ミシュラン三つ星に14年輝き続けるなど、国内外から高い評価を得る大阪の料亭「柏屋」。多くの食通を魅了するその理由を、主人・松尾英明氏の想いから探る。
6~7月に供される八寸の一例。優美で緻密な料理の数々に涼を感じることができる。生雲丹と絹さやをのせた氷室豆腐、一寸豆とリコッタチーズを添えた鮑柔らか煮、梅を合わせた蛸湯引き。渡辺明氏による網代彫義山長角大皿に2名分を盛り合わせている。日本酒を主軸に、ワインやジンなどを組み込んだアルコールペアリングも秀逸。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
目に見えぬ層が呼び起こす感銘
1962年、大阪府生まれ。大学卒業後、滋賀県の名料亭「招福楼」へ入社。実家へ戻り、1992年に料理長に就任。現在は、主人として「柏屋」総料理長を務める。2010年より14年間ミシュラン三つ星を獲得し続けている。12年以降継続してルレ・エ・シャトーに加盟。22年よりスイスの時計ブランド「ブランパン」のアンバサダーに名を連ねている。
「柏屋」は、現在の主人・松尾英明氏の父である直徳氏が1977年に創業したことに始まる。直徳氏はもともと酒販業を営んでいたが、料理屋を開くという長年の夢を40代にして叶えた。屋号は、直徳氏の祖父の代まで営んでいた旅籠の名を引き継いだもの。
そのような食への強い信念を持つ父の影響に加え、松尾氏が料理人の道を志す決定打は大学時代にさかのぼる。京都市の西大路七条にある高源寺の茶道の稽古場でのことだ。「初めて入った時に惹き込まれました。静寂に整えられた空間に身を置き、そのピンと張りつめたなかにも心が落ち着くものを感じ取り、自分のなかで何かが動き出しました」。茶道の客人を想い、季節の取り合わせによって出迎える精神は、現在の「柏屋」のおもてなしに通じている。
実際に「柏屋」を訪れると、その季節をなんと色濃く味わうことができるのだろう、とさまざまな感覚が研ぎ澄まされていく。食材や料理はもちろん、その仕立て方、盛り付ける器、部屋の設えに至るまで、季節を細やかに切り取ったように伝えてくれ、それらがそこに漂う空気までも風情あるものに変えているとさえ感じてしまう。料理の献立は、歳時記に沿い、二十四節気の二節気ごとに替わる。御品書と共に主人からの手紙が添えられているので、食事を待つ時間にぜひ手に取っていただきたい。
おもてなしの極意について松尾氏は常々こう語っている。「小さなものの積み重ねはひとつでは分からなくても重なると圧倒的な差を生み、完成した時に何か熱く伝わるものとなる」。それは、お腹だけでなく心を豊かにできるか、また訪れたいと思う店なのかどうかへとつながっていく。
輝かしい評価の数々が情報として先走ってしまうと、敷居が高いと誤解してしまうかもしれないが、「柏屋」は自然体で実に居心地がいい。毎月お子さまの受け入れ日を設けているが、本来、年中行事はお子さまが中心のものだからと話す。
「すべて相手(それは季節、食材、お客さまなど自身が向き合う対象)に合わせることしかできません。店の中で私が一番楽しんでいるのですよ」と松尾氏は笑う。天職とはまさに。
柏屋 千里山本店
大阪府吹田市千里山西2-5-18
Tel.06-6386-2234
日曜定休(臨時営業・休業有)
12:00~13:00、18:00~19:30(最終入店)
平日昼1万7600円~、夜・休日2万2000円~(サービス料10%別)
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