時計愛好家の生活 K.Y.さん「パネライを知ったきっかけは、船の雑誌でした」

FEATURE本誌記事
2024.08.02

創業以来、海とのつながりを強く持つパネライ。実業家のK.Y.さんは、そんなパネライの時計をこよなく愛してきた。本人が強調するように、彼はいわゆる“時計好き”とは少し異なる。時計マニアのような知識を持っているわけでも、自慢できる本数を持っているわけでもない。しかし、海に魅せられた彼は、やがて海に関わる時計を手にし、自然とパネライにたどり着くこととなった。立志伝中の人に、海と時計、そしてパネライの魅力を語ってもらおう。

K.Y.さん
西日本在住の実業家。大学卒業後、一般企業を経て、家業の経営に携わる。49歳の時に一念発起して独立。会社設立から4年で、売り上げを8倍に増やした。プレジャーボートの世界ではつとに知られるKさんだが、実は海に関わる時計にも目がない。パネライとの出会いは、船の雑誌に載っていた計器の写真から。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2019年3月号掲載記事]


「人生は海と同じ。大時化の日も、凪の日もありますよ」

ロ シェンツィアート ルミノール 1950 トゥールビヨン GMT チタニオ- 47mm

「時計にあまり興味はない」と語るK.Y.さんだが、こんな大作を隠し持っていた。2016年発表のロ シェンツィアート ルミノール 1950 トゥールビヨン GMT チタニオ- 47mmは、約6日間のパワーリザーブに2軸のトゥールビヨンを持つ超大作。「SIHHに呼ばれた際、(前CEOの)ボナーティさんに勧められて買った」と言うから、購入時のエピソードも興味深い。

 時計というよりも、船好きと海好きが高じて、海の時計を集めるに至った人がいる。日本の西に住むK.Y.さんだ。「仕事も趣味も海」と公言してはばからないKさんの人生は、彼が愛してやまない海のように、広くて奥行きに満ちている。

「父親が海の仕事をしていた関係で、中学生の頃から船に乗っていました。荷物を運んだりしましたね。父は船が好きでプレジャーボートを買い、自分でも船を置けるマリーナを作りたがっていました。でも、オイルショック後に景気が悪くなり、マリーナの計画は断念しました」

 長らく、恵まれた立場にいたKさん。大学を出た後は、東京で働くこととなった。

ルミノール 1950 レガッタ 3デイズ クロノ フライバック オートマティック チタニオ

Kさんの腕に輝くのは、パネライの傑作、ルミノール 1950 レガッタ 3デイズ クロノ フライバック オートマティック チタニオだ。曰く「デザインが気に入ったから購入した」とのこと。ぶつけるのが嫌だから船の中では使わない、と語るが、遠からぬうちに船中で愛用するのではないか、と筆者は想像する。

「人混みも満員電車も嫌でしたね。だから、40歳までには田舎に戻りたいと思っていました。そんな時、父から連絡をもらい、会社に来ないかと誘われたんです。東京は嫌だったし、今と違って昔は親の言うことには反対できなかったですからね」

 創業家の人間として、家業に携わることになったKさん。しかし、49歳の時に転機が訪れた。

「兄が会社を継ぐことになったんです。兄とは仲がいいですが、同じ会社にいるとお互い気を使ってしまう。ならば自分の人生は、自分で決めようと思いました」

 なんとKさんは、49歳にして会社を興したのである。筆者はさまざまな起業家に会ったが、50歳を間近にして創業した人を他に知らない。まるで、毛利元就のような人生ではないか。Kさんはこう強調した。

「40代なら、どんなことだってできますよ。私だって49歳で会社を作ったのだから」

コルムのアドミラルズカップ、IWCのアクアタイマー・クロノグラフ

Kさんが船に乗るときに着ける時計ふたつ。左は、コルムのアドミラルズカップ。インデックスにあしらわれた海洋旗と青い文字盤が、Kさんの琴線を刺激した。右は、IWCのアクアタイマー・クロノグラフ。スキンダイビング用に買ったとのことだが、「今は一緒に潜る人たちが引退して、もっぱら船内で使っている」という。物持ちは良い方だと思う、とKさんが自任するように、2本とも完全に整備されているのが見て取れる。

