一般的に、コレクターはその道にのめり込むほど、特定のブランドや特定の年代のアイテムを多く蒐集する傾向がある。例えば、1960年代のセイコーの手巻きモデルやはたまたロレックスのスポーツモデルといったあんばいにテーマを設けて蒐集するタイプのコレクターは珍しくない。ところが、広告代理店を経営する若手実業家S.M.さんは、その誰とも嗜好が異なる。ブランドに偏りがなく、アンティークから現行モデルまで多岐に渡るコレクションを誇る。そのひとつひとつの時計からは、Sさんならではのコレクション哲学を垣間見ることができる。
1985年生まれ。広告代理店を経営する若手の実業家。2002年に初めて輸入代行業を起業。自身が29歳の時の14年に広告代理店を立ち上げ、現在に至る。「僕はコンピューターの進化を多感な10代の時に肌で感じた世代。だからこそ、古き良き機械式時計に惹かれます」と語る。
「それぞれの時代やブランドの良さが最大限に発揮された時計を集めています」
S.M.さんのコレクションは多種多様である。極上アンティークのパテック フィリップやヴァシュロン・コンスタンタンがあったかと思えば、現行のパテック フィリップからオーデマピゲまで、見た目も機能も異なる新旧の時計が並ぶ。一見、まとまりがないように思えるが、ある理念の下に集められたコレクションだとSさんは語る。
「アンティークウォッチは経年変化による独特の風合いや、現在では不可能なほどの作り込みなど、一言では語り尽くせない魅力があります。一方で、現行モデルには現行ならではの良さがあると思います。僕は、それぞれの時代やブランドの良さが最大限に発揮された時計を集めています」
そんなSさんの経歴も並んでいる時計のように多彩である。20代の一時期に音楽関係の仕事に従事していたといい、アニメや漫画にも造詣が深く、時計のほかに万年筆も蒐集する生粋の趣味人だ。祖父は事業で成功し、両親も事業を営む裕福な家庭で育ったSさん。同級生にも社長の子息が多い環境であったためか、Sさんはわずか16歳で起業している。
「ブランド品の輸入代行の事業を始めたところ、時流に乗ってトントン拍子で利益を出すことができました。18歳の時、その売り上げを元にフランク ミュラーのカサブランカを買い求めたのです。時計に興味があったというよりは、人前で目立ちたいという気持ちの方が強かったですね」
ところが、何気なく訪れた原宿の時計店「ダズリング」で、Sさんはアンティークウォッチの世界の扉を開けることになる。
「パテック フィリップのゴールデン・エリプスを着けた店長さんに一目惚れ。3時間ほど話し込んだでしょうか。職人技の結晶といえる丹念な作り込みや家一軒分もの価値があった歴史的な名品を手にできることを教わり、店を出た時にはアンティークウォッチが脳裏から離れなくなっていました」
この出会いがなければ、時計は先のカサブランカで上がっていたという。幼少期からパソコンが身近にあり、20代の頃にはほとんどの業務をデジタル機器で行っていたSさんが、機械式時計の、しかもアンティークウォッチに目覚めたのだから面白い。29歳の頃、満を持してパテック フィリップのカラトラバ2526「トロピカル」を購入。初めて手にしたアンティークウォッチは、Sさんの事業にもプラスに働いた。
「29歳で現在の広告代理店を立ち上げましたが、年上の方々と話す際、アンティークウォッチが世代を超えた会話の糸口になると分かったのです。僕の世代でアンティークウォッチを普段使いする実業家はそうはいません。今でも、『いい時計だね』と話しかけられることは珍しくありませんよ」
かくして、カラトラバ2526はSさんがここぞという時に使う勝負時計になった。また、2018年にヴァシュロン・コンスタンタン銀座ブティックで購入したアンティーククロノグラフもお気に入りだという。
「オーヴァーシーズ・デュアルタイムも所有していますが、意外にも女性に人気があるのはアンティークのクロノグラフなのです。『かわいい』と喜ばれることが多い。目立ちたい一心でギラギラした時計を身に着ける人はいますが、実はアンティークの方が目を引くのではないかと思います」
アンティークウォッチを日常的に愛用するSさんならではの発見と言えるだろう。ファッションにも深い関心を寄せるSさんは、服装や場面ごとにアンティークと現行モデルを巧みに使い分けている。
「スーツのスタイルは、20世紀半ばには完成されています。それならば、当時使われていたアンティークウォッチ、特に直径35mm以下のサイズが合うと思います。一方で、現行に多い40mm前後の時計は、オフのカジュアルなファッションに合わせやすい。また、現行モデルは防水性能などの機能に優れ、アンティークウォッチには難しい使い方ができるメリットもあります」
要求を完全に満たす時計など存在しないからこそ、アンティークと現行モデルの両方を買い求める意味があるのだ。そんなSさんにとって、両者が店頭に並ぶヴァシュロン・コンスタンタン銀座ブティックは、行きつけの時計店のひとつである。
「アンティークウォッチにメーカーが自らメンテナンスを施して販売しているのですから、絶対的な安心感ですよね。名機のデザインを生かした現行モデルを出している点も他のブランドにはない醍醐味です」
自身を魅了してやまないヴァシュロン・コンスタンタンや、スイスのモノづくりの源泉はどこにあるのか。それを確かめるべく、Sさんはこの春に初のスイス旅行を計画している。約8日間かけて、ジュネーブにあるヴァシュロン・コンスタンタンのブティックなど、時計ゆかりの名所を回る予定だ。果たして、Sさんはスイス旅行のお伴に、どんな時計を選ぶのだろう。
「実は迷っているんです。ただ、パテックとヴァシュロンのアンティークを“故郷”に里帰りさせるのも、アリだと思いました」
出発前からすでに気分が高揚しているSさん。憧れのスイスで、時計の新たな魅力を見いだすことだろう。
https://www.webchronos.net/features/115582/
https://www.webchronos.net/iconic/92218/
https://www.webchronos.net/features/74623/