IWC「インヂュニア・オートマティック 40」の実力やいかに。時計ファンを熱狂させた話題作を着用レビュー!

2024.08.27

IWC「インヂュニア・オートマティック 40」のグリーンダイアルモデルを実機レビュー。ジェラルド・ジェンタがデザインした「インヂュニア SL」の特徴を受け継ぐ外装はもちろん、約5日間のパワーリザーブや高耐磁性など、歴代モデルに通ずる実用性への追求が見られる、使い勝手に優れた名作だ。

IWC インヂュニア・オートマティック 40

野島翼:文・写真
Text & Photographs by Tsubasa Nojima
[2024年8月27日公開記事]


2023年の話題作を実機レビュー

 昨年開催された、時計の祭典たる「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」。多くのブランドから魅力的な新作が続々と発表されたが、その中でも大きく注目を集めたニュースのひとつが、IWC「インヂュニア」のリニューアルだろう。

 2017年に登場した前作のRef.3570では、長らく採用されてきたブレスレット一体型ケースを廃止し、1955年に発表された初代インヂュニアRef.666に着想を得たシンプルなラウンドケースをまとっていた。ドレスウォッチのような外観に12気圧防水を備えたRef.3570は、汎用性が高くデイリーウォッチとしてふさわしいモデルであったが、いわゆるラグジュアリースポーツウォッチと呼ばれるブレスレット一体型ケースが流行していた当時において、2017年のモデルチェンジを惜しむ声も多かったように記憶している。

 それから6年の月日が経った2023年。突如として発表された新作「インヂュニア・オートマティック 40」では、見事その期待に応えてみせたのだから、多くのファンが狂喜乱舞したことも無理はない。待ちに待った新しいインヂュニア。その実力やいかに。

IWC インヂュニア・オートマティック

IWC「インヂュニア・オートマティック 40」Ref.IW328903
「インヂュニア SL」のデザインに回帰した、「インヂュニア・オートマティック 40」。取り回しやすいサイズ感や視認性に長けたダイアルなど、デイリーウォッチとしてふさわしい要素を兼ね備えている。自動巻き(Cal.32111)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.7mm)。10気圧防水。177万6500円(税込み)。


魅惑のブルーグリーンダイアル

 市松模様のパターンが刻まれたダイアルは、巨匠ジェラルド・ジェンタの手によってデザインされた「インヂュニア SL」の特徴を受け継いだものだ。カラーは公式に“グリーン”と表記されているが、少し青みがかかっており、ブルーグリーンやティールグリーンといった方が正確だろう。12時位置のブランドロゴや6時位置のインヂュニアのロゴは、浮き彫りとした上でホワイトのプリントを施しており、背景のパターンに埋没してしまうことはない。何よりも喜ばしいのは、先代で消えてしまったインヂュニアのロゴが再び採用されたことだろうか。

 インデックスは砲弾型を採用する。そのエッジは丸みを帯びており、円形のベゼルとの調和を生んでいる。12時位置のインデックスのみダブルとなっており、瞬時に時計の向きを判断することが可能だ。

 ペンシル型の時分針には中央に稜線が入り、光が差した際に陰影が付くことで視認性を高めている。秒針に配された、ボートを漕ぐオールのようなカウンターウェイトは少々のっぺりした印象だが、バリなどは丁寧に処理され、質感も十分だ。

 インデックスと時分針には真っ白な蓄光塗料が塗布され、昼夜を問わず高い視認性を発揮する。3本の針は、それぞれ指すべきインデックスやミニッツマーカーに十分届いており、実用時計らしさを感じる。

 3時位置にはデイト表示が配されている。デイトリングがダイアルと同色に仕上げられているのは、うれしいポイントだ。これによって、シンプルな要素で構成された端正なダイアルのバランスが保たれている。なお、日付は常に二桁で表記されており、例えば5日の場合は“05”となる。これは、前作のRef.3570と同じ仕様だ。

IWC インヂュニア・オートマティック 40

ダイアルには、インヂュニア SLで採用されていた市松模様のパターンが施されている。光の具合によってはダイアルが少々賑やかになるが、立体的なインデックスと針によって視認性が損なわれることはない。


