成功に終わったスイスの「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2024」。だがその直後、この3月のスイス時計の総輸出額で、予想外の数字がスイス時計協会FHから発表された。ついに来るべきものが来た!?というべき事態がやって来たのでは!? 今回は時計業界関係者、注目必至のこのニュースを取り上げる。

スイス時計協会FHのオフィシャルサイトより。
https://www.fhs.jp/jpn/homepage.html
渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
[2024年5月4日公開記事]


大成功のW&WG2024の直後に

 訪れた人なら誰でも「大成功」だと疑わないほど盛況だった、世界最大の時計フェア「ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ(以下W&WG)2024」。昨年より6ブランド多い54ブランドが出展。事務局のクロージングリリースによれば、4月9日から15日までの7日間の来場者数は昨年より約14%多い約4万9000人。この中には5700人のリテーラーと約1500人のジャーナリストが含まれ、前年比約25%増の1万件を超える商談が行われたという。

©Yasuhito Shibuya 2024

 また、前年2023年から1日増えた一般公開日3日間のうち、土日2日間のチケットは完売。さらに、ジュネーブ市内の特設会場では時計博物館などのガイドツアーや時計作りを体験できるワークショップも開催されるなど、時計のプロばかりでなく、一般の人々も楽しめるジュネーブ市全体の観光イベントへと進化した。そこで印象的だったのは一般市民、特に若い世代での高級時計人気だ。事務局によれば来場者の平均年齢は35歳。だが、全体の25%が25歳以下だったという。筆者も一般公開日に、若者たちの多さに驚いた。昨年2023年に目立ったのは、熟年のムッシュ&マダムたち、だったからだ。

©Yasuhito Shibuya 2024
若者ばかりでなく、小さな子供連れの家族が目立ったのも、2024年のW&WGの一般公開日で印象的だった。これは市内のイベントでも同様だった。

 会場を訪れた誰もが「スイス時計業界は順風満帆だ」と思ったに違いない。筆者ももちろん、そう思っていた。だが、フェアがクローズして1週間後の4月22日、スイス時計産業の業界団体・スイス時計協会FHが発表した「2024年3月スイス時計輸出」の統計データを見て、その認識は一変した。


一転、2桁マイナスに!

 製品ばかりでなく、ムーブメントなども含むスイスから国外への総輸出額は、1月が前年同月比で「プラス3.1%」。2月は「マイナス3.8%」とマイナスになった。だが、腕時計だけだとそれぞれ「プラス6.6%」「プラス6.5%」とプラスを維持していた。ところが3月に入って一転、総輸出額のマイナスが1桁台前半から一気に2桁台半ば、つまり「マイナス16.1%」にドスンと急降下したのだ。

スイス時計協会FHが2024年4月22日に発表した、2024年3月のスイス時計輸出に関する統計データ。オフィシャルサイトより。
https://www.fhs.jp/jpn/statistics.html

「これは年度末だからではないのか?」という日本的な見解をお持ちの方もいるかもしれないので、昨年のデータを提示すると、2023年3月のスイス時計総輸出額は、前年同月比「プラス13.8%」である。これで、まさに予想外の「反転」と捉えるべきだということが、分かってもらえるだろうか。

 では、この「急落」の原因は何なのか? これはスイス時計協会FHがデータと同時に発表したリリースにハッキリと記されている。

【引用】
Swiss watch exports recorded a sharp decline in March. Their value fell by 16.1% compared with March 2023, to a total of 2.0 billion Swiss francs. China and Hong Kong accounted for a particularly high proportion of the trend. As a result, the decrease for the first quarter as a whole was 6.3% compared with last year.

【翻訳】
スイスの時計輸出は3月に急激な減少を記録した。その金額は2023年3月と比較して16.1%減少し、合計20億スイスフランであった。特に中国と香港の(減少の)割合が高かった。その結果、第1四半期全体では前年同期比6.3%減となった。

 果たして、その減少率はどれくらいなのか? それは何と、中国市場で「前年比マイナス22.7%」、香港市場で「前年比マイナス25.6%」。つまり両市場で約25%という大幅なものであった。以前から筆者は、このふたつの市場は一体で考えるべきだと指摘してきた。なぜなら香港は中国との貿易のゲートウェイだから。そして現在、香港国家保安法の制定&施行で事実上、完全に「中国化」された結果、もはやこのふたつの市場はひとつだと考えていい。

スイス時計協会FHが発表した2024年3月スイス時計輸出に関するリリースより。スイス時計の主要輸出先であるアメリカ、日本、中国、香港、シンガポール、英国への輸出額と増減割合、スイス時計の輸出額全体における各市場のシェア。
https://www.fhs.jp/jpn/statistics.html

 では、2010年以降、スイス時計の約5割を購入する市場として君臨してきた中国と香港の、この輸出額の「大幅な減少」は、ごく瞬間的で一時的なものだろうか?

 中国の不動産やEV(電気自動車)に関する深刻な経済危機の報道を見れば、残念ながらこれは長期のトレンドで、簡単には回復しないと考えるのが順当だ。

 その結果、スイス時計の毎月の、また年間の総輸出額の総合ランキングで4位がほぼ定位置だった日本市場のランキングはこの3月、いきなり1位のアメリカに次ぐ2位に浮上している。

 W&WG 2024が終わったばかりのスイス・ジュネーブ在住の友人からも「この数字は現地メディアでも衝撃として受け止められ、さまざまな反応が起きている」というメールが届いた。やはりスイス国内でも、この数字は予想外のものだったのだ。


深刻な中国の経済危機。だが日本だって……

 ただ、中国&香港市場の下落は中古時計市場ですでに予告されていた。コロナ禍バブルで異常に高騰していた人気ブランドの人気モデルの中古時計の価格相場は、2022年2月前後から一転して下降に転じ、一部の特別なブランド、特別なモデルを除けば、コロナ禍前とほぼ同水準に戻っている。そして、この下降の最大の原因が、これまで「強気の買い」一辺倒だった中国・香港市場の「売り」トレンドではないかと囁かれていることは、中古時計に関心の高い方ならすでにご存じだろう。

 そして、これは決して他人事ではない。一見好調に見える日本の時計市場の先行きも、スイスフランに対する急速な円安と年数回にも及ぶ製品価格の相次ぐ値上げを考えれば、いつ後退局面に入っても不思議ではない。もちろんブランドごとに個々に状況は異なるが、全体的に見ればこれ以上の成長はもちろん、現状の維持すら難しい状況だと考えるのが妥当だろう。一部の時計専門店の方からは、表立っての発言ではないが「すでに厳しい状況にある」との声も聞こえてくる。

 日本国内はともかく、少なくとも世界的には、新品も中古も問わず、時計市場はコロナ禍バブルを超えて、次のフェーズに入っている。いよいよ局面は変わったのだ。


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