世界中から収集されて、ジュネーブのアトリエで新たな生命を吹き込まれたヴィンテージウォッチたち。「レ・コレクショナー」は、1世紀半におよぶアーカイブと高度な修復技術を持つメゾンならではの類稀なる取り組みだ。
Text by Naoto Watanabe
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
ヴァシュロン・コンスタンタンの直営ブティックのみで販売される「レ・コレクショナー」
プレステージ・ドゥ・ラ・フランスの1975年製造手巻きモデル。左右非対称な台形を手首に沿わせるように湾曲させ、全体に丸みを持たせてポリッシュした独特な形状のケースは、ブルーカボションのリュウズと相まってフェミニンな印象をもたらしている。
(右)Ref.4072
名機バルジュー23がベースのCal.13’’’-492を搭載した手巻きクロノグラフ時計の1969年製造モデル。
ヴァシュロン・コンスタンタンのヘリテージ部門が世界中から収集したヴィンテージウォッチをジュネーブのアトリエで修復し、真正鑑定書と2年間の保証を付け、直営ブティックのみで販売される「レ・コレクショナー」。現在対象となっているのは20世紀全般の懐中時計と腕時計だ。そのラインナップにはミニッツリピーターや永久カレンダー、クロノグラフといったコンプリケーションモデルも含まれている。
オークションや個人コレクターなど、あらゆるルートから収集されメゾンのアトリエに持ち込まれる時計たちは、まず初めにケース番号とムーブメント番号を自社のアーカイブと照合し真正判定を受けた後、クリーニングや修復など、どの程度まで時計に手を加える必要がある状態なのか、詳細な技術調査が行われる。基本的には、可能な限り時計をオリジナルの状態に保つことを目指して修復されるが、必要とあらば自社に保存された膨大な補修部品の中から、その時計が製造された時代のパーツが採取され組み込まれる。さらに、保存された部品の中に該当パーツが存在しなかった場合は、当時と同じ伝統的な手法で部品を再製造するケースもあるという。
(右下)研磨を重ねることで造形の崩れがちなケース一体型ラグ部分も、整った天面とエッジが与えられている。
その結果、現在では補修部品の調達が困難となったバルジュー23ベースのCal.13-492を搭載した手巻きクロノグラフモデルなども、レ・コレクショナーのラインナップに加えられている。この世代の繊細で複雑なムーブメントが完全にレストレーションされ、さらには通常コレクションと同じ期間の保証によって実用できてしまうというのは、ヴィンテージウォッチマニアにとっては垂涎ものだろう。
加えて感心させられたのはその外装品質だ。多層的なラグを持たせたスクエアケースのトレドコレクション(写真上左)や、3段階ベゼルを持たせたオクタゴンケースモデル(同右)など、複雑なケース形状のモデルも取材時には多数そろえられていた。これらはいずれも造形の崩れはなく、面の歪みも最小限に抑えられていたのである。
トレドの1960年製造自動巻きモデル。ケース一体型ベゼルと2段階のラグを連続的に見せた本作は研磨の難しいデザインだが、造形の崩れは見られない。C面付きのハカマを持たせた立体的なセンターセコンドは、先端部に裁縫針のような鋭さが与えられている。
(右)Ref.43024
八角形型ドレスウォッチの1990年製造自動巻きモデル。3段階ベゼルはわずかな打ち傷でも崩れてしまいそうな繊細な造形だが、全周が歪みなく整えられている。ブリリアンカットのブルーサファイアがセットされた文字盤の表面は、ヤスリがけを施したように深く長い縦筋目が特徴だ。
また、いずれの文字盤にもシミや腐食は見られず、鮮明に整ったサンレイや縦筋目の文字盤上に繊細なプリントが施されている。アプライドインデックスや針も、ゴールド製、ブルースティール製ともに曇りのない鏡面だ。
風防にサファイアクリスタルが採用される以前の世代のヴィンテージウォッチでは、プレキシガラス(アクリル)風防が主流のため、経年変化や着用による摩耗で曇りが生じている個体が多い。しかし、本コレクションでは風防の表裏が入念に磨き込まれているのか、極めて高い透明度が確保されており、クリアな視界で文字盤の表情を楽しむことができた。
ヴァシュロン・コンスタンタンでは、個体ごとにどのように手を加えているのかについては明らかにしていないものの、いずれも非常に丁寧で繊細な補修が施されているのは間違いない。まさしく、長年にわたり膨大なアーカイブと修復技術を蓄積してきたメゾンならではの特別なコレクションと言えるだろう。
時計の設計は搭載される機械の構造と密接に結び付いているため、半世紀以上前の時計を完全な形で復刻するのは容易なことではない。ヴィンテージウォッチのデザインや作り込みは好みだが、時計はなるべく製造時のコンディションで楽しみたいという筆者のような層にとって、「レ・コレクショナー」は非常に魅力的な選択肢のひとつとなるはずだ。
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