ジェンタデザインへと回帰した、ブレスレット一体型ケース

 5つの穴が開いた円形のベゼルやブレスレット一体型のケース構成は、紛れもなくジェラルド・ジェンタの手によるインヂュニア SLの系譜に連なるものだ。リュウズガードは2世代前のRef.3239の特徴を受け継ぐものだが、ケースとブレスレットをシャープなラインで構成していたRef.3239に比べ、本作では全体的に丸みを帯びた、よりオリジナルに近いデザインを与えられている。

 フラットなベゼルには、5つの穴が開いている。もともとはベゼルをミドルケースにねじ込む際に工具をあてがう穴であったが、モデルチェンジの過程でその役目は失われ、インヂュニアを象徴するデザイン要素のひとつとなった。Ref.3239ではただの穴であったが、本作ではベゼルを固定するためのビスが取り付けられている。

 ケースは、エッジを多用せず緩やかなラインで構成されている。ベゼルに合わせて膨らんだケースサイドや、ブレスレットに向かって落ちるラグ上面のカーブなど、視覚的に曲面が目立つデザインだ。厚さは10.7mmと、内部に耐磁性を高める軟鉄製インナーケースを収めていることを忘れてしまうくらいに薄い。

IWC インヂュニア・オートマティック 40

丸みを帯びたケースライン。リュウズガードは、2世代前のRef.3239の特徴を受け継ぐものだ。全体的にサテン仕上げを基調としている。

IWC インヂュニア・オートマティック 40

ケースの厚さは10.7mm。軟鉄製インナーケースを備えていることや10気圧防水であることを考えると、比較的薄型と言えるだろう。ケースバックは特に薄く、重心を低くすることに貢献している。

 H型のリンクが連なったブレスレットは、やはりオリジナルを強く意識したデザインだ。中央にポリッシュのコマを挟むことで、メリハリを利かせている。バックルはプッシュボタンで開閉する両開き式を採用するが、折りたたむ順序に決まりがあり、IWCのロゴが付いた方が上に重なるようにしなければならない。慣れないうちは目視しながら操作した方が良いだろう。

IWC インヂュニア・オートマティック 40

H型のリンクが連なる、インヂュニアらしいブレスレット。中央にはポリッシュのコマが配されている。

IWC インヂュニア・オートマティック 40

バックルは、プッシュボタンによって開閉する両開き式。閉じる際には順序があるため、注意が必要だ。

 コマは太めのピンによって連結されている。IWCではお馴染みだが、内側のボタンを押しつつ、ピンを横にスライドするだけでコマを取り外すことが可能な手軽さは魅力だ。微調整機構こそないものの、ユーザー自身で手首周りを調整しやすいのは喜ばしい。

 ブレスレット一体型ケースを採用した本作は、いわゆるラグジュアリースポーツウォッチらしいデザインだろう。しかしひと通り見たうえで印象を語るならば、他社の同ジャンルのモデルに比べるとだいぶラグジュアリー要素を控えめにしているように感じる。そう感じる理由は、サテン仕上げが主体であるからだろう。ベゼルのサイドやケースサイドのエッジ、ブレスレットの中央をポリッシュに仕上げているだけで、その他はほぼサテン仕上げで統一されている。華やかさというよりは堅実なイメージが先行する。

IWC インヂュニア・オートマティック 40

ブレスレットのコマは、簡単に付け外しができる。内側の丸いボタンを押下しつつ、側面からピンを突くだけだ。ピンは太く、剛性感が頼もしい。


約120時間のパワーリザーブを備えたCal.32111

 本作は、機械式自動巻きのCal.32111を搭載する。これは、IWCと同じリシュモン グループに属するムーブメントメーカー、ヴァル・フルリエとの共同開発によって誕生した自社製ムーブメントである。インヂュニアは、これまでの歴史の中で汎用機と自社製ムーブメントを使い分けてきたが、本作でまた自社製へと回帰したこととなる。

 機能としては時分秒にデイト表示を加えたスタンダードなものだが、脱進機にシリコンを採用することで高耐磁性を獲得し、さらに約5日間のロングパワーリザーブを備えている。現行のIWCのシンプルな3針ムーブメントと言えばCal.82000系が思い浮かぶが、それに比べても約2倍のパワーリザーブを誇り、よりコンパクトな設計のCal.32111を搭載したことで、今回のスリムなインヂュニアが実現したと言えるだろう。過去に存在したRef.IW3227では、大型で堅牢なCal.80110を搭載していたが、そのために大きく厚いケースを採用しなければならなかった。

