フレンチ マニュファクチュールの再興を掲げ、自社ムーブメントの開発と、そのムーブメントを構成する部品の大半をフランス国内で製造するペキニエ。今回は、フランスとウォッチメイキングの関わりの歴史から、ペキニエについて簡単に紹介しつつ、同ブランドの3つの自社製ムーブメントと、それらを搭載したラインナップ「ペキニエ マニュファクチュール」を解説しよう。
Text by Shin-ichi Sato
[2024年9月6日公開記事]
ペキニエってどんなブランド?
ペキニエは、1973年にエミール・ペキニエがジュラ山脈の中心に位置するフランスのモルトーにて創業したブランドだ。現代の“機械式時計産業の中心”といえばスイスであり、フランスに対して時計、特にマニュファクチュールのイメージを持たない方も多いことだろう。しかし歴史をひもとけば、現在の時計産業や時計技術とフランスが深く結び付いていることが分かる。
スイスの中でも特に時計産業が盛んであるのはスイス西部地域、すなわちフランスと国境を接する地域で、ゼニスやティソの本社が位置するル・ロックルからペキニエの本社までは直線距離で10kmほどしか離れていない。
スイスの中でもフランスに近い地域に時計産業が根付いたのは、16世紀から17世紀にかけてフランスにて宗教弾圧が行われた際に、フランスの時計技術者がスイスへ移住したことがきっかけとなっている。この辺りの背景は、ペキニエ「コンコルド」のインプレッションでもう少し詳しく触れたので、そちらも参照して欲しい。
17世紀以降もフランスに時計産業は残っていたが、1970年代のクォーツレボリューションによって伝統的な時計産業は大きく衰退してしまった。このような歴史的背景の下、“フランスのマニュファクチュール”の再興を目指すのがペキニエである。創業初期のペキニエは、現在では腕時計にとっては主流でありながら、70年代当時はまだ医療用途が多かった316Lステンレススティールをいち早く時計に活用し、そこにダイヤモンドを配したレディースウォッチが人気を集めた。
ペキニエが標榜する“フレンチ マニュファクチュール”
2024年新作。自社ムーブメント「カリブル ロワイヤル(Cal.EPM04)をベースとした、ペキニエ初のフライングトゥールビヨンモデルだ。手巻き(Cal.Royal Tourbillon)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約88時間。18KRGケース(直径44mm、厚さ11.7mm)。5気圧防水。世界限定24本。予価1375万円(税込み)。
現在のペキニエのフィロソフィーが固まったのは、創業者のエミール・ペキニエが引退した後の2006年以降である。この頃には最新の設備を備えて多くの時計技術者を抱える自社工房を構えるまで発展し、現在では「一定地域で古くより受け継がれてきた伝統的あるいは高度な専門技術を有する企業」としてフランス政府によるフランス無形文化財企業(EPV)の認可を受けている。
では、ペキニエが標榜するフレンチ マニュファクチュールを体現する、あるいはEPVの根拠となるような製品とはいかなるものであろうか。現在のペキニエは3つの自社ムーブメントを擁している。これらのムーブメントはフランス国内で大半の部品が製造されている点が特徴で、フランスに由来する意匠を配していることも注目すべきポイントだ。
自社ムーブメント第1号「カリブル ロワイヤル(Cal.EPM01)」
2011年発表で、フランス政府の資金的支援を受けながら開発された自社ムーブメント第1号が「カリブル ロワイヤル(Cal.EPM01)」である。カリブル ロワイヤルは“独立性なしには作品の独自性は生まれない”との志を掲げて開発されたものだけあり、独自性に富んだ構造を持つ。
コンセプトは“機械的ロスを極限まで抑えること”である。最大の特徴は、香箱と1番車を別体化して独自のシャフトパーツでつないだ「センター・シャフトドライブ」であり、主ゼンマイの出力を1番車の回転軸にそのまま伝達するものだ。これにより、出力軸には時計の稼働に必要な回転力以外は伝わらず、輪列全体のブレやズレの発生を防ぎ、高効率な動力伝達を実現している。
