東京の吉祥寺でアンティーク時計修復工房「マサズ パスタイム」を運営する中島正晴氏は、30年以上、アンティーク時計の修復に携わってきた。そんな彼のキャリアによって生み出されたオリジナルウォッチ「凪」「蒼黒」は、いったいどのような腕時計なのだろうか。
ボンベ文字盤を備えた「凪」。荒れやすい日本の海が時折見せる、穏やかな凪の状態から着想を得たモデルだ。アプライド式のアワーインデックスや針は丁寧に磨かれている。手巻き(Cal.MP1)。19石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約30時間。18KWGまたはSSケース(直径37.5mm、厚さ10mm)。3気圧防水。18KWGケース:1045万円(税込み)。SSケース:825万円(税込み)。蒼黒、凪合わせて10本生産予定。
(右)蒼黒
日本古来の伝統工芸やモチーフを取り入れた「蒼黒」。エングレーバーの辻本啓氏が手彫りで文字盤の装飾、針の製作を行っている。この部分を完成させるだけで、ひと月ほどの期間を要するという。手巻き(Cal.MP1)。19石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約30時間。18KPGまたは18KPG×赤銅ケース(直径38mm、厚さ10mm)。3気圧防水。18KPGケース:1210万円(税込み)。18KPG×赤銅ケース:1155万円(税込み)。
Text by Chieko Tsuruoka (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
マサズ パスタイムのオリジナルウォッチ「凪」と「蒼黒」
東京・吉祥寺のアンティーク時計修復工房「マサズ パスタイム」の店主、中島正晴氏。30年以上にわたって、何十年、あるいは何百年も前に製造された腕時計や懐中時計を修復してきた彼が、オリジナルウォッチ「凪」と「蒼黒」を発表した。中島氏が長年宿題とし、ついに完成させたこの時計は、彼のキャリアと理想を具現化した、畢生の大作だ。
凪、蒼黒ともに、“日本らしさ”がコンセプトだ。また共通して、オリジナルムーブメントであるCal.MP1が搭載される。もともと中島氏のオリジナルウォッチ製作は、オリジナルムーブメントの構想から始まった。つまり、MP1は文字通りのオリジナル。ルビーと主ゼンマイ、ヒゲゼンマイを除いたすべてのパーツの製造、仕上げ、組み立てを店舗で行っている。
オリジナルムーブメントCal.MP1
オリジナルウォッチ製作には、従業員のほぼ全員が関わった。特にムーブメント開発に欠かせない存在が岩田勝久氏だ。中島氏の希望を反映した設計、部品の製造を、岩田氏が担った。
完全オリジナルムーブメントを作るにあたり、中島氏は「脱進機周りが(製品として)成立するのかという恐れは、MP1開発の中頃まではあった」と言う。「脱進機の製造は、アンクルやガンギ車、テンプの位置関係が少しでもズレると、時計としての機能や精度面の欠陥になります。だから、脱進機は既製品をベースに使うという意見も出ましたが、それでは“自分の”機械ではないですよね」。中島氏と岩田氏でアンティーク時計のムーブメントを参考にしながら試行錯誤し、「(プロトタイプが)気持ちよく動いて、3カ月くらい自分で使ってみて、実用できると安心するまでは本当に恐怖でした」。
なお、MP1の構造自体に斬新さはない。しかし、中島氏らしい考えに基づいて設計されている。アンティーク時計の「いいとこ取り」をしており、長寿命で、メンテナンス性に優れることが企図されているのだ。「古い時計をいじっていると、故障しやすい構造や、反対に『本当に150年経ってる?』といったような(経年の影響を受けづらい)方式が分かってきます。アンティーク時計の良い方式を取り入れ、リスクの高い構造は使わないようにしました。アンティーク時計に教わったことをフィードバックしているのです」。
それぞれの“日本らしさ”
こうして完成したMP1を搭載する凪と蒼黒は、それぞれ異なる意匠を持つ。
蒼黒は、日本古来の伝統工芸や意匠が取り入れられた。文字盤は赤銅を黒染めしており、エングレーバーの辻本啓氏によって、麻の葉のパターンが手作業で彫り込まれている。また、ムーブメントは蒼黒のコンセプトに合わせて、ブリッジがサンドブラスト風に仕上げられており、さらにテンプ受けには文字盤同様、麻のパターンが彫金された。
一方の凪は、蒼黒と違って分かりやすい和の意匠は見られない。しかし、この凪にこそ、“日本らしさ”が宿っている。凪のシンプルな文字盤は、中央が膨らみを持ったボンベ式だ。中島氏は凪の文字盤に、彼が愛する「海」を落とし込んだという。
「海の平和な光景をイメージしました。水平線は丸くて、広くて、余計なものがありません。それで、文字盤をボンベ状にしようと」。もっとも、中島氏はただのボンベ文字盤を作ろうとしたわけではなかった。「アンティーク時計のボンベ文字盤を見ると、スモールセコンドのディスクもボンベ状に合わせて傾斜しています。秒針はムーブメントと水平に取り付けられているので、12時側と6時側で、秒サークルと秒針のクリアランスが異なる。この差が昔から気持ち悪かった。サークルだけは水平にして、かつ、ディスクは限界まで大きくしたい。(文字盤製作を担当した)清水は大変でしたね(笑)。でも、最終的に形にしてくれました」。
文字盤をよく見ると、その膨らみは控えめだが、スモールセコンドの12時側と6時側でディスクの段差が大きく異なることが分かる。オリジナルウォッチの外装の開発に携わった清水虎太郎氏の尽力によって、凪の文字盤は完成したのである。
シンプルな意匠からは想像もつかないほど作り込まれている凪。価格は蒼黒よりも抑えられているものの、製造時間や手間は、大きくは変わらない。「凪は、昔からいろいろな時計を見て来た人なら(手間がかかっていることが)分かる。そこが、凪の“日本らしさ”だと思っています。簡単には見えないものを大切にしたり、直接的な言葉を使わなかったり……哲学的に日本らしい。蒼黒は、日本の古典的な手法を辻本がアレンジしていて、その点をアピールできる。凪と蒼黒は、対照的な時計なのかもしれません」。
中島氏のビジョン
中島氏には、今後MP1をベースにした新モデルの構想がある。とはいえ、まずは納品が最優先だと語る。「今年の注文分を滞りなく納品したい。そのためにも、効率化はひとつの課題です。現在はMP1のネジひとつ取っても、店で削り出しから行っている。でも、すべてを素材の状態から手で作る必要はないと思うので、仕上げ前の工程の部品を一部外注することも検討しています」。
畢生の大作といえるふたつのオリジナルウォッチだが、中島氏の「仕事」に終わりはないだろう。アンティーク時計修復、そしてそのノウハウを活かした時計製作は、彼のライフワークなのだから。
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