 本作はソリッドバックであることに加え、軟鉄製のインナーケースでムーブメントを包んでいる。構造上、ムーブメントを目にしたいという願いはなかなか叶わないだろう。

 操作は一般的な3針ムーブメントと変わらない。リュウズのねじ込みを解除し、そのままで主ゼンマイの巻上げ、1段引きでデイト調整、2段引きで時刻調整だ。リュウズ自体が大きくつかみやすいため、指がリュウズガードに邪魔されてしまうことはない。

IWC インヂュニア・オートマティック 40

シンプルなケースバック。実際に見ることは叶わないが、内部にはヴァル・フルリエとの共同開発による自社製自動巻きムーブメント、Cal.32111が格納されている。


期待を裏切らない安定感のある装着性

 ケース自体の厚みが抑えられていることに加え、薄いケースバックによって重心が低い本作は、腕上でも安定感のある着け心地を味わうことができる。ラグの張り出しがなく、幅広のエンドピースを持つブレスレットを組み合わせていることも、着用感の向上に寄与していることだろう。多少腕を振り回しても暴れることはない。

 一方で腕に張り付くような感触は、好みが分かれることだろう。薄いケースバックによって肌に密着する面積が広くなり、まるで板を巻きつけているような重厚な着け心地をもたらす。着けていることを忘れるほどのライトな着用感が好みであれば、この点は試着なりで注意して見極めるべきポイントだ。

 視認性も優れている。市松模様のパターンは光を受けて輝くが、スーパールミノバを塗布したインデックスと針は、その上でも確かな存在感を放ち、確実な時刻の読み取りを助けてくれる。

 ケースとブレスレットはサテン仕上げを基調としており、着用したまま手首を回転させても、他社のラグジュアリースポーツウォッチのようにギラギラと光を反射しない。あまり目立ちすぎず、しかし良質な時計を身に着けたいという方にとって、袖口にスッと収まり過度な存在感を主張しない本作は、魅力的な選択肢となるに違いない。

IWC インヂュニア・オートマティック 40

ケース自体が薄く重心が低いため、腕乗りは良好。ただし、薄いケースバックと張り出しの無いラグによって腕への接地面積が広く、少々拘束されているような感覚がある。


“控えめで汎用性の高いタイムピース”

 インヂュニア SLの誕生は1976年。これは、1972年のオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」や1976年のパテック フィリップ「ノーチラス」など、ラグジュアリースポーツウォッチの黎明期を飾った名作たちと同時期だ。しかし、これらとインヂュニアには大きな違いがある。インヂュニアはもともと、エンジニア向けに開発された実用時計であるという点だ。

 その影響は、これまで採用されてきたムーブメントからも見て取れる。ジャガー・ルクルトの薄型ムーブメントを搭載したモデルも存在したが、歴代のインヂュニアの多くがETA社の汎用ムーブメントや、自社製の分厚く丈夫なムーブメントを搭載していたのだ。インヂュニアに対し、堅牢性と信頼性をいかに重視していたかが分かる。一時期はアイデンティティでもあった高耐磁性を捨て、ダイナミックなデザインに舵を切ったが、それでも耐衝撃性や防水性は依然として高い水準にあった。

 こうしたバックグラウンドを持つインヂュニア・オートマティック 40は、実用時計としてふさわしいデザインと基礎体力を高い次元で持ち合わせた、原点に忠実なモデルだと言えるのではないだろうか。ポリッシュを抑えた外装や、信頼性と取り回しやすさの両方を叶えるCal.32111は、研究に淡々と打ち込む技術者の腕元にこそふさわしいストイックなキャラクターを作り上げた。このことは、IWCが本作を“控えめで汎用性の高いタイムピース”と表現していることからも窺える。

 ラグジュアリースポーツウォッチに対する市場の熱が収まりつつある中で発表された、新しいインヂュニア。実際、登場が遅かったのではないかという意見も散見された。ただ筆者の個人的な感想を述べるなら、重要なのはラグジュアリースポーツウォッチである前に、本作が紛れもなく正統な“インヂュニア”であるということだ。まずはそれを言祝ぎたい。


Contact info:IWC Tel.0120-05-1868


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