2024年、大塚ローテックより販売が開始された、新仕様の「6号」。同ブランド創業者である片山次朗氏が、自身の世界観を表現した本作を着用レビューするとともに、この世界観を製品へと結実させたプロセスを、時計を通して理解していく。
Text & Photographs by Shun Horiuchi
[2024年5月14日公開記事]
「6号」の元ネタを個人的イメージで考察する
以前着用レビューした「7.5号」に引き続き、大塚ローテック「6号」についても同様の機会を得た。前回は同ブランドの創業者である片山次朗氏が表現したいものを、時計を通して理解し、それを文章化することにトライした。今回も同様のアプローチにより、強烈な存在感を持つ6号の魅力を伝えてみたい(注:筆者は細腕ゆえ純正ストラップでは長すぎることから、社外品のショートストラップに変更している)。
まず、大塚ローテック「6号」のデザインは一見して、昭和の各種機器のアナログメーターを想起させる。自動車やモーターサイクルのメーターを想起する人もいるだろう。ただしスピードメーターにしてもタコメーターにしても、針が振れる角度は180度かそれ以上が多い。
一方、6号のレトログラードの針が振れる角度は目分量で90度程度で、ここから個人的にイメージするメーターは、音響機器のVUメーターに他ならない。ステレオ機器なら2連の、4トラックなら4つ装備されている、バックライトに照らされて暗所で浮かび上がる“アレ”である。細い針がピクピク動いたり、ピークを超えると赤いLEDが点いたりする“アレ”である。VUメーターは長方形の窓を持つものが多いが、円形あるいは扇形のものも存在する。例を挙げればきりがないが、例えば懐かしいカセットデンスケの最終モデルや、最近のデジタルアンプでもTEAC「AX-501」などがある。似たような円形のVUメーターなら、Amazonで数千円で今でも買える。イメージが湧かなければ、ぜひ検索してほしい。
自動巻き(Cal.9015+自社製ジャンピングアワーモジュール)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径42.6mm、厚さ11.8mm)。38万5000円(税込み)。
これらのメーター類の意匠を踏まえて、まずは6号の針と文字盤を見てみよう。
扇形のトラックを備える文字盤の形状は、下部が盛り上がった円形で、メーターで言えばアクチュエーターに相当する部分が隠れており、その左右にビスがある。まさにVUメーターの意匠が再現されている。そしてVUメーターはレスポンス重視のため、質量の小さい、とても細くて真っ直ぐな針が用いられる。対して6号の針も機械式時計の針としては細く、長く真っ直ぐである。文字盤上のトラックは、dB(デシベル)単位のVUのように不等間隔では役目を果たさないので、当然等間隔になっている。
VUメーターと決定的に違うのが、6号は2針同軸で時間と分を示すため、針が2本、トラックも2段になっていることである。複数段のトラックは各種のテスターの意匠にも見て取れるので、まるで「機械式なのに電気式」といったような錯覚を覚えるかもしれない。確か「テスター」は、インスパイアされたものとして片山氏の口からも出たと記憶している。今やテスターもデジタル式が多いが、片山氏がインスピレーションを得たのは疑いなく、中心のダイアルをグリグリ動かしてレンジを合わせ、赤黒の端子からリード棒が生えているアナログ針式である。では片山氏はこのアイディアを、いったいどうやって時計というプロダクトに結実させたのであろうか。
メーターのデザインおよび機能を、時計にするまでのプロセスを考察する
最初にレトログラードによる扇形の時分表示の時計を実現しようと思い立った場合、その発想をどのように時計にしていったのか。このプロセスを、現物を手にしながら逆算してみるという暴挙に出ることにする。次の文章から、本記事のライターである「私」は、私の「想像上の片山氏」になるのだ。
片山氏になりきって、世界観を追体験する
まず使うムーブメントは、従来より一貫して使用しているMIYOTAの自動巻きだ。文字盤上に秒表示はないものの、この時計が稼働していることを示すディスクを装備したい。ならばセンターセコンドのCal.9015だ。
イメージは円形のケースを備えた扇形文字盤の時計だ。計器然とした文字盤のデザインはこの時計のキモで、トラックの意匠から各種フォントまで考え抜かれている。(前回の7.5号の記事にも書いたとおり)道路看板に用いられる漢字フォントなどは、その最たるものとなるはずだ。
ステンレススティールの質感そのもののケースや文字盤を配して、メカメカしい印象を与える。本作の文字盤がもしサーキュラーな仕上げなどでは時計然とした文字盤となってしまうため、例えば昔のオーディオ機器のフロントパネルの仕上げなどでも多用された、精緻な縦の筋目仕上げを用いる。
