エベラール「サイエンティグラフ」を着用レビュー。マニアックな時計愛好家にアピールするべき1本

2024.10.01

1990年代にバーゼル・フェアで取材し、強くエベラールに引かれたという時計ジャーナリストの名畑政治氏が、同ブランドの「サイエンティグラフ」を着用レビューする。かつて、工房やエベラールの歴史的建物などにも訪問した名畑氏が思った、現在のエベラールとは?

Photograph by Masaharu Nabata
名畑政治:文
Text by Masaharu Nabata
[2024年10月1日公開記事]


自身にとって幻のブランドであった「EBERHARD(エベラール)」

 学生時代、機械式時計の魅力に目覚め、ヴィンテージウォッチの掘り出し物を探し始めた私にとって、「EBERHARD(エベラール)」は、いわば幻のブランドだった。

 なにしろまず滅多に出てこない。しかも名前が読めない! 「EBERHARD」を素直に読むと「エバーハード」。もしかすると背後に違う意味が隠されているのか? 「永久に硬い」ってこと? いや、それは「EVER HARD」か。じゃあ「聞いたことがある」? いや、そっちは「EVER HEARD」だ。

 なぜそんなことを考えたかというと「EBERHARD」を英語読みしたから。1980年代当時、スイス時計の一部のブランドは英語読みが普通だった。たとえば「VACHERON CONSTANTIN」は「バセロン・コンスタンチン」だったが、現在では現地の読み方に従って「ヴァシュロン・コンスタンタン」と発音・表記されるようになっている。

 食品も同様。スイスに本社を置く世界最大の食品会社「Nestle」は昔、日本では「ネッスル」と呼ばれていたが、現地の発音に従うべく1994年のある日、テレビやラジオのCMで「提供はネスレ日本」と突然に呼び方が変わったので混乱したものだった。このような英語式発音は、それらのブランドが当初、イギリスやアメリカを経由して日本に紹介されたからなので、特に日本人が無知だったり愚かだったわけではない。


1990年代の取材以来、思い出いっぱいのエベラールをインプレッション!

 そんな話はどうでも良いが、「エベラール」は長い間、私にとって幻のブランドであり、アンティーク市場でも、それほど出会うことのない存在だった。その「エベラール」の正式輸入が決まり、本格的な取材を開始したのが、確か1990年代なかば。バーゼル・フェアに出展した「エベラール」を取材して強く引かれた私は、当時のエベラール社会長ブラントさんにお願いして組み立て工房や部品サプライヤー、旧本社が入っていたラ・ショー・ド・フォン駅近くの「イーグルコーナー」と呼ばれる歴史的な建物などを案内していだき、「エベラール」の小さなバッジが埋め込まれたスイス・アーミーナイフをお土産にいただいたのであった。

 さて、そんな思い出いっぱいの「エベラール」だが、今回のインプレッションは1961年に発売された「SCIENTIGRAF(サイエンティグラフ)」というモデルの復刻版だという。

エベラール サイエンティグラフ

エベラール「サイエンティグラフ」Ref.41043.01 CP
自動巻き(Cal.Sellita SW 300-1)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径41mm、厚さ11.2mm)。100m防水。58万3000円(税込み)。

 残念ながら、このモデルのことはまったく知らなかった。ダイアルのデザインは見ての通り1950~60年代スタイルのブラックフェイスであり、大胆な三角形インデックスは「エベラール」を代表するダイバーズモデルである「SCAFOGRAF(スカフォグラフ)」と共通するもので、「エベラール」ならではの個性にあふれている。

 オリジナルの「サイエンティグラフ」が発売された当時、時計業界の一部では、身近に迫ってきた強い磁力に対する防御をどのように時計に施すのかに注目していた。当初、その対象は強い磁場にさらされる危険性のある科学者や技術者、工場勤務者などに限定されており、ユーザーも着用状況も、そのような特殊環境で働く人を想定していたはずだ。

「エベラール」の「サイエンティグラフ」も「サイエンティスト(科学者)が使う時を表示する装置」と解釈でき、やはり科学者や技術者向けに開発されたモデルだと分かる。

 だが現在、強い磁力の脅威は我々の身近に迫っている。スマートフォンやパソコンはもちろん、リニアモーターカーで旅行する未来もすぐそこまで迫っている。

 実は最近、仕事と趣味の両方で山梨県の河口湖地域を訪れることが多いのだが、その際、東京からクルマで向かうと中央道の大月インターを越え、富士五湖方面の分岐を過ぎてしばらく行くとリニアモーターカーの山梨実験線の下をくぐることになる。ここで運が良ければ時速500km近くで疾走するリニアモーターカーを見ることができるのだが、現在のリニア中央新幹線の工事が順調に進めば(進んでないけど)、数年後には実際にリニアモーターカーに乗車できるようになるはずだ。だからリニア実験線の下を走りながらいつも思うのは、「リニアモーターカーに乗るときは耐磁性の強い時計じゃないとダメなのか?」ということ。まあ実際には普通の時計でも大丈夫そうなのだが、万が一のことを考えると「サイエンティグラフ」のような確かな耐磁性を備えているモデルのほうが安心できることは確かだろう。

