時計趣味に興味を持つようになって10年というY.K.さんは、プログラムのソースを読み込むのと同じような感覚で、貪欲に時計の情報を求め続けた。その10年間は、幸せな出会いにも恵まれたことで、驚くほど濃密な時間となった。幅広いジャンルを網羅するようにも見えるコレクションだが、実はしっかりとしたテーマで貫かれていた。
電気系のメーカーに勤める元エンジニア。当初はまったく時計に興味がなかったと言うが、マネジメント業務を手掛けるようになってから、急速に開眼。インターネット上で知り合ったという同好の士たちに導かれながら、売って買っての“かなり濃い10年”を過ごしてきたつわもの。
鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2019年3月号掲載記事]
「エンジニアの気合いが感じられる、そんな“初期モデル”が好きなんです」
九州生まれの九州育ち。現在は関西圏を活動の拠点としているY.K.さんは、小誌ウェブサイト『ウェブクロノス』内に設けてあるSNSメンバーのひとりでもある。筆者自身、オフラインでの面識もあるという気軽さも手伝って、挨拶もそこそこに部屋に上がり込むと、テーブルの上にはすでに自慢のコレクションがずらりと用意されている。
「実はこれ、あるテーマがあるんですよ」
撮影の品定めをしようと、雑多に置かれた時計の山を物色していると、Yさんはまるで「謎を解いてみろ」とばかりに言葉を投げかけてくる。どれどれ……。スピードマスター、ナビタイマー、ギャレットあたりの王道クロノグラフ系に、きちんとケースに収められたラグジュアリースポーツ系。さらにはデイトナやらエクスプローラーⅡやら、GSクォーツにLCDクォーツも混ざっている。SS縛りなのかと思っていると、1本だけ置いてあるフランク ミュラーは、ちょっと懐かしいRGケースのエンデュランス24じゃないか。うーん、まったく分かりません。いきなり降参です……。
「ここにある時計は、みんな“初期モデル”なんですよ。16520のデイトナは、400km/h表示のタキメーターになった初期モデルで225km/h表示付き、1655のエクスプローラーⅡも初期だし、スピードマスターは“竪琴ラグ”の初期でしょ?」
なるほど、あらゆるカテゴリーの初期モデルばかりを狙い撃ちしているのかと思いきや、どうやらちょっと事情が違うらしい。
「直感的に良いなと思ったモデルが、初期モデルばかりだったんです。エンジニアが気合いを入れて作ったというか、気合いが入りすぎた感じに惹かれてしまうんです」
初期型に惹かれる気持ちはよく分かる。工業製品の常として、セカンドロット、サードロットと生産を重ねるうちに、各部のディテールが整理されてきて、カッチリとした面構えになってくる。対して初期ロットには、どこか垢抜けなさというか、未完成な部分も残っている。レアピース狙いのコレクターならば、そうした微差を研究し尽くして“役モノ”として扱うところだが、Yさん自身にはそうした山師のような感覚はまったく見られない。初期型だけが持っている独特なオーラに、すっかり魅せられてしまっているのだ。さぞかし、修羅場をかいくぐってきた歴戦のつわものかと思えば、時計歴はまだ10年程度だという。
「エンジニアとして現場にいた頃は、時計にはまったく興味がなかったんです。妻が贈ってくれたクォーツクロノグラフを見て、どうして真ん中の針は動かないのなんて思ったりして(笑)」。それがマネジメント業務を手掛けるようになった10年ほど前に購入したオールドナビタイマーをきっかけに、急速にのめり込んでいった。
「時計をきっかけにして、ネット上での知り合いも少しずつ増えていきました。しかし時計の情報は、ネットに信頼できるものが極端に少なかった。自分はもともと電気系のエンジニアで、趣味でプログラムを組んでいたんです。Linuxはオープンソースですから、分からないことは自分で調べる。それを“ソースを読む”って言うんですね。でも時計だとそれができない。そんなある日、こう言われたことがあったんです。時計の世界でソースを読むっていうことは、現ブツを買うことだよってね」
Yさんの時計趣味の始まりはクロノグラフ。そこでオメガ、ロンジン、ブライトリングなどを買い集めていくうちに、好きな銘柄に関しては、何となくルールが分かってくる。しかしクロノグラフを追いかけているうちに、名機VZSSの存在を知ってしまう。そして今度はオーデマ ピゲに強く惹かれた。もともとジェラルド・ジェンタ好きだったというYさんのコレクションは、ロイヤル オークを入手したことを契機にセカンドステージへと突入してゆく。以降はノーチラス、インヂュニアSL、(日本では長らくジェンタデザインだと誤解されてきた)222などが一気に増えていった。
「その頃に、インターネット上で知り合った人たちから、実機を見せてもらったことが良い刺激になりました。ここの磨き方、オリジナルはこうだったんだとかね」
同時にYさんは、修理を信頼して任すことのできるパートナーにも巡り合ったという。以降Yさんは、その老時計師に、一切のメンテナンスを任せているのだそうだ。
「その職人さんは、商売でやっている感じではないんです。その分、無理な注文を聞いてくれることもある。例えば、ここの面には細かなサテン目が入っていたはずだから、きっちりと再現してくれ、とかですね」
売って買っての繰り返しだったという10年を過ごしてきたYさん。それほど長くない時間の割には、その内容はかなり濃密だ。
「コレクションは今がピーク」とYさんは言うが、これからがもっと泥沼に違いない。最近のYさんは極初期のクォーツにも触手を伸ばし始めているが、その理由はやっぱりエンジニアの気合いが感じられるから。自分なりの審美眼に一切ブレが見られないYさんのこと、この趣味に終わりはないですよと、呪いをかけておこう。
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