ヴァシュロン・コンスタンタン珠玉の逸品から、高級時計製造の在り方を学ぶ連載。今回はウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(W&WG)2024で発表された、世界最高峰のグランドコンプリケーション「レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーション」を例に、超複雑時計の壮大さを見ていこう。
Ref.9901C/000G-B472。世界最高峰のグランドコンプリケーション。世界初の中国暦の永久カレンダーを筆頭に63機能を備える。手巻き(Cal.3752)。245石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KWGケース(直径98mm、厚さ50.55mm)。重量980g。総パーツ数は2877点にも及ぶ。非防水。
鈴木裕之:文 Text by Hiroyuki Suzuki
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
63機能を備えた複雑時計「レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーション」
世界最高峰のグランドコンプリケーション。2024年のW&WGでヴァシュロン・コンスタンタンが発表した「レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーション」は、その名に相応しい超大作だ。これまで世界で最も複雑な時計の称号は、同社が15年に発表した「Ref.57260」が保持してきたが、それが自らの手によって破られたのだ。
57機能を備えた260周年の記念作品という意味がリファレンスに込められたRef.57260。しかし最新作には63機能が盛り込まれ、その開発期間は11年にも及んでいる。Ref.57260ですら開発期間は8年で、発表からの9年間はこれを超える時計は登場しなかった。つまり、レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーションの開発はRef.57260の完成以前から始まっていたことになり、両機は姉妹機の関係にあることが窺える。
事実、Ref.57260の所有者でもあるウィリアム・R・バークレー氏は、この時計の“妹”の製作をキャビノティエに依頼したという。同氏は保険事業を扱う持ち株会社のオーナーで、ニューヨーク大学理事会の会長も務める人物。本来は表に出るはずのない発注者の名を、暗に明かそうとしているのだろう。これはその時代を象徴する超複雑時計の大作が、パッカードやヘンリー・グレーブスといった名で呼び習わされてきたことに似る。
Ref.57260と本作の最も大きな違いは、ユダヤ暦のカレンダーを廃して、代わりに中国暦の永久カレンダーを搭載したことだ。太陰太陽暦はその不規則性において他に類を見ない。つまり、機械的に再現することが極めて難しいということだ。中国暦における1年の日数は、通常年の場合で353日、354日、355日の3パターン、これが閏年になると383日、384日、385日となる。中国暦での1カ月は29日か30日だが、太陽暦と比べると1年の長さは11日分短くなってしまうため、それを調整するため2〜3年ごとに13番目の閏月を加えることになっている。そのルールは19年間(メトン周期と同一)で7回。この取り決めによって、1年の日数が6パターンに変化してしまうのだ。
さらに同作では五行十干十二支に基づく60年周期の表示や、二十四節気や月齢などによる農暦も同時に表示するようになっている。繰り返しになるが、本作は中国暦の永久カレンダーなのだ。その輪列解析の困難さが、そのまま11年という開発期間の長さに象徴されているようだ。このカレンダー機構に次の調整が必要となるのは2200年。つまり180年周期のプログラムが完成しており、歯車をひとつ変更するだけで、次の180年サイクルが時を刻み出すのだ。
この時計の全容を限られた紙幅で書き切ることはできないが、ミュージアムピース級の超大作であることは間違いない。
広田ハカセの「ココがスゴイ!」
2015年に発表された「Ref.57260」は、歴史に残るスーパーコンプリケーションだった。一度だけ実機を見る機会を得たが、過去の傑作を凌駕すべく作り上げられたこのモデルからは、関係者たちの尋常でない気迫を感じたのである。
発表後、この超複雑時計を作ったヴァシュロン・コンスタンタンに意地悪く尋ねた。仮にもっと複雑な時計を作ってほしいと依頼があったらどうするのか? と。
果たして回答は「残念ながら不可能だ。Ref.57260を契約した顧客と、今後10年間はより複雑な時計を作らないと約束したから」とのことだった。
しかし同じ顧客が、より複雑な時計を注文していたとは、予想もしていなかった。開発に11年もの期間がかかったという事実は、本作の非凡さを端的に物語る。
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