1867年創業の、フランスを代表する時計ブランドであるLIP(リップ)。2024年はじめ、LIPは代表作のひとつである「T18」をよみがえらせた。本モデルはウィンストン・チャーチルが着用していた初代モデルを再現したものであり、世界限定180本で販売される。
手巻き(Cal.T18)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(縦34.5×横24mm)。30m防水。世界限定180本。44万円(税込み)。
[2024年5月9日公開記事]
チャーチルも愛用した「T18」、手巻きムーブメント搭載モデルとして復活
多くの「偉大な人物」が愛用した時計ブランドとして、フランスにおいて筆頭に挙げられるのがLIPだろう。シャルル・ド・ゴールやアイゼンハワーは、1958年に同じゴールド製の腕時計「GDG」を着用していた。GDGは電磁テンプ式ムーブメントを搭載しており、当時としては驚くべき技術的偉業だった。
その10年前には、もうひとりの偉人、ウィンストン・チャーチルがLIPの時計を着用していた。もちろん、彼の時計は機械式だった。当時は電気式やクォーツ式のムーブメントが存在しなかったからである。
この時計は、英国人から親しみを込めて「年老いたライオン」と呼ばれたチャーチルに対して、第2次世界大戦の英国によるフランスへの貢献が認められ、フランス政府から贈られたものである。モデル名は「T18」で、コレクターの間で特に人気の高いモデルである。
長方形のケース
「T18」の特徴のひとつは、長方形のケースを備えていることである。正方形、長方形、クッション型などの、ラウンドではない形状を持つシェイプド・ウォッチは、販売されているモデルの約20%という、少数派であることを覚えておこう。こういった形状のケースは希少で、時計愛好家への訴求効果が高い。
この点において、フランスだけでなくロシアやアメリカでも最も多く流通し、知名度の高い長方形の時計は、ロレックスの「プリンス」でもジャガー・ルクルトの「レベルソ」でもなく、1933年から1949年の間に40万本以上が作られたT18であることは注目に値する。1本の同じリファレンスの時計としては、膨大な生産本数だ。
補足すると、T18はレクタングルケースの時計でトゥールビヨンを搭載した最初期のものである。この技術的偉業は、1947年にブザンソン時計学校のエドゥアール・ベランが発案したことで成し遂げられた。
それから時を経て、現在ピエール=アラン・ベラールが舵取りを行うLIPは、この有名なT18の新モデルを、ケースと同じ長方形の現代的な手巻きムーブメントとともに発表した。マニアにはたまらないモデルだ。
ムーブメントの寸法と構造の大部分は1931年モデルを踏襲
「愛好家の方々の要望にお応えするため、ムーブメントの寸法と構造の大部分は、アメリカ留学から戻ったばかりのフレッド・リップの要請により、1931年にアンドレ・ドナが開発したものから多くを踏襲しました」と、LIPはプレスリリースで述べている。
新しいT18は、LIPの時計製造の歴史における転換点を示すものであり、高級時計として最前線に返り咲く価値がある。
今回、T18のケースはオリジナルよりもわずかにサイズアップし、現代人の好みに合うものとなっている。30m防水のケースは、厚さ5ミクロンのソリッドゴールドを2層に重ねたステンレススティール製だ。1層目は18K、2層目は24Kであり、これが外観の美しさを高めている。
本モデルは、2024年2月29日に世界限定180本で発表された。コレクターの反応を考えると、この限定本数では十分ではないだろう。
文字盤のデザインは、当時のモデル(1948年にチャーチルが着用したものと同じ文字盤)にインスパイアされたアールデコ調であり、手作業で植字されたアプライドインデックスと、6時位置のスモールセコンド針が特徴的だ。風防には、無反射加工が施され、わずかにカーブしたサファイアクリスタル製風防が採用されている。
1930年代から1940年代のLIPを象徴するT18をよみがえらせたこのモデルには、LIPの新型手巻きムーブメント、Cal.T18が搭載されている。高級時計製造の伝統を受け継ぐ、ケースの輪郭に沿った角型ムーブメントだ。
部品に関しては、国立高等精密機械学校(SUPMICROTECH)によるオリジナルのリバースエンジニアリングに基づき、すべてオリジナルモデルと同じ寸法になっている。機械加工は、スイスの名門マニュファクチュール、ラ・ジュー・ペレによって行われた。
仕上げと装飾は、すべてドゥー県にあるローラン・バイリーSAS(Roland Bailly SAS)で行われる。ムーブメントはその後、ブザンソンのLIPの工房でケーシングとチェックが行われる前に、ブザンソンのウンベルト・ドロー社(Humbert-Droz)で組み立てられる。
シースルーの裏蓋からは、2万1600振動/時で振動する大型のテンプや、ムーブメントに施されたコート・ド・ジュネーブ仕上げ、ペルラージュ、角穴車のスネイル仕上げなど、精緻な伝統的装飾を見ることができる。上質な時計製造が堪能できる、時計愛好家も納得の逸品だろう。
アリゲーターストラップが装着
T18には、ブザンソンのシブラ工房で手作りされたアリゲーターストラップが装着されている。
LIPはこのコレクターズ・アイテムを、オリジナルの発売年と同じ価格で提供するという勇気ある決断を下した。当時の社長、フレッド・リップなら「この価格では、見逃すことのできない掘り出し物だ」と言うだろう。
Cal.T18と初代「T18」の歴史
1933年、LIPから幅18mmのトノー型ムーブメントCal.T18が発表された。アメリカから帰国したばかりの同ブランドの社長、フレッド・リップの発案で、チーフ・エンジニアを務めていたアンドレ・ドナによって開発されたT18は、そのデザインと製造技術の両面において革新的なものだった。
当時からLIPは生産を複数の行程に分け、さまざまな加工において厳密に対応し、ムーブメントを構成する多様なパーツをライン上で組み立てた。
Cal.T18はこうして、量産体制に乗った初めてのフランス製ムーブメントとなり、ブランド取扱店が修理・オーバーホール可能なものとなった。
現在では当たり前のことだが、当時としては革命的だったのだ。こうしてLIPは知名度を拡大し、展開を広げていった。
Cal.T18の高い信頼性と優れたコストパフォーマンスは、フランスのみならず世界中で商業的に大成功を収め、このムーブメントから派生した腕時計であるT18は、今日に至るまでブランドで最も多く生産されているモデルとなっている。
Cal.T18の設計図と製造方法は、1930年代にロシアに提供された。その後、いくつかのソ連のメーカーがCal.T18のクローンを製造し、そのうちのひとつである、センターセコンドを備えたムーブメントは、ユーリイ・ガガーリンが宇宙飛行中に着用した「シュトルマンスキー」に搭載された。ある意味、宇宙を旅した最初の腕時計は、LIPの腕時計だったのである。
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