文字盤にアクセントを与えるためにデイト表示機能を選択し、その位置は向かって右側とする。左右非対称となることで緊張感を与えることができるし、この小さめな円形のウインドウから、ひょっとするとピークで光る赤いLEDをイメージするようなユーザーも現れるかもしれない。時分針は細く真っ直ぐに伸びて、文字盤上のトラックにジャストでリーチさせ、針の根本部分の左右および最上部にはビスを配する。実用的にはこのビスで文字盤を固定するのであり、機能をそのまま意匠化しているとも言える。
ひとつのハイライトは、この特殊な扇形ダイアルに合わせた形状の風防だ。そんな風防を作れるサプライヤー探しには苦労するだろうが、ここは譲れない(当初はミネラルガラスだったものが、新6号ではサファイアクリスタルになっており、ブレイクスルーがあったことがうかがえる)。風防は当然フラットに仕上げる。もしこれがボンベ形状などであったら逆に時計然としてしまい、一気に興醒めであろう。6号は時計として、ではなく「計器として」あるべき姿に仕上げるのが大塚ローテックなのだ。
文字盤右側には例のフォントで「日常生活防水」と彫り込む。この特殊形状の風防をケースにジャストではめ込んで防水を保つのはひとつのチャレンジであるが、逆に高い工作精度で作られていることの証しともなろう。文字盤上にブランドロゴはなく、かわりに左側に「大塚ローテック製」と例のフォントで彫り込む。「製」とあえて加えるのがこだわりであり、さらにはMade in Japanの代わりに「豊島 東京」とする。
さて、このような文字盤をどのようなケースで実現するのか。まず文字盤は、細くて長い針をぴょんぴょんジャンプさせるので、相当程度の大きさがあった方が見栄えがする。ケースは、この文字盤すなわちVUメーターユニットなどの計器が入っている“筐体”であると捉え、外周部にあたるベゼルには、ネジを8本配するようデザインした(2015年〜2022年まで製造されていた初代6号は、ラグ側のネジは本当にラグを固定していたため、ネジ間が不等間隔であった。しかし今回のリニューアルに際して構造変更した結果、等間隔に改まっている)。
ケースサイドは(7.5号とも共通する)ケースバック側が絞り込まれた形状を採用する。この形状とすることで装着時の腕乗りが良くなることが期待され、さらには適切なサイズのグラスバックを備えられ、機械も楽しめるようにできるだろう。このケースサイドのデザインや特徴的なワイヤーラグ、綺麗なローレット目を持つリュウズを3時位置ではなく2時位置に配することなど、これらは大塚ローテックのブランドアデンティティに成りうる。
追体験からも想像できる、片山氏の尽力
などなどと、6号の開発プロセスを辿ってきたものの、これはあくまで筆者の妄想である。肝心のレトログラード機構を実現するための試行錯誤も含めて、6号をモノにするまでのご苦労は計り知れない。例えば、完全自社製のレトログラード機構をうまく作動させるため、「バネ」に何を用いるのかというトライアンドエラーを繰り返したそうであり、実際の機械に使うに至ったのが、アーニーボールのエレクトリックギターの1弦、とのこと(ゲージは009)。まるで電球に用いるフィラメントに何を使ったらいいか試行錯誤したという、発明王エジソンのようではないか。またギター弦のようなものが手元に転がっている環境そのものが、片山氏の人となりを表していると言えよう。
片山氏が表現したいことや機能は、こうやって手間暇かけて具現化され、実際に今、目の前にあるのだ。
海外のマニアからも注目度が上がる現在、相変わらずの入手困難な状況が継続している
前回の7.5号のインプレッションで、最後に“1970年代は実は多くの産業分野で技術革新が進み、機械加工技術の進展と併せてデザインの面でも大きな飛躍があり、数多くの名車などが登場したゴールデンエイジ”と書いた。この6号もその時代に生を受け、この世に出てきたとしても全く違和感はない。ただ片山氏という日本の時計師が、たまたま今生きているからこの時計は現代において誕生したのである。
6号と7.5号、時間表示のアイディアは全く異なるものの、それぞれが大塚ローテックの個性を強烈に主張している。相当程度の経験を積んできた時計マニアほど、従来のコレクションにはない立ち位置の、このような時計を欲するのではないかと想像する。この計器に対して、現在のプライスタグは圧倒的にリーズナブルであり、逆に経験の浅いうちから大塚ローテックの時計を手にしてしまうと、デザイン・コンセプト・製品の完成度とその対価に対して、それを超えるものがほとんどないことに気が付き、時計趣味が大塚ローテックをもって打ち止まってしまう可能性すら考えられるのだ。
大塚ローテックの時計は海外の時計マニアからの注目度もますます上がっており、生産体制の整備を進めていると聞くも、入手困難な状況はしばらく継続するだろう。そんな中、2024年のうちに新型リリースの計画もあると聞いており、期待は膨らむばかりだ。
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