歯車メーカー、DPRM社の社長を務めるパスカル・デュボアはこう語る。「リバーサーの設計・製造は簡単なように思えますが、実は大変に難しいのです。新規メーカーが取り組めるほど容易なものではありません」。事実、リバーサー式の自動巻きで知られる某大メーカーも、製造はDPRMに委託しているとのこと。
容易に作れ、効率に優れるはずのリバーサー。しかしそれが自動巻きのボトルネックになることを、各メーカーの設計者たちは思い知らされた。対して彼らは、リバーサー式ではない両方向自動巻きを模索することになった。それはリバーサーよりも簡潔で、つまりは作りやすいものであるべきだろう。
スイスメーカーの誰がいつ、「マジックレバー」に着目したのかは分かっていない。これは爪で歯車を巻き上げるラチェット式自動巻きの一種で、極めてシンプルな構造を持っていた。類似の機構にはロンジンの19AS、パテック フィリップの12-600AT、IWCの85系などがあるが、セイコーのマジックレバーは部品点数が極端に少なく、構造も簡潔だった。そのため爪を強固に作れば、リバーサー式のように経年劣化で巻き上げなくなることもほとんどなかった。
誰が着目したのかは不明だが、大々的に採用したのはリシュモン グループだ。筆者の知る限りで言うと、今やその傘下にあるカルティエ、ピアジェ、パネライなどが、自動巻き機構にリバーサーではなく、セイコーと同様の〝マジッククリック〟を採用する。リシュモン グループ外でも、アジェノー製のマイクロローターや、タグ・ホイヤーのキャリバー01の自動巻き機構はマジッククリックだ。
正直、スイスの時計業界には、セイコー式の自動巻きの採用に否定的な声が少なくない。しかしラチェット式、もっと言えばマジックレバーの簡潔なシステムがもたらす高い巻き上げ効率は、今後ますます必要とされるだろう。