【時計オタク向けコラム】自動巻き機構の「デクラッチ」と「セラミックス製ボールベアリング」

2024.10.14

自動巻き腕時計が誕生して100年を迎えた2022年の11月号で、クロノス日本版編集部は、自動巻き機構と真剣に向き合った。今回はこの企画の中で掲載されたコラムを、webChronosに転載する。重要なパーツでありながらもあまり注目されないデクラッチと、巻き上げ機構を進化させるMPSのボールベアリングについて理解を深めよう。

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三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited & Text by Chronos Japan Edition (Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
[クロノス日本版 2022年11月号掲載記事]


デクラッチに見る自動巻きの個性

 おそらく誰も注目しないが、設計者にとって頭の痛い部品のひとつが、手巻きと自動巻きの連結を切り離すデクラッチだ。その小さな部品は、各社の自動巻きに対する考え方を強く反映する。

Cal.ETA 2824-2

自動巻きが巻き上がる際に、手巻き機構との連結をカットするデクラッチ。丸穴車自体がスライドするのがCal.ETA 2824-2のデクラッチである(上写真)。対して薄型のCal.ETA 2892A2では、同機構が丸穴車と角穴車の間に設けられた。

 基本的にクロノス日本版編集部は、自動巻きを手で巻くことを推奨していない。というのも、自動巻きの時計を手で巻くと、自動巻き機構に負荷がかかるためだ。例えばリバーサー式の自動巻きを手巻きすると、巻き上げ機構が高速で回転し、たちまち摩耗してしまう。爪と中間車にセラミックスを使った最新型のペラトン自動巻きや、セラミックス製のボールベアリングを内蔵したリバーサーならば、問題は起きにくいだろう。基本的には勧めないが、もし手で巻く際は、ゆっくり巻いたほうがいい。

 手巻きと自動巻きが常に連結されている。仮にそう考えると、自動巻きが巻き上がる際は、手巻き機構にも影響が及ぶはずだ。そこで、ほぼすべての自動巻きは、手巻きと自動巻きの連結をカットするクラッチ、通称「デクラッチ」を内蔵している。丸穴車自体がスライドして、自動巻きとの連結をカットするのが、ETA 2824-2だ。より薄いETA 2892A2やオーデマ ピゲの3120系、そしてシチズンの09系などは、仕組みこそほぼ同じだが、丸穴車と角穴車の間に小さなデクラッチを設けている。スペースがないためだろう。

ロレックスCal.3200系

ロレックスCal.3200系のデクラッチ。巨大なメガネ型の部品が「首」を振ることで、丸穴車と角穴車のつながりをカットする。大きいほど耐久性に優れるが、自動巻き機構の抵抗にもなりやすい。

 デクラッチの中で、最も評価が高いのは、ロレックスやショパールの一部LUCコレクションなどが採用する、メガネ型のデクラッチである。確実に動くその切り離しシステムは、今の基準からすると、いささか過剰だが、耐久性を重視した両社ならではのものだ。

 地味だが、各社の思想を色濃く反映したデクラッチ。薄さを取るのか、あるいは頑強さを取るのか。この小さな部品が示すのは、各社の思う自動巻きの姿なのである。


自動巻きの伏兵MPS
セラミックボールが進化させる巻き上げ機構の未来形

 最近、時計関係者からよく聞く名前がある。「うちはMPSの部品使っている」。スイスのベアリング会社であるMPSは、ここ数年、とりわけ高級時計の世界で存在感を増している。そもそもMPSとは一体何なのだろうか?

MPS OneWay

MPS OneWay
セラミックベアリングを内蔵することで、リバーサーの在り方を変えたのがMPSの「OneWay(ワンウェイ)」リバーサーだ。資料には「MPSは両方向巻き上げのコンセプトを小型化する」とある。内蔵されたベアリングが、リバーサーに内蔵された爪を一方向では引っかけて止め、逆方向ではスルーする。理論上は15年以上の耐久テストをクリアするほか、不動作角もわずか7°しかない。

 長らく大きな革新のなかったリバーサー式の自動巻き。しかし、2000年代以降になると新しいタイプのリバーサーが見られるようになった。小径にもかかわらず高い巻き上げ性能を実現したセイコーの9S6系や、遊星歯車を用いたショパールLUCのリバーサーなどが好例だ。そこに新しく加わったのが、スイス・MPS製の「OneWay(ワンウェイ)」リバーサーである。その大きな特徴は切り替え車内部にセラミックス製のボールベアリングを採用したことだ。