 思い切って独立を決めたのはいいものの、月収は250万円から80万円に激減。

「銀行で2000万円借り、追加で1000万円貸してくれと頼んだのですが、断られました。じゃあ、借りてくださいと懇願されるまで銀行には行かないと決めました」

 1年目の年商は3億円。しかし4年目には24億円に伸ばしたKさんには、天性の商才があったのだろう。事業で成功を収めた彼は、長年の夢である、自分専用のプレジャーボートを持とうと考えた。初めて買ったのは、事業を興して3年目のこと。

「今持っている船は7代目ですね。事業が大きくなるにつれ、船を乗り換えてきました。新しく船を買ったときに、次は何を買おうか考えています」

パネライの計器類

入り口脇のボードに置かれたパネライの計器類。左奥に見えるのは、地図をなぞって距離を算出するカービメーターである。右奥にあるのは気圧計。湿度計と温度計も内蔵されている。手前にあるのは、言わずと知れたトルピードボートの模型だ。

 そんなKさんが愛してやまないプレジャーボートの中には、パネライの計器が据え付けられている。

「パネライを知ったきっかけは、船の雑誌でした。船用の計器を作るメーカーは少なくないけど、格好いいものは少なかった。パネライの計器は格好いいと思いましたね」

 海に関係あるアイテムがあれば欲しくなる、と語るKさん。大阪のブティックでパネライの計器を購入し、毎年のように数を増やしてきた。

「昔はオメガなどを使っていました。でも海に関係する時計が欲しくなり、まずはコルムのアドミラルズカップを買いました。スキンダイビングをやるようになってからは、IWCのアクアタイマーも手に入れました。この2本は、船に乗るときはいつも着けていますよ」

イタリア・モキクラフト社製のロングレンジ23

Kさんの愛するプレジャーボートが、イタリア・モキクラフト社製のロングレンジ23だ。Kさんが持つ1級免許で操縦できる最大サイズとのこと。「これ以上大きくなると、機関士などを乗せる必要があります。ひとりで操るならこのサイズまで」と言う。全長23.71m、重さ87.2t。

 Kさんの所有するプレジャーボートは、全長約24mもある堂々たるものだ。モキクラフトのロングレンジ23、長距離を航海するためのロングレンジクルーザーだ。

「釣りもしないし、スピードを出さないから、この船でいいんですよ。ただ今の船は、メンテナンスや保管場所などで、維持費がかなりかかってしまう。マクラーレンを買えてしまうほどですね。前の船の維持費は800万円で済んだのに」

 嘆息しながらも、どこか楽しげなKさん。

イタリア・モキクラフト社製のロングレンジ23

横幅の広いロングレンジ23は、内部に十分な居住スペースを持つ。これはシャワー付きのベッドルーム。写真右に見える壁には、パネライの計器類と時計が掛けられている。「ヨーロッパのボートは、やはり日本製とは内装などの作りが違うんですよね。歴史の差を感じます」。

「子供が小さい頃は家族揃って、ボートでよく出かけていました。今でも毎週金曜日と土曜日は船に泊まっています。その時間を作りたいから、土日のゴルフはすっぱりやめました。そして時間があれば、船を沖に止めて寝ています。本を読んだりするのは最高ですね。確かに値段は安くない。でも家を買っても景色は変わらない。船なら変えられるじゃないですか。プレジャーボートは動く別荘だと考えています」

 Kさんの話は、海と船を中心に、車や時計にも広がりを見せる。見せてくれたのは、フレデリック・コンスタントのランナバウトだ。豪奢な箱を開けると、クラシカルなクロノグラフと、これまた古典的なボート、リーヴァの模型が姿を見せる。「これ、付属の模型が欲しくて買ったようなものですね。気に入って、結局ふたつも手に入れてしまった」。時計は持っていない、興味があるのは海だけと語るKさん。しかし、腕にはさりげなくパネライのレガッタが巻かれている。聞けば、最近手に入れたという。

