時計仲間から“師匠”のあだ名で親しまれるほどに時計への愛と知識にあふれるのがオリエントコレクターとしても高名なK.R.さんだ。時計蒐集を開始した頃にはここまでのめり込むとは思ってもいなかったという“師匠”のオリエント収集歴をたどっていきながら、彼が時計に求めるもの、そして時計趣味人としての柔軟さと好きなものをひたすら追い求める頑固さを見ていきたい。
日本でも有数のオリエントコレクター。もともと時計には興味がなく、もっぱら趣味は自動車であった。しかし、2000年にオリエント「万年カレンダー」との運命的な出合いを経て、オリエントや独立時計師の腕時計、懐中時計の蒐集を開始。なお、奥様もドイツ時計と関わりが深く、両者の縁は時計が結び付けている。
細田雄人(本誌):取材・文 Text by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2020年3月号掲載記事]
「質感がもの足りない時期もあった。でもオリエントは、変化があってもその変化がまたいいんですよ。」
実は一度、時計のイベントでお会いしたことのある方だった。初対面の時の印象は、ハットに蝶ネクタイを合わせるおしゃれさん。こちらから挨拶をしたところ、筆者のような若輩者にも敬意を持って話し相手をしていただいた。そんな人柄と確かな時計知識を持つK.R.さんのことを、時計関係の友人たちが親しみを込めて“師匠”と呼ぶのも納得だ。
生粋のオリエントコレクターとして国産時計好きの間では知られる彼が、どのようにして時計にはまっていったのかをまずは聞いてみた。
「最初はハミルトン『カーキ』の自動巻きモデルを購入しました。ミリタリーテイストがかっこよかったので買ったのですが、当時は時計に詳しくなく、まだ機械式なんて作っているんだ、と」
もともとファッションクォーツウォッチを買うことはあったが、熱心に時計を集めているわけではなかったKさん。ところが、たまたま果たした運命的な出合いが、彼を時計蒐集の道へといざなっていった。
「最初のハミルトンを購入してからしばらくして、46系ムーブメントが入っているオリエントの万年カレンダーを新橋で購入したのです。2000年頃の商品なのですが、形自体は1970年代から存在している、海外向けのモデルです。値段は9000円くらいでした」
満面の笑みのKさんが見つめる先に置かれたスモーキーローズダイアルのオリエント「万年カレンダー」こそが、その個体である。
「入り口近くに雑然と置いてあった数多くの時計の中で、ひとつだけ異彩を放っていたんですね。当時はケース径が40mmを超えるものはほとんど存在しなかった。しかし、万年カレンダーは42mmくらいありますし、ダイアルは色がどぎついうえに、なんかごちゃごちゃしている。なんだこれは?って思いました」
その圧倒的な個性に引かれて万年カレンダーを購入後、Kさんはオリエント時計自体に強い興味を抱くようになった。「オリエントは他メーカーと比べて独自色が強いですよね。カラフルで個性的なものが多い。無難なデザインが多いセイコーなどと並んだ時に、一際目立つように意識して開発しているのかもしれませんね」
以降、Kさんは歴代のオリエントをそろえるべく、アンティークショップなどに足繁く通うようになった。この際、どんなモデルが存在するのか、その指標となったのがトンボ出版より刊行された『国産腕時計11 オリエント』、通称“トンボ本”である。
「オリエントは数が多すぎていまだに初めて見るモデルがあるぐらいです。そのため、トンボ本を見ながら最初は時計を探していました。トンボ本は初期モデルから、本が出版されるくらいまでのモデルを網羅してくれていましたからね。アンティークショップに行くたびにコレクションが増えていきました。ただ、今は新作が出たら購入しつつ、古いモデルに関してはパッと見ていいなと思ったら買うようにしています。現在のコレクションは腕時計、懐中時計すべて合わせて400本くらいですが、うち300本はオリエントが占めています」
Kさんのオリエントコレクションは年代や機構などの偏りがなく、歴代モデルすべてを網羅しているのではないかと思ってしまうくらいにそろえられている。彼のコレクションをこのように評し、またそこに集められた多種多様なオリエントを見ていくと、まるでKさんの時計蒐集はとにかく分散的のように思われるかもしれない。しかしこれは大きな誤解である。彼のオリエントコレクションは、歴代で発売された時計を可能な限り年代を追ってそろえていく、つまり体系的な集め方の上に成り立っている。
ブランドの歴史を研究し、歴代モデルを可能な限り集めていながら、コレクション全体を見渡した時に統一感が得られないのは、それだけオリエントというブランドが各モデル1本1本に強い個性を与えているからに他ならない。おそらくKさんがオリエントの魅力にとりつかれた理由もここにあるのではないだろうか。そしてこの体系的に時計を集めていくというコレクション方法の礎が、前述のトンボ本を読み込みながら古いモデルを購入していった際に築かれていったものであることは、想像に難くない。
取材中はそのようにして集められたオリエントのコレクションから思い入れの強いものを紹介してもらったが、特に印象に残ったのが、N型ムーブメントを搭載する「グランプリ・オリエント・スペシャル」である。前述の万年カレンダーと並んでいる個体だ。
「トンボ本の表紙を飾っていたグランプリ・オリエントのデザインに引かれまして、いつかこんなかっこいい時計が欲しいと思っていました。その後、意外と手に入るようになったので、グランプリ・オリエントが売っていたらとにかく購入するよう心掛け、今では同モデルだけで20本以上所有しています。インデックスの形状とか、どれもちょっとずつ細かいところが違うんですよね。自分のストックとの差異に気づいて購入しているわけではなくて、購入後に気付くのですが。そんな感じで集めていたら、たまたま、トンボ本の表紙に使われていた個体そのものを手に入れることができたのです。ケースの傷やリュウズのメッキの剥がれ具合など、表紙と並べてみると同じものであることがよく分かりますよ」
まさにKさんのオリエント愛が結び付けた、運命の絆だったのだろう。そんなオリエントの魅力に取りつかれているKさんだが、オリエント以外ではどのような時計を集めてきたのかも教えていただいた。
「オリエント以外ですと独立時計師が手掛けた時計や、懐中時計が多いですね。オリエントとは系統こそ違いますが、やはり独立時計師の作るモデルはどれも独自性を出そうと努力されていますから、そういったところに好感が持てます。懐中時計はC.H.メイランを中心に集めており、アガシのスプリットセコンドクロノグラフやユール・ヤーゲンセンも持っています。当時の王侯貴族向けに時計を作っていた小さいメーカーの懐中時計は最高級品ながら、私がコレクションを始めた時はあまり存在を知られておらず、安かったのです。もっとも、最近はこういったメーカーの価格も上がってしまっていますが」
懐中時計のコレクションも見せてもらったが、やはりお気に入りのC.H.メイランがずらりと並んでいる。尖っているものを好み、そしてひたすら買っていく姿勢は、蒐集対象が変わっても一貫しているようだ。
最後に今回の取材の中で、そんなKさんのオリエント愛を最も感じられたコメントを記して本稿を締めたい。
「正直、“リーマンショック”後にオリエントの質感がもの足りないと感じた時期もありました。60周年記念の限定モデルを見た時には、ブランド消滅を覚悟したほどです。それでも買い続けました。なぜなら、オリエントは変化があっても、その変化がまたいいんですよ」
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