時計経済観測所/本格化する「消費格差」。高級時計は「消費勝ち組」に支えられる?

LIFEIN THE LIFE
2024.07.11

日経平均株価の高値更新や円安が後押しするインバウンドの増加は、日本経済を底上げするかに思われた。しかし、景況感は悪化しており、GDPのマイナス成長も手伝って、個人消費は振るわない。一方で、高級時計市場は好調だ。富裕層によって活発に消費されており、消費の二極化は広がるばかり。高級時計の最新の消費情報を、経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]


本格化する「消費格差」。高級時計は「消費勝ち組」に支えられる?

磯山友幸

磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
【磯山友幸 公式ウェブサイト】http://www.isoyamatomoyuki.com/

 2024年1月から3月までの国内総生産(GDP)速報値が5月16日に発表された。物価の変動を除いた実質は、前の期と比べて0.5%のマイナスと2期ぶりのマイナス成長となった。年率換算すると2.0%のマイナスと比較的大きな落ち込みになった。

 GDPの6割を占める個人消費が0.7%のマイナスと4四半期連続で振るわなかったことが大きい。設備投資も前の期の1.8%のプラスから0.8%のマイナスに転じるなど多くの項目でマイナスになった。

「歴史的株高なのにGDPはマイナス」──。朝日新聞はそんな見出しを立てた。確かに株価は高水準を維持しており、「景気が良いから株価が上がっている」はずなのに、GDPがマイナスになるのは解せないという人も多いだろう。円が劣化する猛烈な円安によって「見た目」の株価は上昇しているが、決して好景気とは言えない、という実態が徐々に明らかになっている。

円安による経済の悪循環

 政府も日銀も当初、円安は景気にプラスだとしていた。円安になれば輸出が大きく伸び、企業収益が向上するので、給与が増え、それが消費に結びついて、再び企業収益を押し上げる。「経済好循環」が始まると言い続けてきた。ところが、円安によって物価は大きく上昇しているものの、賃金の上昇はそれに追いついていないため、いわゆる「実質賃金」はマイナスが続いている。2024年3月は「見た目」の名目賃金は0.6%増えたが、物価が3.1%上昇したため、差し引き実質賃金は2.5%減少した。実質賃金のマイナスは、何と24カ月連続で、過去最長を更新している。

 実質賃金が増えなければ、消費する量を減らすことになる。節約をして消費を抑えるわけだ。結果、実質消費は増えない。どうやら、経済の好循環ではなく、悪循環が始まっている。実質賃金が増えないので、消費を抑え、それが売り上げ不振につながって、給与も増えない、という悪循環だ。

二極化する消費

 いやいや百貨店の売上高は好調だ、という声もあるだろう。確かに日本百貨店協会がまとめている3月の売上高速報は前年同月比9.7%増と一見好調に見える。雑貨の中の「美術・宝飾・貴金属」は25.8%増という高い伸びを示している。これはいったいどうしたわけか。

 もちろん、物価上昇率を差し引いていないので、見た目の消費が良い、という言い方もできる。しかし、明らかなのは消費が二極化しているということだ。円安の恩恵を受ける外国人のインバウンド消費や、株高で潤った小金持ちは、間違いなく財布が豊かで、消費に資金が向いている。一方で国内での給与や年金しか収入源のない庶民は物価上昇で消費を抑えざるを得なくなっている。前述の百貨店売上高でも、生鮮食品は0.3%のマイナスだ。生鮮食品はインバウンド消費が少ないうえ、値上がり幅が大きいため、買い控える消費者が増えているのだろう。高級品は売れる一方で、生活必需品はなかなか売れない、という二極化した歪な消費になっている。

高級時計の消費には強い追い風

 高級時計市場を支える富裕層や小金持ち層は、比較的財布に余裕が生まれている。株価や地価が上昇している「資産効果」が高級品需要に大きな影響を与えることは知られている。さらに、そこに円安によってインバウンド旅行者が高級時計を買い漁る事態が加わっているのだから、高級時計の消費には強い追い風が吹き続けている。

 逆に言えば、庶民的な時計の需要は頭打ちの色彩が強まってくるに違いない。

 スイス時計協会がまとめているスイス時計の世界向け輸出は1月から3月までの累計で、前年同期比で6.3%減少した。輸出先上位30カ国・地域のうち、プラスとマイナスが15ずつとなった。中国や香港、ドイツ、イタリアなどの落ち込みが大きい一方で、米国、日本、UAE、韓国などがプラスを保っている。世界経済は減速懸念が台頭し始めている中で、底堅い米国向けと並んで、円安が進む日本向けもプラスになっているのだ。「消費格差」が鮮明になる中で、高級時計は資産価格の上昇に支えられた「消費勝ち組」に当面は支えられることになりそうだ。


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