 それにしても「サイエンティグラフ」とは初めて聞く名前。そこで少しウェブでこのモデルの歴史を調べてみた。それによれば、当時、いくつかのメーカーから発売された耐磁性時計に対抗して開発されたモデルではあるが、それらの中でも極めて生産数が少ないため珍しいという。道理でこれまでいくつものヴィンテージウォッチを見てきた私でも、現物はおろか写真や資料でも見たことがなかったわけだ(勉強不足なことは否定しません)。


外観と性能、よし!

エベラール サイエンティグラフ

Photograph by Msanori Yoshie
オリジナルより大径化しているケースは直径41mm、厚さ11.2mmのステンレススティール製。程よいサイズ感であり、しっかりとした重量感、装着感を備えている。ポリッシュ仕上げが与えられた幅広のベゼルはスポーツウォッチらしい存在感だ。

 1960年代当時のモデルはケース径38mm。今では小ぶりと判断されるが当時のシンプルモデルとしては十分に大型であった。これに対し現行モデルは41mm。3mmほど大型化したものの、巨大というほどのことはなく、しっかりした重量感と装着感があって高級モデルにふさわしいと実感した。特に幅広のポリッシュ仕上げされたベゼルが良い。最近の多くのモデルはダイアルの見切り径を大きくしようとベゼルを細くする傾向が強いが、逆にこれぐらい太くてしっかりしたベゼルは珍しいし、スポーツウォッチとしての存在感を確立するうえで、重要なポイントになっていると思う。

エベラール サイエンティグラフ

Photograph by Msanori Yoshie
時分針にはエイジングを思わせる風合いの蓄光塗料が施されている。なお、秒針はダイアル外周に設けられたミニッツスケールまでしっかりと届いていることが分かる。

 もちろん基本性能もしっかりとしたもの。ネジ込み式リューズとケースバックによる100m防水機能を装備しているから、日常生活はもちろん、アウトドアでの活動においても心置きなく着用できる。

 装着されているストラップはブラックのカーフスキンにアイボリーのファブリックによるラインが入ったもの。個人的な好みを言えば、このラインはなくても良いかな? という感じであるが、カーフスキンの品質は非常に高く、しっかりとした厚みがありながらもしなやかで、腕に吸い付くような感触が心地よい。


ISO 0764に対応した耐磁時計

 そしてさらに現在のモデルの情報をウェブで探したところ、いろいろと見つかった。

 たとえば日本の公式ページには必要最小限の情報しか掲載されていないが、このモデルの耐磁性は国際標準化機構(ISO)が定めた「ISO 0764」に対応したものだという。この規格は日本工業規格の「JIS B7024」と同等であり、第一種耐磁時計では直流磁界4800A/mに耐えること、第二種耐磁時計(強耐磁時計)では16000A/m以上に耐えることと規定されている。ただ残念ながら「サイエンティグラフ」が第一種なのか第二種なのかまではわからなかった。

 このような耐磁性能を「サイエンティグラフ」ではステンレススティール製ケースの内側に軟鉄製のインナーケースを入れることで得ているという。従って、このモデルがシースルーバック仕様でないのは、軟鉄のインナーケース(正確には二重の裏蓋)があるからだ。

エベラール サイエンティグラフ

Photograph by Msanori Yoshie
力強さを感じさせるEマークを中心に、耐磁時計としてのキャラクターが打ち出されているケースバックも、本作の見どころのひとつだ。

 ただし、単にインナーケースだけで耐磁性を得ているわけではないようだ。搭載されるムーブメントは自動巻きの「Cal.Sellita SW 300-1」だが、ヘアスプリングにニバトロニック、香箱バネにニバフレックスNMを採用して品質と耐磁性の向上を図っているという。


より周知されるモデルになるよう、もっと紹介していってほしい

 残念なのは、このような詳細な情報が公式ページにはほとんど掲載されていないことだ。この公式ページを見ると発売されたのは2021年とのこと。新型コロナ禍の真っ最中ということもあったので仕方なかったのかもしれないが、それにしてもモデルの知名度が今ひとつ。実際、私も知らなかった。だからこれからは、マニアックな時計愛好家にもアピールするような詳しい情報も含めて公式ページなどで紹介していってほしいと願う。これはかつてスイスのラ・ショー・ド・フォンやサンティミエで「エベラール」ゆかりの地をレポートした時計ライターとしてだけでなく、イチ時計愛好家としてもお願いしたいのである。


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