創業以来、海とのつながりを強く持つパネライ。実業家のK.Y.さんは、そんなパネライの時計をこよなく愛してきた。本人が強調するように、彼はいわゆる“時計好き”とは少し異なる。時計マニアのような知識を持っているわけでも、自慢できる本数を持っているわけでもない。しかし、海に魅せられた彼は、やがて海に関わる時計を手にし、自然とパネライにたどり着くこととなった。立志伝中の人に、海と時計、そしてパネライの魅力を語ってもらおう。
西日本在住の実業家。大学卒業後、一般企業を経て、家業の経営に携わる。49歳の時に一念発起して独立。会社設立から4年で、売り上げを8倍に増やした。プレジャーボートの世界ではつとに知られるKさんだが、実は海に関わる時計にも目がない。パネライとの出会いは、船の雑誌に載っていた計器の写真から。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2019年3月号掲載記事]
「人生は海と同じ。大時化の日も、凪の日もありますよ」
時計というよりも、船好きと海好きが高じて、海の時計を集めるに至った人がいる。日本の西に住むK.Y.さんだ。「仕事も趣味も海」と公言してはばからないKさんの人生は、彼が愛してやまない海のように、広くて奥行きに満ちている。
「父親が海の仕事をしていた関係で、中学生の頃から船に乗っていました。荷物を運んだりしましたね。父は船が好きでプレジャーボートを買い、自分でも船を置けるマリーナを作りたがっていました。でも、オイルショック後に景気が悪くなり、マリーナの計画は断念しました」
長らく、恵まれた立場にいたKさん。大学を出た後は、東京で働くこととなった。
「人混みも満員電車も嫌でしたね。だから、40歳までには田舎に戻りたいと思っていました。そんな時、父から連絡をもらい、会社に来ないかと誘われたんです。東京は嫌だったし、今と違って昔は親の言うことには反対できなかったですからね」
創業家の人間として、家業に携わることになったKさん。しかし、49歳の時に転機が訪れた。
「兄が会社を継ぐことになったんです。兄とは仲がいいですが、同じ会社にいるとお互い気を使ってしまう。ならば自分の人生は、自分で決めようと思いました」
なんとKさんは、49歳にして会社を興したのである。筆者はさまざまな起業家に会ったが、50歳を間近にして創業した人を他に知らない。まるで、毛利元就のような人生ではないか。Kさんはこう強調した。
「40代なら、どんなことだってできますよ。私だって49歳で会社を作ったのだから」
思い切って独立を決めたのはいいものの、月収は250万円から80万円に激減。
「銀行で2000万円借り、追加で1000万円貸してくれと頼んだのですが、断られました。じゃあ、借りてくださいと懇願されるまで銀行には行かないと決めました」
1年目の年商は3億円。しかし4年目には24億円に伸ばしたKさんには、天性の商才があったのだろう。事業で成功を収めた彼は、長年の夢である、自分専用のプレジャーボートを持とうと考えた。初めて買ったのは、事業を興して3年目のこと。
「今持っている船は7代目ですね。事業が大きくなるにつれ、船を乗り換えてきました。新しく船を買ったときに、次は何を買おうか考えています」
そんなKさんが愛してやまないプレジャーボートの中には、パネライの計器が据え付けられている。
「パネライを知ったきっかけは、船の雑誌でした。船用の計器を作るメーカーは少なくないけど、格好いいものは少なかった。パネライの計器は格好いいと思いましたね」
海に関係あるアイテムがあれば欲しくなる、と語るKさん。大阪のブティックでパネライの計器を購入し、毎年のように数を増やしてきた。
「昔はオメガなどを使っていました。でも海に関係する時計が欲しくなり、まずはコルムのアドミラルズカップを買いました。スキンダイビングをやるようになってからは、IWCのアクアタイマーも手に入れました。この2本は、船に乗るときはいつも着けていますよ」
Kさんの所有するプレジャーボートは、全長約24mもある堂々たるものだ。モキクラフトのロングレンジ23、長距離を航海するためのロングレンジクルーザーだ。
「釣りもしないし、スピードを出さないから、この船でいいんですよ。ただ今の船は、メンテナンスや保管場所などで、維持費がかなりかかってしまう。マクラーレンを買えてしまうほどですね。前の船の維持費は800万円で済んだのに」
嘆息しながらも、どこか楽しげなKさん。
「子供が小さい頃は家族揃って、ボートでよく出かけていました。今でも毎週金曜日と土曜日は船に泊まっています。その時間を作りたいから、土日のゴルフはすっぱりやめました。そして時間があれば、船を沖に止めて寝ています。本を読んだりするのは最高ですね。確かに値段は安くない。でも家を買っても景色は変わらない。船なら変えられるじゃないですか。プレジャーボートは動く別荘だと考えています」
Kさんの話は、海と船を中心に、車や時計にも広がりを見せる。見せてくれたのは、フレデリック・コンスタントのランナバウトだ。豪奢な箱を開けると、クラシカルなクロノグラフと、これまた古典的なボート、リーヴァの模型が姿を見せる。「これ、付属の模型が欲しくて買ったようなものですね。気に入って、結局ふたつも手に入れてしまった」。時計は持っていない、興味があるのは海だけと語るKさん。しかし、腕にはさりげなくパネライのレガッタが巻かれている。聞けば、最近手に入れたという。
「パネライと言えば海ですからね。レガッタは買いましたよ。もっとも、パネライであっても、気に入ったデザインでないと買わないですけどね。それと、船の中では使えない。アイリーンの船長は腕に巻いていましたが、僕はぶつけてしまう」
そんなKさんは、途方もない隠し球も持っていた。パネライのロ シェンツィアート ルミノール 1950 トゥールビヨン GMT チタニオ- 47mmだ。
「SIHHに呼ばれた際、(当時CEOだった)アンジェロ・ボナーティさんに勧められて買いました。トゥールビヨンは、海や宇宙を想像させるから好きですね」
イタリア製のプレジャーボートを持ち、マクラーレンに乗り、そしてパネライのトゥールビヨンを所有するKさんは、世間が言うところの富裕層、しかもその極め付きに違いない。でなければ、勧められてもトゥールビヨンは買えないだろう。しかし、そんな印象をまったく与えないのは、人生に達観しているからではなく、海以外に興味がないから、ではないか。本当に、Kさんは海以外の話をしない。
「今は国際ヨットラリーの世話役もやっています。そこに地元の学生たちも呼んで、国際交流を図っています。残念ながら、今ではヨットやボートに関心のある若い人たちが少なくなっているんです。小さい頃から、海に親しんでもらいたいですね」
あくまで、海という“場”を通じて、時計も楽しむKさん。欲しい時計を聞くと、やっぱり“海もの”の名が挙がってくる。
「新しいコルムのアドミラルは気になっています。文字盤がデッキ状の仕上げですからね。それと、パネライのマリンクロノメーターも欲しいですね。船内に置いたら格好いいでしょう。もし良いものがあれば、買いますよ」
しかし、である。Kさんは、なぜこれほどまでに成功を収められたのか。秘訣を率直に聞いてみた。
「まずは苦労を楽しんだこと。苦労を苦労とは思わないことですね。人生は海と同じ。大時化の日も、凪の日もありますよ。また、あの人にもできるなら自分にもできる、と思うこと。そして仕事は楽しくやることです。それが結果につながります」
いかにも“海の男”らしい、含蓄に満ちた回答ではないか。筆者は今まで、いろんな人に会ってきた。しかしKさんほど、海の時計が似合う人は、ちょっといないように思う。時計は人を語る。
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