 歯車の噛み合わせで両方向巻き上げを行うリバーサーは、小さいと巻き上げ効率に優れるが、半面、摩耗しやすいという問題があった。一方リバーサーが大きくなると、丈夫にはなるが、慣性が増えて巻き上げ効率は下がる。ではいかにして、耐久性と巻き上げ効率を両立させるのか。現時点における、最も優れた解のひとつが、MPS製のワンウェイリバーサーと言えそうだ。クロノス日本版編集部の調べによると、現在このリバーサーを採用するメーカーにはリシャール・ミル、オーデマ ピゲ、カルティエなどが並ぶほか、今後はチャペックも採用予定だ。ちなみに2022年発表のカルティエ「マス ミステリユーズ」の両方向巻き上げ自動巻き機構にも、MPSのリバーサーが選ばれた。関係者曰く「格納するスペースを考えるとMPS以外の選択肢はなかった」とのこと。

MPS ActiVib

MPS ActiVib
セラミックス製ローターベアリングは耐磁性が高く、理論上は抵抗も小さくなるが、半面ノイズも大きくなる。この問題の解となったのが、「ActiVib(アクティビブ)」である。軸の外周に見える青い素材が、人工素材のショックアブソーバー。高級時計に多く採用されるエボリューション版では、青い緩衝材が隠されており、より洗練された見た目となった。公言するメーカーは少ないが、セラミックベアリングを使うメーカーに、採用例は少なくない。

 ワンウェイリバーサーは、内蔵されたセラミックス製のボールが、一方向に自由に動く一方、逆方向の動きは完全にブロックする。作動時の不動作角は7度というから、ETA 2892A2の約3分の1しかない。また、潤滑の必要がないうえ、通常の使用条件では、最低15 年のテストをクリアするという。メンテナンスの際に交換することが前提のリバーサーにあって、ワンウェイは例外的な存在と言えそうだ。

 セラミックスのベアリングを得意とするMPSは、騒音の問題にも取り組んだ。開発されたのが、「ActiVib(アクティビブ)」という新機構である。MPSは「セラミックスのボールベアリングはより高い効率を備えるが、一部の状況下ではより速く回転し、騒音が発生される」と説明する。また、「スティールのベアリングに含まれるオイルは、振動の一部を吸収する」とも述べる。つまり、スティールより音は大きいというわけだ。ではどうやって、セラミックス製ベアリングのノイズを抑えるのか。

 アクティビブとはベアリングを固定した軸を、人工素材製のショックアブソーバーで支えるシステムだ。ロジェ・デュブイは明言しないが、近年同社がマイクロローターのノイズを抑えることに成功した理由が、このアクティビブである。加えて、改良版のエボリューションでは、人工素材が見えないようになった。

MPS ActiGir

MPS ActiGir
片方向巻き上げ式自動巻きのパフォーマンスを改善するのが、「ActiGir(アクティギア)」である。ローター自体の動きを規制することで、余分なノイズや摩耗を低減できる、とMPSは説明する。システム自体は1930年代のロレックスCal.NAのクラッチシステムに似ているが、より洗練されており、しかも耐久性も高い。ワンウェイシステム同様、鍵を握るのはセラミックス製のボールベアリングだ。他のMPS製システム同様、通常の使用では15年間の使用に耐えるとのこと。

MPS ActiGir

 もうひとつ面白い試みを紹介したい。ローターの裏側に取り付ける「ActiGir(アクティギア)」は、1930年代の初代ロレックス「パーペチュアル」を思わせるシステムだ。このギアによってローターは一方向に回転するが、逆方向にはブロックがかかって回らない。乱暴な仕組みに思えるが、「従来のベアリングを採用した同機構に比べても、巻き上げ効率は最大5%しか落ちない」とのこと。

 セラミックベアリングで、自動巻きの世界に挑むMPS。今後、リバーサーを見るうえで、決して欠かすことのできないサプライヤーである。

カルティエ「マス ミステリユーズ」のムーブメント

ムーブメント自体が回転して主ゼンマイを巻き上げるカルティエ「マス ミステリユーズ」。自動巻きに採用されたのはMPSのワンウェイだった。テンプの斜め左、ガンギ車の上に見えるのがその部品だ。コンパクトで耐久性の高いリバーサーは、かつてないアイデアを実現したのである。

カルティエ「マス ミステリユーズ」のムーブメント

© Cartier


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