“良い時計の見分け方”をムーブメントから解説。良質時計鑑定術<感触・音編>

FEATURE本誌記事
2024.08.12

「良い時計」の基準は、人によってさまざまだ。しかし見るべきポイントはある。仕上げやつくり、性能などだ。そんなポイントから“良い時計の見分け方”を解説する、良質時計鑑定術。今回は、より人の好みが分かれやすい、「感触・音編」だ。

“良い時計の見分け方”をディープに解説する「良質時計鑑定術」まとめ

https://www.webchronos.net/features/119515/
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2020年5月号掲載記事]


ムーブメントの「感触」と「音」

Cal.LA18.1

ライネ「Cal.LA18.1」
優れた仕上げと魅力的な価格を持つライネ。しかし、時計愛好家として見るべきは、その優れた感触だろう。搭載するムーブメントの直径は36.6mm。対して、ケースサイズが40mmしかないため、巻き感や針合わせの感触はかなりダイレクトだ。現行品では珍しい触り心地と言えるだろう。往年の懐中を思わせる手触りにもかかわらず、ねじ込み式のケースバックにより、3気圧の防水性能を持っている。

 仕上げの手法などを知らなくても、時計の質を判断できる基準はある。それが感触と音だ。人によって好みの差が大きいため、このふたつを一般論として語るのは難しい。しかし、いくつかの基準を知っておけば時計選びはもっと面白くなるだろう。では一体、何が良い音と良い感触の基準になるのだろうか?


良い感触を得るには?

ライネ「ゲリドゥス2」

ライネ「ゲリドゥス2」
気鋭の独立時計師が手掛けたベーシックなモデル。ムーブメントのベースは懐中時計のユニタスだが、驚くべきことに、ムーブメントの受けとすべての外装は自製である。モディファイも可能。内容を考えると、価格はかなり戦略的だ。手巻き(Cal.LA18.1)。17石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約46時間。SSケース(直径40.5mm)。3気圧防水。(問)ノーブル スタイリング Tel.03-6277-1604

 感触や音を良くしたければ、硬い部品を磨き、それをしっかり固定すればよい。音はさておき、値段の高い時計に感触の良いものが多い理由だ(もちろんすべてとは限らない)。好例は、A.ランゲ&ゾーネの「ダトグラフ・アップ/ダウン」だろう。取り回しの複雑なこのムーブメントが優れた感触を持つとは想像しにくいが、手間をかけた結果、プッシュボタンの押し心地は、現行クロノグラフでも屈指の滑らかさだ。

 当然、設計の良いものを選ぶと良い感触は得やすい。好例がライネである。搭載するのは直径36.6mmのユニタスを改良した手巻きムーブメント。これを直径40mmのケースに収めている。リュウズからムーブメントへのリーチが短いため、巻いた時や針合わせの際のブレは小さく、非常に心地がよい。今はリュウズ回りの加工精度が上がったため、大きなケースに小さなムーブメントの組み合わせでも、ブレは感じにくくなった。しかし、できるだけケースサイズに近いムーブメントを選ぶことは、良い感触を得るための大原則だ。

Cal.L951.6

A.ランゲ&ゾーネ「Cal.L951.6」
感触を語るなら、このムーブメントを取り上げないわけにはいかないだろう。プッシュボタンのトルクは、スタート時約590g、リセット時も約712gしかない(いずれも実測値)。これは、ETA7750の約半分だ。最大の理由は、ムーブメントのコンセプトを実用性よりも趣味性に振ったため。プッシュボタンを押さえる規制バネを弱くするなどによって、極めて軽く、かつ精密な感触を得た。
A.ランゲ&ゾーネ「ダトグラフ・アップ/ダウン」

A.ランゲ&ゾーネ「ダトグラフ・アップ/ダウン」
初出2012年。1999年の初作より駆動時間が延びたほか、緩急調整機構がフリースプラングテンプに変更され、クロノグラフのリセットがダイレクトからインダイレクトリセットに改められた。ヒゲゼンマイも自社製である。手巻き(Cal.L951.6)。46石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約60時間。Ptケース(直径41mm、厚さ13.1mm)。30m防水。(問)A.ランゲ&ゾーネ Tel.03-4461-8080

 時間を合わせる際の針飛びを避けたければ、2番車が巻き真と同軸上にあるものを選ぶこと。もちろん、2番車がオフセットしたムーブメントでも、工夫を凝らして針飛びを抑えたものもある。また、大量生産されたエボーシュや熟成されたムーブメントは、仮に2番車が中心になくとも、基本的に針飛びが起きないようになっている。しかし、原則は、2番車が中心にあるものを選ぶべし、だ。

 ちなみに、針合わせの感触には良し悪しが存在する。針合わせの際にトルクの抜けがなく、感触にざらつきがないことが良いものの条件だ。また、針合わせの後に分針の置き回りが起きないムーブメントは、設計が優れていると考えてよい。


腕時計のローター音

Cal.52010

IWC「Cal.52010」
現在の自動巻きは、その多くが重いローターを保持するためにセラミックス製のベアリングを採用する。非常に優れた解決策だが、一部のメーカーを例外として、ローターの回転時に甲高い音がするという問題がある。対して、IWCのペラトン自動巻きは、ローターの固定にセラミックス製のベアリングを一切使用していない。そのため、ローターの回転音は、比較的静かである。

 自動巻きでチェックすべきは、ローターの音である。近年多くのメーカーは、ローターを支えるベアリングにセラミックスを使うようになった。摩耗しにくいが、反面独特の甲高い音がする。IWCのCal.52010は、あえてベアリングを使わないことで、ローター音を抑えた好例である。

 正直なところ、仕上げの手法を知らなくても、感触と音で時計の出来は、ある程度判断できる。そのために必要なのは、写真や動画を見ることよりも、できるだけ実物を触ること、なのである。


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