また、種々の機能をモジュールレスで実現する設計思想を採用している。機能モジュールの搭載は多機能化に効果的な手法だが、その接続部分でロスが生じやすい。これを避けるため、140の階層に分けられた厚さ5.88mmの地板を用意し、そこに各機能を搭載できるように設計している。自動巻き用のローターは、フランスではなじみ深い「フルール・ド・リス」(アイリスの花の紋章)をかたどった曲線を基調として、ローター中心に配された紋章がテンワと重なる位置に配されている。
なお、このEPM01は現在、「ロワイヤル サフィール」と「ロワイヤル オリジン サンクフォンクション GMT」などに搭載されている。さらに、「ロワイヤル サフィール ペルラージュ」の18KRGモデルは、ブザンソン天文台のクロノメーターを取得している。
自動巻き(Cal.EPM01)。39石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約88時間。18KRGケース(直径42mm、厚さ12.3mm)。50m防水。世界限定3本。517万円(税込み)。
ロワイヤル サフィールは、ペキニエのフラッグシップだ。Cal.EPM01を搭載していることに加えて、ロワイヤル サフィール ペルラージュではダイアルを省いてこのムーブメントを可視化。フラット3ディスク・ジャンピングデイデイトやムーンフェイズといった機構があらわになることで、ペキニエが誇る自社ムーブメントを、目でも存分に楽しめるのだ。
地板がペルラージュ加工されているのも、ペキニエの丁寧な仕事を感じさせるとともに、意匠へのアクセントとなっている。
なお、ロワイヤル サフィール ペルラージュにはステンレススティール製モデルと18Kローズゴールドモデルが用意されている。ロワイヤル サフィール自体が少量生産であることに加えて、この18Kローズゴールドモデルは世界でわずか3本のみの限定生産という稀少性だ。さらに、このモデルのムーブメントにのみ、ブザンソン天文台のクロノメーターを取得させている。
初作の設計思想を引き継ぎつつ手巻き式とした「カリブル ロワイヤル マニュアル(Cal.EPM02)」
「カリブル ロワイヤル マニュアル(Cal.EPM02)」は、Cal.EPM01の派生モデルであり、その名の通り手巻き式に改められたムーブメントだ。手巻き式に改めるのにあたって、Cal.EPM02では自動巻き機構を取り外すだけではなく、香箱以降の輪列が新たに設計されている。
Cal.EPM01の特徴であるセンター・シャフトドライブを継承しつつ、多機能化を前提とした構造はそぎ落とされている。これに伴って、4番車が6時位置となるレイアウトを実現し、6時位置にスモールセコンドを配置可能としている点が注目だ。手巻き式であれば追求したくなる「巻き心地」もCal.EPM02では向上している。
ブリッジやプレートは曲線で構成されており、フランスらしさを思わせる柔らかな印象を受ける。センター・シャフトドライブが収められた大型の香箱と、それと呼応するムーブメント中央部の円形のプレートは、本作特有の見どころである。
完全新設計、新世代基幹ムーブメント「カリブル イニシャル(Cal.EPM03)」
「カリブル イニシャル(Cal.EPM03)」は、“フレンチ・マニュファクチュール第2章の始まり”とも言える完全新設計のムーブメントである。Cal.EPM01は多機能化を見越した大きな地板を有する点が特徴であったが、Cal.EPM03は基本設計をシンプルにセンターセコンドの3針ムーブメントとしつつ、モジュールを搭載することで機能追加が可能な多様性を重視した設計となっている。
この設計思想は近年の各社の動向と一致するもので、ペキニエの新世代の基幹ムーブメントとして設計されていることがうかがえる。新設計に合わせてムーブメントの意匠も一新され、これまでの円を基調としたデザインから、大型のプレートと、デコラシオン・エスカルゴ装飾と呼ばれるテンワ回転軸を中心とした流れを感じさせる装飾が与えられている。
タングステン製ローターは、フランスの庭園に見られる噴水から着想を得た「フォンテーヌ・ロワイヤル・ローター」となる。時刻合わせの操作感も向上しており、リュウズ操作は適度な重さがありつつスムーズで、進み戻し間の遊びも少ないものとなっている。Cal.EPM03では、フランス国内での部品製造割合は72%、残りはスイス製である。
