2024年、カシオ計算機が時計事業参入50周年を記念して復刻した「カシオトロン」。今回、『クロノス日本版』およびwebChronos編集長の広田雅将が、復刻カシオトロンの開発に携わったひとりである、衣笠裕氏をインタビューした。このインタビューから、カシオトロンを忠実に、しかし最新機能を備えて復刻させようとした、開発陣の“作り込みへの執念”が見えてくる。
Photographs & Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
[2024年7月3日公開記事]
時計事業50周年に復刻された「カシオトロン」
2024年は、カシオが時計産業に参入して50年。この大切な年に、カシオは同社初の腕時計であるカシオトロンを復刻した。50周年記念の限定版は即完売。続く限定モデルも、たちまち売り切れとなった。人気の理由は、1970年代風のユニークなデザイン。しかし多くの時計好きに「刺さった」理由は、スイスの時計関係者が驚くほどの、価格を超えた作り込みにあった。
今回、この復刻カシオトロンの開発者のひとりである、衣笠裕(きぬがさ・ゆたか)氏をインタビューした。
カシオ腕時計50周年を記念するのが限定モデルの「カシオトロンTRN-50-2AJR」だ。1974年のオリジナルモデルを忠実に再現するが、中身は最新の技術で武装されている。BLE電波ソーラー。SSケース(縦42.7×横39.1mm、厚さ12.3mm)。5気圧防水。世界限定4000本。6万3800円(税込み)。完売。
こちらはTRN-50をベースに、「Sky and Sea(スカイアンドシー)」をコンセプトにしたコンビネーションカラーをあしらった「TRN-50SS-2AJR」。6月に発売されたが即完売した。6万9300円(税込み)。完売。
オリジナルモデルを借りて、リバースエンジニアリングで復刻
「カシオ時計部門の50周年を祝うため、どんなモデルを復活させるべきか社内で検討したのです」。そう語るのは、カシオの時計部門で商品企画を担当する衣笠裕氏だ。消費者に過去のさまざまなサンプルを見せたところ、同社初の腕時計である「カシオトロン」の評価が高かったという。「カシオファンからはヴィンテージを超える評価を得ましたし、若い世代からも同様でした。そしてドイツの調査でも人気があった」。
1974年11月発売のカシオトロンは、同社初の腕時計というだけではなく、世界初の「自動カレンダー」搭載デジタルウォッチだった。今、多くのデジタル時計に備わる、すべてのカレンダーを自動的に切り替える永久カレンダー。その先駆けが、カシオトロンQW02だったわけだ。「時とは1秒1秒の積み重ね」という考えから、カシオは完全自動カレンダーを開発し、腕時計の実用性を大きく高めた。しかし名前とは裏腹に、発売されたカシオトロンQW02が搭載したのは“完全”自動カレンダーではなかった。
衣笠氏は語る。「当時は閏年の自動調整ができなかったのです。そのため2月末は手動で日付を調整しなければならなかった。本当の完全自動カレンダーになったのは78年からですね。私たちは50周年を祝うため、カシオトロンを復刻しようと考えましたが、(完全自動カレンダー以外の機能でも)今の技術を使った、最新版にしたかったのです」。
カシオにとっての記念碑であるカシオトロンを、同社は27年前にも復刻した。もっともこれはデザインだけ再現したモデルであり、しかも、初号機であるQW02の要素は含まれていなかった。というわけで、創業50年に当たる2024年、カシオの開発チームは、満を持して忠実な復刻版の「TRN-50」を発売したのである。
もっとも、カシオトロンを復刻しようにも、開発に向けて自由に参照できるオリジナルモデルを自社で所有していなかった。そこで衣笠氏の開発チームは、樫尾俊雄発明記念館に保管されていたオリジナルモデルを週末だけ借りて、外装をかたどり、リバースエンジニアリングで図面に起こした。あえてオリジナルから「型」を取ったのは、できるだけ精密に再現するため。そして、3Dプリンターでプロトタイプを作成した。もっとも、実物が手元にないと開発は進まないため、開発チームは後にカシオトロン QW02を購入したとのこと。
困難だった「オリジナルの造形を保ちつつ、最新機能を載せる」という試み
見た目は1974年のカシオトロンQW02に近づけるが、中身は最新版にする。そのため、カシオコネクト、マルチバンド6、タフソーラー、オートアジャスト、そして光発電によるオートチャージと、今のカシオの代表的な技術はすべて盛り込まれた。今のカシオならば、カシオトロンのサイズにこれらの機能を載せるのは難しくない。しかし、オリジナルの造形を保ちつつ、という条件のためハードルはいきなり高くなった。
まず問題になったのは文字盤だった。オリジナルのQW02は真鍮を加工し、そこに塗装でグラデーションを加えた文字盤を採用した。しかし光を通さない真鍮は、光発電のオートチャージに使えない。そのため、文字盤の素材は光を通すポリカーボネートになった。また、バラツキを嫌ってグラデーションは塗装ではなく、なんと印刷で再現された。しかし「オリジナルのグラデーションを再現するのに半年ほどかかった」とのこと。
文字盤外周にはめ込まれたギザギザのリングも、QW02は真鍮にメッキを施したもの。当初はメタルを検討したが、再現はできなかったという。そこでカシオは、山形カシオのお家芸である「ナノ成型技術」と金属蒸着を使うことで、プラスティック素材で再現してみせた。金属にしか見えないその質感は、山形カシオの技術力を反映したものだ。
裏蓋の成型も難しかった、と衣笠氏は語る。「オリジナルと同じ、金属製のスクリューバックにすると、電波の受信感度が悪くなってしまうのです。そこで、裏蓋の一部をミネラルガラスに替えました。そしてガラスの内側から、銀の蒸着を施しています」。裏蓋の中心に見えるのはQW2に同じ、カシオ計算機の本社が置かれていた住友三角ビルを上から見た図とされるデザインだ。このデザインも、最新モデルでも忠実に再現された。「本当はギリギリまでガラスを大きくしたかったんです。しかし、限定番号を入れるスペースがなかった」。
もっとも、今のカシオらしく、ディテールは大きく進化している。サテンとポリッシュを併用したブレスレットの仕上げはオリジナルに同じ。しかし、普通は3コマしかないテーパーコマも、3つから5つに増やされている。併せて、バックルの厚みも増やされ、プッシュボタン式の開閉に改められた。このモデルを価格以上に見せるのが、ブレスレットの外コマに設けられた縦方向の筋目仕上げである。ブレスレットを製造するメーカーにオリジナルを渡して、何度も注文を付けたという。
カシオの本気を感じさせるのは、モジュールもあえての新規開発という点だ。ベースはフルメタルG-SHOCKのGMW-B5000が搭載する3459。しかし、ソーラーセルとLCDの表示は新規に起こされた。
スイスの時計関係者も驚く完成度!
発表後、筆者は、カシオトロンのTRN-50をスイスの時計見本市に持っていった。あるメーカーのプロダクトディレクターが、時計を見せてくれという。この仕上がりでこの価格なのかと驚いたほどだから、いかにカシオが、カシオトロンに本気だったかが分かろうというものだ。
残念ながら、写真で挙げたTRN-50の初回限定版は即完売。しかしカシオは、今後もカシオトロンのラインナップを広げるとのこと。手に取れば、スイスの時計関係者が驚いた完成度の高さは、きっと理解できるに違いない。これは掛け値なしに傑作である。
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