イノベーションを推進するパネライ、発光は次の世代へ

FEATURE本誌記事
2024.08.13

破壊的なアプローチでイノベーションを推進する「ラボラトリオ ディ イデー」。2024年の題材に選んだのは、パネライのお家芸である“光”だった。バッテリーを使わず発光するメカニズムは、すでに他社も採用するものだ。しかしこのモデルは、かつてない光量を、最長約30分間発光する点が異なる。既存のムーブメントをベースに、まったく新しい機構を加えるという試みは、コンセプトウォッチらしからぬ実用性をもたらした。

サブマーシブル Elux LAB-ID PAM01800

サブマーシブル Elux LAB-ID PAM01800
パネライの研究部門であるラボラトリオ ディ イデーが手掛けた限定モデル。バッテリーではなくジェネレーターで発電し、最長約30分間発光し続ける。発電モジュールを組み込むためケースは大きいが、装着感は比較的軽快だ。自動巻き(Cal.P.9010/EL)。55石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。Ti-Ceramitech™ケース(直径49mm)。50気圧防水。世界限定150本。1689万6000円(税込み)。
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
竹石祐三:編集 Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]


驚異的な明るさと持続時間をもたらす
オンデマンドパワーライトの革新

サブマーシブル Elux LAB-ID PAM01800

プロテクターを外して8時位置のボタンを押すと、4つの専用香箱が回転してジェネレーターを回し、最長約30分間、回転ベゼルのドットや時分針、インデックスやスモールセコンド外周などを発光させる。また秒針などの蓄光塗料には、残量光量の大きいスーパールミノバX2を採用する。

 2024年の「サブマーシブル Elux LAB-ID」(以降Elux)に搭載された機能は、ボタンを押して文字盤や針などを光らせるだけだ。しかも腕時計に照明を組み込み、オンデマンドで発光させるというアイデアも決して新しくはない。1958年にはオリエント「ルミナス」がバッテリーで文字盤の発光を実現し、2018年にはヴァン クリーフ&アーペルも「ミッドナイト ゾディアック リュミヌー」で文字盤上のLEDを光らせることに成功した。後者はゼンマイの回転運動でセラミック板を振動させて微弱な電気を生むという野心的な機構を載せていたが、LEDの発光時間はわずか3秒しかなかった。

サブマーシブル Elux LAB-IDのインスピレーション源

サブマーシブル Elux LAB-IDのインスピレーション源が、1966年6月15日にパネライが特許を取得した「Elux」という技術だ。電球ではなくELパネルで発光を維持するため、衝撃や振動に強いというメリットがあった。このまったく新しい照明システムは、以降イタリアで広く用いられた。上に見えるのはEluxを組み込んだ懐中電灯。

 バッテリーを使わず、ゼンマイのほどける力だけで発光させるというEluxの考え方は、ミッドナイト ゾディアック リュミヌーに同じである。しかしこのモデルが“光るだけ”の色物でないのは、その長い発光時間にある。文字盤と針、インデックスと回転ベゼルのドットを鮮やかに光らせ、しかもそれが最長約30分間持続するのだから、決して審美的なギミックではない。さらに発電用ゼンマイの巻き上げもローターの回転で行われるというから、パネライは本作を使える腕時計として作り上げたのである。

 パネライCOOのカバディーニ・ジェロームは、ピアジェの700P(2016年発売)がEluxにインスピレーションを与えたと説明する。これはステッピングモーターを開発したジャン-クロード・ベルネの「ゼンマイで駆動され電子回路で制御される時計ムーブメント」を、当時、ヴァル フルリエに在籍していた名設計者のエリック・クラインが形にしたムーブメントである。ゼンマイで発電するアイデアはスプリングドライブに同じ。しかし機械式時計のテンプを簡単に置き換えられるよう、ステッピングモーターではなく6つのコイルを用いた簡易的なジェネレーターが使われていた。クラインによるこのシステムを発光用に仕立て直したものが、今回のCal.P. 9010/ELと言えるだろう。ジェロームは語る。「研究開発には約8年の時間がかかりました」と。

