今のクロノグラフを語る際に、決して欠かせないムーブメントがある。それがフレデリック・ピゲのCal.1185だ。垂直クラッチや1枚の板で構成されたリセットハンマー、ムーブメント側に組み込まれた12時間積算計といった斬新な設計は、新しい自動巻きクロノグラフの在り方に決定的な影響を与えたのである。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
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[クロノス日本版 2020年9月号掲載記事]
Cal.1185研究
仮に後世の人々が、クロノグラフの歴史を語るとするなら、フレデリック・ピゲのCal.1185は決して欠かせないもののひとつだ。
設計者はかつてバルジューに所属していたエドモン・キャプト。1973年4月6日、彼とジェラルド・ガンターはカム式のクロノグラフで特許を出願し、それは76年2月13日にCH500073という番号で公開された。彼の出願したクロノグラフとは、バルジュー7750、後のETA7750だった。このムーブメントは、レバー類の曲げを減らして製造コストを抑えただけでなく、カム式にもかかわらずブレーキレバーを備えていた。加えて、片方向巻き上げの自動巻きも搭載していたのである。
しかし、7750の歩みは順調ではなかった。年産10万個を達成したにもかかわらず、75年にバルジューはこのムーブメントの生産を中止し、すべての在庫を破棄したのである。キャプトは失意のうちに、バルジューを離れることとなった。ちなみに、ETAが7750の再生産を開始したのは、83年のことである。
しかし、キャプトは移籍したフレデリック・ピゲでその才能を開花させた。さまざまな薄型ムーブメントを手掛けた彼は、85年にメカクォーツのCal.1270を開発。続いて88年には、まったく新しい自動巻きクロノグラフとなる、Cal.1185を完成させた。
乱暴な言い方が許されるなら、これはETA7750と、セイコーのCal.6139のいいとこ取りをしたムーブメントである。垂直クラッチには、6139の改良版を採用し、各種レバー類には、7750に成功をもたらしたプレスの部品を用いる。もっともキャプトは、この自動巻きクロノグラフに新しい試みも盛り込んだ。それ以前は文字盤側にあった12時間積算計をムーブメント側に移したのである。
可能にしたのは、水平方向にスペースを取らない垂直クラッチだった。そして30分積算車、秒クロノグラフ車、12時間積算車の3つを横一直線に並べ、1枚の板でリセットさせるようにしたのがキャプトの新しさだった。水平クラッチ搭載機の大きな問題だった、大ぶりなキャリングアームとリセットハンマーを、彼は驚くほどコンパクトにまとめ上げたのである。また、リセットハンマーを1枚の板で成形することにより、フレデリック・ピゲは製造コストを抑えることにも成功した。1185は紛れもない高級機だったが、量産を前提にしたものだったのである。
自動巻き機構は、ETA7750に同じ片方向巻き上げ式。両方向を採用しなかったのは、おそらく、スペースを確保するためだろう。自動巻き機構を受けの上に載せ、それでムーブメントの蓋をすることで、1185の厚さはわずか5.5mmに留まった。これは7750の7.9mmに比べると、2mm以上も薄く、多くの機構を追加できた。
近代的な自動巻きクロノグラフの祖となった1185。このムーブメントがいかに傑出していたかを示す、ひとつのエピソードを紹介したい。90年代、エル・プリメロに代わるデイトナ用のベースムーブメントを模索していたロレックスは、1185に白羽の矢を立てた。当時、ブランパン以外に提供できなかったため計画は中止になったが、仮に進んでいたら、新しいデイトナが載せていたのは、フレデリック・ピゲの1185だったかもしれない。
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