実用腕時計メーカーとして高い技術力を誇り、手堅い設計で知られるロレックス。そのロレックスも、クロノグラフに関しては、長らくエボーシュムーブメントを採用していた。潮目が変わったのは、2000年に自社開発クロノグラフムーブメントを発表してからだ。彼らが、自社開発クロノグラフに求めていたものを、ムーブメントから検証する。
鈴木幸也(本誌):取材・文 Text by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
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[クロノス日本版 2020年9月号掲載記事]
Cal.4130研究
2000年に発表されたロレックス初の自社開発クロノグラフムーブメント、Cal.4130。今や、現代クロノグラフのスタンダードと言える自動巻き+垂直クラッチであるが、多くのウォッチメーカーが2000年代半ば以降に次々とこの仕様のクロノグラフをリリースし出すことを考えると、ロレックスが、その先駆けであることは間違いない。だが、その開発は決して順調ではなかったと、時計ジャーナリストのギズベルト・L・ブルーナーは記している。「当初、デイトナ同様にサブダイアルが横3つ目のフレデリック・ピゲの自動巻きクロノグラフ、Cal.1185の採用が考えられたが、後に解禁にはなったものの、当時はブランパン以外への供給は不可であった」というのだ。
フレデリック・ピゲの1185が使用できないとなれば、自前で開発するしかない。開発チームの中心になったのは、マルク・シュミットとミシェル・サンテ。
「栄華を極めたかつてのクロノグラフ黄金時代を体験していない世代だが、21世紀という時代を見据えることに成功した」というのが彼らに対するブルーナーの評である。むしろ、クロノグラフの古き良き時代を知らないからこそ、それまで採用していたゼニスのエル・プリメロをベースとした水平クラッチの頸木から解き放たれ、垂直クラッチという新領域へと踏み出せたのだろう。
デイトナが採用していたひとつ前の世代のCal.4030と現行世代の4130の最大の違いはクラッチである。1185の採用は叶わなかったが、自力で開発した4130の垂直クラッチは、1185とも異なっていた。ムーブメント写真をよく見ていただきたい。そもそも1969年にセイコーが発表したCal.6139がそうであったように、通常の垂直クラッチはセンターセコンド輪列のムーブメントをベースとして、中心に位置する4番車に摩擦車を重ねる。だが、4130では、スモールセコンドが6時位置にあるため、中心に垂直クラッチを置くことができない。
解決策として彼らが考案したのが、6時位置の4番車に垂直クラッチを組み込むことであった。オフセットした4番車にクラッチを重ねることで、ムーブメントの厚さを抑えるだけでなく、ムーブメント直径が30.5mmという大径にもかかわらず、寄り目になることなく、適切な位置にスモールセコンドを置くことを可能にした。だが、手堅い設計で知られるロレックスのこと、これは決して結果論ではないだろう。4番車を中心に配するよりも2番車を中心に据えたほうが、時刻合わせの際、分針の針飛びが起きにくい。ロレックスは安全性を高めつつ、クロノグラフ秒針の飛びにくい垂直クラッチを導入しようとしたのかも知れない。なお、後に針飛びを一層抑えるためにLIGA歯車を採用した。
発表された当時、このオフセンターされた垂直クラッチはチャレンジングだったことは間違いない。2006年に登場したショパールのLUC10CFが同様にオフセンターした垂直クラッチを持ち、かつ4130と同じく、コラムホイールの近くに垂直クラッチを置くことで、安定した制御と操作性を実現した。堅牢な作りを特徴とするLUC10CFに先んじること6年。すでにロレックスはその時点において、1185とは異なる手法で垂直クラッチを採り入れつつ、頑強さも企図していたのだ。
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