サブマーシブル Elux LAB-IDのスケッチ画

Eluxをベースにしたサブマーシブル Elux LAB-IDのスケッチ画。6時上のバー状の水平表示は、ムーブメントのパワーリザーブではなく、発電用香箱の残量時間を示す。既存のデザインを損ねることなく、巧みに発電機能を盛り込んでいるのが分かる。

 P. 9010/ELの発電モジュールは、すべてムーブメントの文字盤側に収められている。発電用の香箱は4つ、その隙間を埋めるように、発電用のジェネレーターと輪列が埋め込まれた。しかし、ベースムーブメントであるP. 9010の自動巻きが、時計の駆動用ふたつと発電用4つ、計6つもの“重い”香箱を巻き上げられるとは思えない。30分もの駆動時間(=発電時間)を確保するのは到底不可能だろう。

Cal.P.9010/EL

計時用にふたつ、発電用に4つの香箱を持つCal.P.9010/EL。この6つの香箱は、手だけではなく、ローターでも巻き上げ可能だ。

 そこでパネライはP. 9010の大手術を行った。巻き上げ効率を高めるためにローターの慣性モーメントは235%に増加。重いローターを支えるためにベアリングがスティールからセラミックスに変更されたほか、自動巻き機構もセラミックベアリングを組み込んだMPS製リバーサーに改められた。確かにここまで強化すればローターの回転だけで6つのゼンマイは巻き上がるに違いない。

 照明の仕組みはさらに秀逸だ。例えば回転ベゼルの照明。パネライによると、丸いドットの位置を検知して、その場所の下にあるLEDだけを光らせるとのこと。具体的には、回転ベセルの下に設けられた60個のLEDのうち、15個だけが発光するという。無駄に電力を消耗させないための設計だ。

Cal.P.9010/ELの発電システム

文字盤側に組み込まれた発電システム。6つのコイルを用いたジェネレーターは、2016年のピアジェCal.700Pにインスピレーションを得たものである。直径8mm、厚さ2.3mmの発電機は、1秒間に80回転し、240Hzの電気信号を生成する。

 このモデルはインデックスや回転ベゼルのドットだけではなく、時分針も発光する。それを可能にしたのは時分針の軸に埋め込まれた、それぞれ5つのLEDだ。これが針の裏側に張り込まれたポリカーボネート製の部品(中が空洞に抜かれている)を内側から照らしている。ちなみにLEDを固定する軸は、絶縁のために樹脂で成形され、レーザー直接構造化で後から接点が追加されているというから、かなりの凝りようだ。

 また本作では、蓄光塗料にスーパールミノバのX2が採用された。これは暗闇で180分置いたときの発光量が従来のX1よりも10%明るい最新版。つまり、パワーライトをオンにしなくても、暗闇での視認性は通常モデルと同様に確保されているのだ。

針の発光システム

針の発光システム。樹脂で作られた軸には時針用と分針用にそれぞれ5つのLEDが内蔵されている。針の慣性を下げるため、針自体の素材は軽量なアルミニウム製だ。

 ケース素材もLAB-IDの名にふさわしくユニークだ。チタンをプラズマ電解酸化させたTi-Ceramitec™素材は、SSより44%軽く、セラミックスより10倍高い靱性を持つだけでなく、先行する他社の素材に比べてより深くまで硬化処理を効かせられるため、理論上はいっそう傷が付きにくい。

 正直、約1700万円という価格は、光る対価としてはかなり高価である。しかしパネライが、サブマーシブル Elux LAB-IDに、ダイバーズウォッチとしての理想をすべて盛り込んだと考えれば、この値付けにも納得がいく。自家発電による最長約30分の照明や、新世代のTi-Ceramitec™ケース、あるいはスーパールミノバX2などは、パネライの未来を示す、大きな鍵になるだろう。LAB-IDの名が与えられた最新作は、決して〝光るだけ〞の腕時計ではないのだ。

Ti-Ceramitech™のケース

ベゼルを含め、外装にはプラズマ処理したTi-Ceramitech™を採用。軽くて極めて傷の付きにくいこの素材は、本作にはうってつけだ。



Contact info: オフィチーネ パネライ Tel.0120-18-7110


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