「パネライと言えば海ですからね。レガッタは買いましたよ。もっとも、パネライであっても、気に入ったデザインでないと買わないですけどね。それと、船の中では使えない。アイリーンの船長は腕に巻いていましたが、僕はぶつけてしまう」

フレデリック・コンスタントのランナバウト・コレクション、クストスのジェットライナー

2009年に始まったフレデリック・コンスタントのランナバウト・コレクションには、かつての高級プレジャーボートであるリーヴァの模型が付属する。このミニチュア模型に魅せられたKさんは、使わないであろう時計を2本も購入した。いずれも、地元の時計店で入手。そのふたつの時計に挟まれて中央に見えるのはクストスのジェットライナー。かつて本誌でも賞賛した怪作である。文字盤にチーク材をあしらっているのが船らしくて良い、とのこと。

 そんなKさんは、途方もない隠し球も持っていた。パネライのロ シェンツィアート ルミノール 1950 トゥールビヨン GMT チタニオ- 47mmだ。

「SIHHに呼ばれた際、(当時CEOだった)アンジェロ・ボナーティさんに勧められて買いました。トゥールビヨンは、海や宇宙を想像させるから好きですね」

 イタリア製のプレジャーボートを持ち、マクラーレンに乗り、そしてパネライのトゥールビヨンを所有するKさんは、世間が言うところの富裕層、しかもその極め付きに違いない。でなければ、勧められてもトゥールビヨンは買えないだろう。しかし、そんな印象をまったく与えないのは、人生に達観しているからではなく、海以外に興味がないから、ではないか。本当に、Kさんは海以外の話をしない。

船を係留するマリーナ

船を係留するマリーナ。瀬戸内に面するこのマリーナには、さまざまな種類の船が係留されている。「船ってお金がかかるように思われていますが、瀬戸内を回れる2級船舶免許は12万円、外洋まで出られる1級免許も20万円で取れるんです」。内海だけあって海は大変穏やかだ。

「今は国際ヨットラリーの世話役もやっています。そこに地元の学生たちも呼んで、国際交流を図っています。残念ながら、今ではヨットやボートに関心のある若い人たちが少なくなっているんです。小さい頃から、海に親しんでもらいたいですね」

 あくまで、海という“場”を通じて、時計も楽しむKさん。欲しい時計を聞くと、やっぱり“海もの”の名が挙がってくる。

「新しいコルムのアドミラルは気になっています。文字盤がデッキ状の仕上げですからね。それと、パネライのマリンクロノメーターも欲しいですね。船内に置いたら格好いいでしょう。もし良いものがあれば、買いますよ」

パネライのクロック

Kさんの所有するモキクラフト社製ロングレンジ23の船内には、至る所にパネライの計器や時計が据え付けられている。アクセサリーとして買うパネライ愛好家は多いが、実際に船に取り付けている人は稀だろう。写真はダイニングに掲げられたクロック。2016年のモデル。

 しかし、である。Kさんは、なぜこれほどまでに成功を収められたのか。秘訣を率直に聞いてみた。

「まずは苦労を楽しんだこと。苦労を苦労とは思わないことですね。人生は海と同じ。大時化の日も、凪の日もありますよ。また、あの人にもできるなら自分にもできる、と思うこと。そして仕事は楽しくやることです。それが結果につながります」

 いかにも“海の男”らしい、含蓄に満ちた回答ではないか。筆者は今まで、いろんな人に会ってきた。しかしKさんほど、海の時計が似合う人は、ちょっといないように思う。時計は人を語る。

パネライのクロック、湿度計、温度計、気圧計

珍しい4連の組み合わせ。上からクロック、湿度計、温度計、そして気圧計。パネライの所有するヨット「アイリーン」をイメージしたクラシカルなデザインを持つ。

「アイリーン」に触発されたクロック

こちらも、やはり「アイリーン」に触発されたクロック。


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