ペキニエの代表的なモデル
では、これらのムーブメントを搭載した代表モデルを紹介してゆこう。
ロワイヤル サフィール
自動巻き(Cal.EPM01)。39石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約88時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.3mm)。100m防水。225万5000円(税込み)。
スモールセコンド、パワーリザーブ表示、フラット3ディスク・ジャンピングデイデイト、ムーンフェイズ表示の4機能を備えるCal.EPM01を搭載し、ダイアルをサファイアクリスタル製としたロワイヤル サフィール。デザインは、同じく4機能を備える「ロワイヤル オリジン キャトル・フォンクション」を引き継いだもので、クラシックとコンテンポラリーが融合したデザインに、複数の機能が整然と配置されている点が特徴である。
アティチュード
自動巻き(Cal.EPM03)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。SSケース(直径39mm、厚さ9.05mm)。50m防水。63万8000円(税込み)。
21年に、新世代のムーブメントであるCal.EMP03の発表と同時にリリースされた3針モデルのアティチュード。デザインはラウンドケースに細いラグ、虚飾のないシンプルなダイアルと、王道のクラシカルデザインである。
ケースは直径39mm、厚さ9.05mmと、現代基準ではコンパクトかつ薄い仕立て。このシルエットにより幅広いシチュエーションやファッションにマッチする仕上がりとなっている。このサイズ感であれば、女性でも着用可能なユニセックスモデルとみなすことができるだろう。
コンコルド
自動巻き(Cal.EPM03)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。SSケース(直径40mm、厚さ9.25mm)。10気圧防水。84万7000円(税込み)。
アティチュードと同じCal.EMP03を搭載するペキニエ最新作。23年の創業50周年を機に発表されたモデルで、スポーツシックかつブレスレットを採用したペキニエの新機軸と呼べる存在だ。
フランスの歴史と深く関わる「コンコルド広場」から着想を得たデザインで、スクエアケースに円形ダイアル、長円型の時分針から、その着想源を感じ取れる。ケースは厚さ9.25mmと薄く、サテン仕上げを基調としながらも柔らかい曲線で構成されたシルエットのため、カジュアルシーンのみならずジャケットスタイルにもマッチする。デザインコードを共有する36mm径モデルもラインナップされるため、幅広い層に受け入れられるモデルとなっている。
フランスのマニュファクチュールを手首に載せる
ペキニエのラインナップ、特に、近年発表のアティチュードとコンコルドは、シンプルで派手さがなく、エレガントさや端正さを感じさせるデザインである。現在のペキニエオーナー兼社長のウグ・スーパリスは、ペキニエのユーザー像について「自由な精神を持ち、美しいものが好きな方。そして見せびらかすのを好まず、クワイエットラグジュアリーが好きな方」と語っており、まさに、そこにフィットするモデルと言えるだろう。
ペキニエは、フレンチ マニュファクチュールの再興を掲げ、フランス国内での物作りに精力的に取り組み、提供するプロダクトにはフランスにまつわるデザインエッセンスが随所にちりばめられている。故に、フランスの文化的背景が反映されていると言えるだろう。
ペキニエの考えるユーザー像や、フランスの料理、ファッションなどの文化に関わる方にとって、本作は魅力ある選択肢となるはずだ。興味を持たれた方は、ぜひ1度、店頭にてその手首に載せてみて欲しい。
https://www.webchronos.net/features/113648/
https://www.webchronos.net/features/116497/
https://www.webchronos.net/features/102699/