大塚ローテック「6号」が高値で落札！　独立系ブランドのタイムピースに熱視線が集まる

近年、時計コレクターは独立系ブランドに熱視線を注いでいる。2024年の5月に開催された、ボナムズ香港ウォッチオークションではそれらのブランドの腕時計が、さまざまな新記録を打ち立てた。リシャール・ミルの「RM 27-01 トゥールビヨン ラファエル・ナダル」は、約1億7453万円で落札され、大塚ローテックの「6号」は約391万円で落札された。老舗オークションハウス「ボナムズ香港」時計部門ディレクターを務めるシャロン・チャンが、オークションの結果からその動向を解説する。

時計コレクターの間で独立系ブランドが注目を集める

　2024年3月は、スイス製時計の輸出総額が前年同月比で、16.1%も減少したと伝えるウェブ記事を以前読んだことがある。この記事は、スイス時計協会FHのデータを引用して書かれたものだ。スイス製時計の輸出額が減少しつつあるという状況は、消費者の価値観の変化に起因するものだとこの記事は伝えていた。

　高級腕時計や高級クロックに代表されるラグジュアリーアイテムがかつてのような華やかさを失い、次世代の消費者はこれらのアイテムの購入に、喜びや満足感を得られなくなってしまった。そのため、消費ムードは弱まり、スイス製時計の輸出額に影響を及ぼしているのではないかとの見解をこの記事は示していた。だが、私はこの問題に対しては異なる意見の持ち主である。

　現在は情報化が進展した時代である。市場での時計の価値や、ウォッチメイキングに関する技術、ブランドが持つ歴史といった知識が容易に入手できるようになった。高級時計に対して精通している消費者は、購入前には必ず下調べをするようになった。買い手が売り手の言うことを、何でも鵜呑みにしていた時代はとうの昔に終わっているのだ。

　今の消費者は派手さや仰々しさを求めてはいない。求めているのはセンス、技術、オリジナリティーである。スイス製時計の輸出額が激減している理由の一端がここから垣間見えるかもしれない。ほとんどの有名ブランドは売り上げを維持するために、マスマーケットに対応しなければならず、長期にわたってオリジナリティーを維持することが難しくなっている。

　その結果、時計コレクターはより独創的なスタイルを持つ独立系ブランドに目を向けるようになった。そのトレンドは盛り上がりつつあるものの、これら独立系ブランドの生産本数は決して多くはない。そのため、コレクターの間で入手をめぐる競争は激化しつつある。なお、このトレンドは有名ブランドの腕時計に対するコレクターの購入意欲にも影響を及ぼしている。

ボナムズ香港ウォッチオークションの落札結果から見る独立系ブランドの評価

　このトレンドの実例を知りたければ、2024年の5月末に開催された、ボナムズ香港のウォッチオークションの落札結果が参考になるかもしれない。 テニス界の巨匠ラファエル・ナダルのために製作されたリシャール・ミル「RM 27-01 トゥールビヨン ラファエル・ナダル」は914万8000香港ドル（約1億7453万円、1香港ドル=19.17円、2024年8月1日時点、バイヤーズプレミアム含む、以下同）を超える価格で落札され、ボナムズにおける世界新記録の落札価格を樹立したのだった。

リシャール・ミル 「RM 27-01 トゥールビヨン ラファエル・ナダル」

　リシャール・ミルのRM 27-01 トゥールビヨン ラファエル・ナダルの特徴としてまず挙げられるのは、カーボンファイバーやチタンといった素材を用い、ストラップを含めて18.83gという驚くべき軽量さを実現させたところにある。次に挙げるべきは耐衝撃性だ。テニスプレイ中の激しい衝撃を受けてもムーブメントが壊れないように、ケーブルサスペンション機構を搭載している。今回出品されたこの腕時計は非常に希少なプロトタイプであり、コレクターの間で争奪戦が繰り広げられた。

ジェイコブ「ブガッティ シロン トゥールビヨン」

　このオークションのもうひとつの目玉は、ジェイコブの「ブガッティ シロン トゥールビヨン」である。ブガッティ シロンという、桁外れのスーパーカーとコラボレーションした、この車のエンジンを再現した腕時計だ。

　ブガッティ シロン トゥールビヨンのケースは、優美な流線形のシルエットを描いており、明らかにこのスーパーカーの遺伝子を受け継いでいることを示している。最も注目すべきはムーブメントだ。これはブガッティ シロンの16気筒エンジンを再現しているのである。なお、6時位置に配された3つのリュウズは、エンジンのエキゾーストパイプを思わせるデザインだ。スーパーカーの16気筒エンジンをここまで緻密に表現したオートマトンは、時計業界では初の試みである。

　たったの6本のみ製作されたブルーチタンとピンクゴールドをケースに用いたこのモデルは、オークションに登場すると入札合戦となり、最終的には152万8000香港ドル（約2930万円）で落札された。

大塚ローテック「6号」

　さて、最後にオークションのダークホース的存在となった腕時計を紹介しよう。それは大塚ローテックの「6号」だ。この腕時計に注目が集まるということは、ニッチなモデルにコレクターが興味津々だということの証明にほかならない。大塚ローテックは2012年に、プロダクトデザイナーの片山次朗によって設立されたブランドだ。産業機械の造形を取り入れたデザインが特徴である。創設者の片山次朗は当初、すべての腕時計を自分の手で製作していたため、生産本数は非常に少なかったのだ。

　このオークションには、ミヨタのCal.9015を改造し、レトログラード機構で時針と分針を表示する「6号」が出品された。当初は、最低落札価格の規定なくオークションにかけられた。だが、その非常に少ない生産数と製作に長い時間がかかることから、19回も入札され、最終的には落札予想価格のおよそ10倍となる、20万4800香港ドル（約391万円）以上で落札されたのだった。

コレクターの趣味や好みの変化

　このように、オークションの結果から判断すれば、腕時計の購入者は必ずしも減少しているわけではない。時計コレクターは、より時計界の事情に精通するようになり、収集対象やその好みも変化しているのだ。彼らは自分の好みや琴線に触れる腕時計の選び方を理解しており、腕時計のデザインコンセプトやブランドの独自性に重きを置いて選んでいる。