家業の継承や結婚といった人生の節目となるタイミングに数々の時計を買い求めてきた若き実業家Y.T.さん。その時計ひとつひとつにストーリーがあり、これまでの歩みを物語るに相応しい逸品揃いだ。そして、奥様と結婚式を挙げた直後の彼の元に、満を持してA.ランゲ&ゾーネの最新スポーティーウォッチ「オデュッセウス」が納品された。今回、ブティックのスタッフとも密な関係を築き上げてきた彼の納品式に密着。同席した奥様の横で、「私は出会った人に支えられていると実感しています」と謙虚に語るYさんは、時計を楽しみ、人生を謳歌しているようだ。
1984年生まれ。大学卒業後、東京都内の大手家電量販店に就職。2010年、祖父が創業した家電の商社に入社。15年、父親の急逝に伴い、3代目社長に就任。Y.T.さん曰く「時計を買う時は、まず身に着ける場面や服装を考えます。やみくもに買い漁るようなことはしません」。
山内貴範:取材・文 Text by Takanori Yamauchi
[クロノス日本版 2020年3月号掲載記事]
「これまでに結んだ縁と信頼関係が、数々の時計を引き寄せてくれました」
「オデュッセウス」の納品式当日、伊勢丹新宿店を訪れると、まさにY.T.さん夫妻に時計が納品されるところであった。興奮気味のYさんの目の前にA.ランゲ&ゾーネ伊勢丹新宿店の増渕理沙子さんが、同ブランド初となるスポーティーウォッチを恭しく運んできた。Yさんは、関東の地方都市在住の35歳。祖父が創業した家電商社の3代目社長である。そして、その隣に座り、笑みを浮かべる奥様もYさんの影響で、今や時計好きなのだという。その手元にはA.ランゲ&ゾーネの「サクソニア」が輝く。休日は夫婦でお気に入りの時計を着けて出掛けることも多いのだとか。
「私が今の仕事ができているのは、妻のおかげなんです」と話すYさんは、大の愛妻家である。奥様とは数年間の交際を経て、一昨年12月にゴールイン。昨年11月に結婚式を挙げたばかりという。オデュッセウスが納品されたのは、その1カ月後で、まさに人生の節目に相応しい時計となった。
Yさんのコレクションの核を成すのが、A.ランゲ&ゾーネを中心とした機械式時計である。物心ついた頃から最新の家電に囲まれて育ったYさんが、時計に興味を持ったのは小学生の頃だという。
「初めて手にした時計は当時、大ブームだったG-SHOCKでした。子供の頃から電子機器に興味があり、デジタル表示の液晶画面と、メカっぽい作りのケースに惹かれた記憶があります」
大学卒業後、東京都内の大手家電量販店に就職したYさんは、店内に展示されていた機械式時計に興味を持つ。23歳で手にした初の機械式時計は、タグ・ホイヤー「カレラ」の自動巻きクロノグラフであった。
「当時は“デカ厚”ブームの真っ只中でしたから、ケースの大きな時計を選びました。男心をくすぐるクロノグラフの機構にも魅了されましたね。本格的な機械式時計を手にしたうれしさから、購入してしばらくはこればかり使っていました」
もともと何事にも凝り性だというYさんは、これを境に機械式時計への興味が加速する。次に手にした1本は、ストーヴァの「アンテア」。今度はシンプルな3針の時計だが、入手に至った動機もYさんらしい。
「クロノグラフは、秒針がインダイアルの中に収まっているでしょう。次に買う機械式時計は、せっかくだから秒針の動きを詳しく見てみたいと思ったのです」
コレクションがさらなる充実を見せ始めるのは、25歳で家業の商社に戻ってからのことだ。入社直後に、祖父母からクレドールの「ノード」を贈られて以降、人生の節目に時計を入手する機会が増えていく。
転機が訪れたのは入社から5年後のこと。父親の急逝により、Yさんは30歳の若さで社長に就任することになったのだ。自分が社長になるとは思いもしなかったと語るYさんだが、この機会に自らを奮い立たせるべく、極上の1本を入手している。
「人前に出る立場になり、身を引き締めようと購入したのがジャガー・ルクルトのマスター・ウルトラスリム・ムーンです。この時計に相応しい仕事をしようと必死に働きました。とはいえ、重圧ゆえに失敗と苦悩の連続。そんな時、疲れていた私を献身的に支えてくれたのが、現在の妻なのです」
