第1作の発売からまる4年──。新たに発表された「リマスター02 オートマティック」はアシンメトリックな造形と随所に設けられた鋭いエッジが際立つ、衝撃的な作品だ。しかも本作は、インスピレーションソースである1960年の時計を再解釈しただけではない。当時のモデルが影響を受けたという、ブルータリズム建築の荒々しくも荘厳な雰囲気までも、突出した技術でよみがえらせたのである。
1960年に7本のみ製造されたRef.5159BA。その造形を再解釈したのが本作だ。切削後、手作業で仕上げられたケースは、切り立ったような造形を持つ。「リマスター ジ エッジ」という社内の呼称も納得だ。外装のマニュファクチュールを目指すオーデマ ピゲらしい傑作。自動巻き(Cal.7129)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約52時間。18Kサンドゴールドケース(横41mm、厚さ9.7mm)。3気圧防水。世界限定250本。予価649万円(税込み)。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
竹石祐三:編集 Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
外装技術の結集によって実現した、深みのある色調とエッジの効いたフォルム
2024年5月1日、ル・ブラッシュにあるオーデマ ピゲの本社で、ある新作のお披露目が行われた。事前情報は皆無、紹介されるのは1点のみ、そして発表後には、新作にまつわる特別なアクティビティーがあるとのこと。果たしてお披露目となったのは、どの時計ともまったく違う造形を持つ、「リマスター02 オートマティック」だった。
さかのぼること4年前の20年、オーデマ ピゲは、かつてのモデルに範を取った「リマスター01 クロノグラフ」を発表した。デザインのモチーフは、1943年に製造された3カウンターのクロノグラフ。しかし、時計としてはまったく別物に進化を遂げていた。同社は理由をこう語る。「(今観られる)『羅生門』や『スター・ウォーズ』の映像はリマスター版だ。先進技術を用いて、(過去の作品を)現代の私たちがより楽しめるかたちに変化させている。それを時計でも行った」。
新しい「リマスター02 オートマティック」のインスピレーション源となったのは、60年に製造されたRef.5159BAである。縦横27.5mmの18KYGケースは、当時の時計としては例外的な、アシンメトリーなデザインを持っていた。生産本数はわずか7本。ちなみに59年から63年にかけて、オーデマ ピゲは、30以上もの非対称ケースを持つモデルを販売した。その大半は、生産本数が10本以下。その極めて実験的な試みは「建築の世界で広まりつつあった“ブルータリスト運動”に触発された」とオーデマ ピゲは説明する。『ブリタニカ百科事典』はブルータリスト運動がもたらした(ネオ)ブルータリズムをこう説明する。「ニュー・ブルータリズムは、ル・コルビュジエと、その代表的な仲間の建築家(中略)によって生み出された、建築デザインに機能的なアプローチを求めたインターナショナル・スタイルの一側面である」。
スイス出身の建築家であるル・コルビュジエ(1887〜1965年)は、コンクリートという新素材の使い方に工夫を凝らすことで、建築をもうひとつ上の次元に引き上げた。次の説明を見れば、Ref. 5159BAと、それに倣ったリマスター02の造形にも納得がいく。「インターナショナル・スタイルに対するル・コルビュジエの表現主義的な解釈は、記念碑的な彫刻のような形や、未完成の成形コンクリートの使用を伴うもので(中略)ニュー・ブルータリズムを象徴するアプローチであった。(中略)ニュー・ブルータリズムの建築家たちは、その建物において、洗練や優雅さを意図的に避け、鉄骨の梁やプレキャストコンクリートのスラブといった構造要素をむき出しにし、峻厳な直線性を表現した」(同上)。
直線とアシンメトリーを前面に打ち出した5159BAとは、確かに腕時計におけるブルータリズムの試みと理解できる。新作にまつわるアクティビティーとして、ル・コルビュジエに関するワークショップや、彼の設計した「レマン湖畔の小さな家」を巡るツアーが設けられたのは納得だ。
オーデマ ピゲは、新しいリマスターの題材を探す中で「5159BAを発見した」と説明する。もっともリマスター01が極めて凝った外装を持っていたことを考えれば、より凝った造形を持つ本作が、次の題材に選ばれたのは当然だろう。
しかし、その再現はかなり難しかったようだ。ケースの素材に選ばれたのは、新しい合金の18Kサンドゴールド。併せて、針はもちろん、文字盤やローターも、すべてサンドゴールドカラーに統一された。一見簡単そうに思えるが、違う部品の色をそろえるのは、実のところかなり難しい。例えば文字盤上のロゴ。ゴールドで成形したものの上に、さらにサンドゴールドのPVDを施して、ケースとの色味をそろえたのだという。
風防の素材はサファイアクリスタル。リュウズ側に向けて、15.8度の角度で落とされている。開発期間は2年、そして1枚の製造に数日間かかるとのこと。この風防を接着剤ではなく、なんと特製のガスケットのみでケースに固定している。「わざわざこのモデルのために特注した」というだけあって、風防とケースの間のパッキンはうまくなじんでいる。
文字盤は、真鍮をベースにブルーを加えたもの。しかし真鍮を削り、その上にPVDで数ナノメートルの薄い色膜を施し、サンドゴールドカラーのメッキを加えるというから、やはりかなりの手間だ。コンプリケーション部門の責任者であるルカス・ラッジは「当初3つのサプライヤーで文字盤の製造を検討してもらった。しかし、最終的には1社しか残らなかった」と苦笑する。
リマスター02のケースサイズは横41mmと、オリジナルの27.5mmよりかなり大きい。理由は「ロイヤル オーク エクストラシン」が採用するCal.7100系を採用したため。ラッジに「小径のキャリバーを使えばもっと小さくなったのでは」と尋ねたところ、これらのムーブメントを使うと厚みが増すとのことだった。「リマスター02を作るに当たって、3つの条件を考えた。薄いこと、トランスパレントバックで映えること、そして品質に優れることだ」。併せて同社は日付表示を外すだけでなく、リュウズも1段引きに改めた。
コルビュジエの手掛けた「レマン湖畔の小さな家」でキュレーターを務めるパトリック・モーザーは、5159BAに影響を与えたであろうブルータリズムをこう説明した。「ブルータリズムとは、必ずしもアシンメトリーを指してはいない。ブルータリズムとはそもそもラフリズム(荒々しさ)という意味なのだ」。彼の師匠であるオーギュスト・ペレは、コンクリートを新時代の機能素材と見なしていた。対してコルビュジエは、生のコンクリート(ベトン・ブリュット)に独特の美を見いだしたのである。コルビュジエの、そして彼の影響を受けた建築が、独特の力感を持つ理由だ。
正直、1960年に作られた5159BAは造形こそ際立っているが、仕上げはこの時代の典型的な宝飾時計に同じだ。対して新しいリマスター02は、ケース全面に筋目を施すことで、造形の強さを可能な限り強調してみせた。オーデマ ピゲが意図したかは分からないが、これこそベトン・ブリュットで外装を誇張したコルビュジエのアプローチそのものではないか。しかも全面に筋目を施したにもかかわらず、エッジは完全に切り立っている。その完成度は、現行ロイヤル オークよりももう一段上で、つまり量産品としては掛け値なしに最高峰と言える。
コンクリートという新素材がブルータリズムを生み落としたように、切削というケースの新しい加工技術は、リマスター02に類を見ない造形をもたらした。正直、これほど仕上がった外装を持つ時計が、普段使いに向くとは思えない。しかし、誰が偉大なコルビュジエに、そして荘厳なオブジェに、使い勝手を求めるというのだ?
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