奥様とは以前から面識があったというが、社長就任後は一緒に食事に出掛ける機会が増え、徐々に距離が縮まっていったという。心を許せるパートナーとの出会いで仕事にも自信がついてきたYさんは、次なる時計を探し始める。秒針の動きに魅せられ、3針の時計を相次いで入手してきたYさんが、A.ランゲ&ゾーネに興味を抱いたのは決して偶然ではないだろう。最初に選んだ1本は、同ブランドでは最もシンプルなサクソニアであった。
「サクソニアは究極の3針時計。いつかは欲しいと思っていましたが、ランゲはドイツ最高峰の時計ブランドですから、自分が手にしていいのだろうかと自問自答する日々が続きました。ブティックも敷居が高くて入りにくい印象を抱いていましたが、2016年5月に訪れた伊勢丹新宿店で、記憶に残る丁寧な接客を受けたのです」
このときに対応したのが、今日の納品式にも立ち会っている増渕さんであった。その歴史から時計を所有する喜びまで、物腰柔らかく語る増渕さんの接客に引き込まれたYさんは、気づいたときにはサクソニアを買い求めていたのだという。そして、直後に起こったちょっとしたハプニングが、ブティックとの距離をぐんと縮めることになる。当時、A.ランゲ&ゾーネのブティックでは、成約の記念にノベルティーのボールペンをプレゼントしていたが、増渕さんがそれを袋に入れ忘れてしまったのだ。帰宅後に気づいたYさんが連絡すると、すぐにボールペンが届いた。
「増渕さんの迅速な対応も素晴らしかったのですが、添えられていた手紙には、何度も読み返すほど感動してしまいました。私も人の上に立つ立場になったからこそ、顧客のことを親身に思う一流の接客に一層心を打たれたのだと思います。ぜひまた増渕さんから時計を買いたいと思いました」
Yさんはこの時の手紙を、今も大切に保管している。せっかくなので持参していただき、同席した増渕さんにも見ていただいた。彼女は顔を赤らめながら振り返る。
「私がまだ入社したての頃です。お父様が亡くなって会社を継ぐことになったというYさんのエピソードに、ブランド創業者のF.A.ランゲが歩んだ激動の人生を重ね合わせてしまい、接客に熱が入ってしまいました。私のミスでボールペンを入れ忘れてしまい、本当に申し訳なく思いましたが、Yさんとは幸いにも現在までスタッフとして長いお付き合いをさせていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。私自身も販売員として成長させていただいたと思います」
Yさんはその後、増渕さんから2017年8月に「リヒャルト・ランゲ」、同年12月には「ランゲ1」を立て続けに購入。そして、最初に手にしたサクソニアはベルトを赤に交換して、奥様にプレゼントした。現在、奥様が身に着けているサクソニアがそれだ。Yさんにとって初のA.ランゲ&ゾーネは、今や奥様との、そしてブティックとの絆を象徴する1本になっている。今回納品されたオデュッセウスは、発表と同時に世界中から予約が殺到し、今なお品薄の状態が続く。そんな中、ブティックと深い関係を築いてきたYさんの元に、この垂涎のスポーティーウォッチが納品されたのは、まさに僥倖だと言えるだろう。
数々の人との出会いによって、時計を導き寄せてきたYさん。次に時計を買うのは、どんな機会になるのだろうか。
「もし購入するとしたら……そうですね、妻へのプレゼントでしょうか。大人の女性になってもらいたいという想いを込めて、やはりランゲの時計を贈りたいと考えています。その時は、また増渕さんに相談しなければいけませんね」
事業と私生活の充実とともに、時計のコレクションも充実させつつあるYさん。一方で数少ない悩みといえば、地方都市ゆえに同年代の時計愛好家が身近にいないことなのだとか。時計を語り合う仲間を得た時、Yさんの愛好家としての日々はさらなる盛り上がりを見せるに違いない。
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